S2-FILE008(FILE209):マリン・デストロイヤー

 その頃、倉庫の内部を調べていた蜜月もまた、己の中に浮かんだ疑惑を確信へと変える段階にいた。


「妙だな? さっきからだけど、血痕がない。血が出るほどの衝撃は、ご遺体には走らなかったっていうのか? それ以前にこんな大事おおごとになったのなら、警察も鑑識もちゃんと来るはずなんだけど……」


 彼女は疑う、自分をこの中に招き入れて調査してもらおうとした男性のことを。

 今、自分が置かれている状況そのものを。

 不自然なほど野次馬が集まっていないことを。

 実際、クラリティアナ姉妹と合流する前にユザメホールディングスのビル周辺でその野次馬が大勢集まって騒ぎになっていたのを、目の当たりにしたばかりだ。

 違和感を覚えるのも不思議ではない。


「バカめ! まんまと罠にハマったな」


 やがて、仕掛け人のほうから自らお出ましだ。

 見上げた先には、スポットライトに照らされ倉庫内の狭い足場に立つ、ピンクジャケットの人相の悪い男の姿。

 彼女たちがその居所を突き止めようと思っていた悪党である。

 同時に入口のシャッターも、閉じられてしまった。


東雲しののめッ、ワタシのジャーナリスト魂につけ込んだな!!」


「好奇心は猫をも殺すというだろう、お前は猫だッ!」


 勢いよく飛び降りた東雲、彼が着地した瞬間に後ろにいた漁協組合の男性が蜜月を羽交い絞めにする!

 しかし振りほどいてからやり返し、転倒させると同時に正体を暴いた。

 戦闘員、シリコニアンであったのだ。


「アァッ! キタねー手で触んなッ!」


「やめなさい!」


 身構える蜜月に唇を噛みしめる東雲、その時、シャッターをこじ開けて乗り込んだアデリーンが天井に向けて空砲を撃ち敵を威嚇する。

 傍らには当然のごとくロザリアもいて、2人そろって険しい顔をして東雲をにらんだ。


「ちっ、No.0にNo.13か……。せっかく、この暗殺者崩れを殺すのに集中できそうだったのにな!」


 自身も拳銃を取り出して蜜月を近距離で射殺しようとしたが、彼女にはたき落とされた上に踏み砕かれ出鼻をくじかれる。

 彼は舌打ちしてから、こう告げた。


教えてやろう。この漁港にいたヤツらは皆殺しにしてやった! わたしがミッションを遂行するついでき、ここをヘリックスの前線基地とするためにな」


「言ったわね。そこまで白状したからには、覚悟はできてるのかしら?」


 敵がおかしなことを口にしたら、容赦もためらいもなしに彼女は撃つつもりだ。

 ポイントDD640にてデリンジャーを死なせた原因を作ったうちの1人であることに加え、多くの人々を良心の呵責もなしに殺めたのならばなおさらのこと。


「バカめ。死ぬのは貴様らだ」


 《スティングレーイッ!》


 エイの紋章が入った赤いカプセル状の――ジーンスフィアを取り出して、その手でねじった東雲はエイの怪人へと姿を変える。

 そう、彼こそスティングレイガイストの正体だったのだ!


「エェ――――イ! エイッ!!」


「やっぱり速いッ」


 空中を泳ぐように、素早く飛び回って彼はアデリーンたちを翻弄する。

 子エイ型の爆弾もばら撒いて爆撃し、彼女たちを寄せ付けない。


「そーら、どうした。これなら……クラゲのほうが、まだ手応えがありそうだ」


 彼の攻撃で起きた爆発に巻き込まれ、煤だらけの彼女たちをスティングレイガイストは嘲笑う。

 腕も組んでいて余裕の表情だ。

 すぐに崩されそうでもあったが――。


「言ったね? それ【大西洋の魔女】の前でも言えんの?」


「だまらっしゃい!! あの方は別だ!!」


 蜜月が言及したのは、彼が敬っている誰かのたとえか?

 煽られると一転、逆上した東雲=スティングレイは動きを乱しながら突進するも、当たり前だが避けられた。


「凍れ!」


 アデリーンがわずかな隙を突いて冷凍エネルギーを放つ。

 冷たく青白い光にあてられて、スティングレイの赤いボディは凍り付いた。

 その間に、アデリーンたちはそれぞれ変身するためのデバイスを取り出す。


「【氷晶】!」


「【養蜂】!」


「【天翔】……えっ!?」


 蜂須賀蜜月/ゴールドハネムーンが変身する際のかけ声と言えば、【新生減殺】ではなかったのか!?

 というロザリアのリアクションを尻目に、3人ともプロセスを終えてそれぞれメタル・コンバットスーツを身にまとう。

 アデリーンは青と白のものを、蜜月は金色と黒のものを、そしてロザリアは紅白とピンク色のものを。


「いやいや、そう何回も何回も物騒な単語を使うわけにもいくまいて。ワタシももう、昔と違って暗殺者じゃあないんだから……」


 戸惑うロザリアとは裏腹に、既に知っていたアデリーンが落ち着いて対応しつつ敵を警戒していたその時である。

 氷に閉じ込められたスティングレイガイストが震え出し――。


「デェェェヤァ――ッ!!」


 氷を割って復帰したのだ。

 いったん着地すると、地団駄を踏んで怒り出す。

 ――あまり格好よくは無かった。


「正直、お前らをナメておったわ。仕方がない……【エンブリオン』 】ッ!!」


「ズモモモモ!」


 骸骨のような顔でカブトムシのツノと外殻、トンボの複眼と翅、カマキリやクモの腕、ハチの尾、バッタの脚力とジャンプ力を備えた――異なる虫同士をかけあわせたキメラとも昆虫人間とも形容すべき、2足歩行の怪物がその場に出現する。

 完全に生物的な見た目とは違い、も聴こえたことを彼女たちは感知し、とくに感覚が鋭いアデリーンはそれを訝しがった。


「特殊上級戦闘員のエンブリオン……? まだ運用していたのかッ!」


「あいつ新顔じゃないんですか!?」


「ロザリアも捕まってた頃に見たことあるはずよ。私もそんなに顔合わせをしたわけではないけど何回か戦ったことがある、気をつけて」


「はっ! そう言えばあいつと似たようなモンスターを……」


 姉とその友人からの指摘を受け、ロザリアは当時を振り返る。

 確かに件のエンブリオンと似た被験体を見た記憶が、彼女には存在した。


「こいつはね、コストの都合で量産が効かないのだ。できれば集団戦の実用試験をしたかったのだが……」


「問題ない、おれが1匹でもいれば百人力よ。ズモモ……」


 異形の怪物然とした姿ながらも、言動からは人並みに知性が高いことを感じさせるエンブリオンは腕を鳴らして、ゴテゴテと鈍重そうなボディとは不釣り合いな速度を出してアデリーンたちに迫る。

 このエンブリオンは鎌の斬撃やクモの爪による突き刺し、カブトムシのツノによる体当たりやしゃくり上げ、トンボの視力を用いての見切りなど、自身のパーツとなった虫の特性を活かした攻撃を繰り出して彼女らと渡り合う。

 パンチやキックで3人同時攻撃をかまして吹っ飛ばしたアデリーンだが、彼女はその合間に東雲がこそこそと何かしていたのを見逃さなかった。


「まだ小細工仕掛けてたのね!」


 赤いボタンを押そうとしているのを確かめて、彼女はすかさず東雲へと組みつく。

 しばしもみ合いになるも、東雲はいきり立って彼女を振りほどきボタンを押してしまう。


「エーイっ! この倉庫中いたるところに、爆弾をセット済みさぁ。爆発するまでの間、エンブリオンに遊んでもらうといい……」


「まあ、そういうことだ。ズモモ!」


 力を溜めたエンブリオンは、2本のカマキリの腕やクモの爪から衝撃波を放ち、更にカブトムシのツノからビームを発射。

 爆発が起きてもかいくぐった3人は、連続攻撃も回避して接近戦へと持ち込む。

 そう何度もやられはしない、被害が広がる前に東雲を倒さなくてはならないからだ。


「見切ったっ」


 スレイヤーブレードを取り出した蜜月は、回避すると同時に反撃してエンブリオンのツノを破壊する。

 立派なカブトムシ成分もこれで台無しだ。


「折るなァ!?」


「燃えろぉ!!」


 間髪入れず、アデリーンがエンブリオンをアイスビームで凍結させ、動きを封じてからロザリアが炎を放つ!

 瞬く間に炎上した果てに、エンブリオンは爆発四散。

 残骸の中にはバラバラになった機械が多数含まれていた。


「エンブリオンは完全に有機体にされたと思ってたけれど。以前までと変わらずガワを被せた、生体ロボットだったわけね」


 アデリーンが語るようにややこしい定義だが、エンブリオンのような生体ロボットはサイボーグとはまた違う。

 まず機械の素体を組み上げられた上に、虫同士を掛け合わせた生体パーツで作られた人工皮膚を合成されて生まれたのが彼らだ。

 アンドロイドにも近いといえば近い存在ではある。


「や、やば……。やばばば、貴様ら加減を知らんのかッ」


 さすがに焦ったスティングレイガイストは、倉庫の爆発がすぐそこまで迫っているのを察して逃走を図る。

 やがて轟音が響いて爆炎が上がり、彼の思惑通りにならんとしていた。


「逃がすか!! イエローホーネットーッ!!」


「来て、マシンブリザーディア!!」


 ロザリアは炎の翼で空を飛び、蜜月とアデリーンはそれぞれ専用のバイクを召喚して乗り込み走り出す。

 彼女たちが倉庫の壁をぶち破って外へ飛び出し海面にしたとき、背後で大爆発が起きて周辺がぶっ飛んだ。

 そう、2人のマシンは水上を走れるのである!

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