駄目で元々愛してる



「…………嘘」


 レイナは病室から出てきた俺を見るや、言葉を失ったように立ち尽くしていた。


「……本当に。無事だったの?」


「おいおい、本当にって何だよ」


「だって。全身大火傷が。一か月で。治るわけない」


 深度によるだろうと言いたいが、山火事の中に突っ込んで深度Ⅰで済む訳ない。日焼け程度だったか。あり得ない。『鏡』を見ると腕やと足と首には包帯がかかっているが、それ以外は火傷はおろか傷一つ見当たらない。あの時は無我夢中で戦っていたので痛みなどあってないようなもの(火が一番痛かったかもしれない)だが、怪我すら見当たらないのはおかしな話だ。包帯の撒かれている箇所も、取り外してみればやはり綺麗なままで、怪我など存在しなかったかのようだ。



 ―――超能力?



 そう説明された方が、余程納得がいく。最先端医療でもたった一か月で効果が見込めるとは考えにくい。よしんばそんな技術があったとして―――こんな都会と田舎の狭間みたいな町で受けられる技術ではないだろう。


「大火傷で済んでてもまだ幸運だと思うけどな」


「他人事。じゃないのよ?」


 そう言われても困る。俺にとっては『他人事』なのだ。大体それを言い出したら、レイナだって大火傷ないしは焼死体で発見されなければならない。その事について問いただすと彼女もまた理由が分からないようだった。こういう結果になると見えているからやはり『他人事』にしておいた方が良いのだ。主治医が居れば話は早いが、何故か外出中だ。姉貴に行方を尋ねるべきだった。


「……で、俺達に協力っていうのは?」





「お父さんに。攫われたわ」





 俺と朱莉が気まずそうに顔を背ける。気が付かなかったのは俺達のミスだ。山本ゲンガーでそのパターンは見ただろうに、あそこはあちら側が一枚上手だった。本当にレイナを守りたいなら家に押しかけて、一緒の部屋で眠るくらいの根性は見せた方が良かった。


 後悔してもしきれないが、結果的に勝利したのはこちらだ。ゲンガー陣営は山火事と共に消え去った。これ以上は振り返っても仕方ない。


「攫った時の。お父さん。別人みたいだったの」


 別人だ。ゲンガーは本物じゃないだけの偽物。きっともっと本物と通じ合っていたなら、他人である俺達に見分ける術はないのかもしれない。いや、侵略という目的があるなら何処かでボロは出るか。


「ゲンガーって。何なの?」


 当然、気になる。


 あの時、俺は彼女を助ける事で頭が一杯になっていて、隠し事とか慎重さとか、そういう落ち着いた概念など忘れていた。ゲンガーをゲンガーと呼んで何が悪いと言わんばかりに暴れていたし、山火事が無かったとしてもあの場に居る全員を殺そうとしていただろう。


 実際、幸運ではある。消火活動が遅れたか元から手遅れだったのかは分からないがここに警察が居ない時点でその追及は免れたものと考えて良い。『ゲンガーを殺しているだけで人殺しではない』と言っても、あれは山本ゲンガーがおかしかっただけで普通のゲンガーは殺しても返り血が消えたりしないらしいので……こちらの事情を知らない警察から見れば俺達は只の殺人犯だ。捕まらなくて良かった。



 本当に全員、ゲンガーだったのか?



 そんな疑問が一瞬だけ頭を過り、忘れる。あの状況で知らされた情報は俺達に都合が良すぎた。だが朱莉が言うなら間違いないだろう。彼女には嘘を吐くメリットがない。


「朱斗。これ……」


「教えて。ゲンガーって。何。本当のお父さん。何処に行ったの?」


 俺は知らない。こういうケースに詳しいのは知り合うずっと前からゲンガーと戦っていたと思われる朱莉もとい朱斗だけだ。一瞥すると、彼女はゆっくり立ち上がって、レイナの肩を掴んだ。


「…………知らない方が良いと思う。それでも敢えて教えるなら、ゲンガーはなり替わった後、基本的に本物は放置する。既に周囲の認識は逆転して、本物が偽物になるからね。でも本物が生き残ってるケースは稀だ。大体……死んでる」


「そんな……!」


 レイナが膝から崩れ落ちるのを慌てて受け止めた。彼女が巻き込まれたのはきっと、単なる事故だ。ゲンガーの事さえ知らなかった彼女が巻き込まれる道理はない。俺の姉貴みたいに嗅ぎ回っていたとか、有名だとか、そういう話は全くない。絶対的に、絶望的に運がなかっただけ。


 それだけで、家族を一人失った。


「…………う。ううう。ひん。ひぃん。おとう。さん! お父さん! うええええ…………」


 今まで、俺の動機は不明瞭だった。


 美子を取られたから、という動機は本人の自白により勘違いだった事が判明している。構造的に優位に立つのはゲンガーの筈なのに、どうして俺の知る美子は大人しく自殺したのだろうか。それはもう一生分からない。


 山本ゲンガーに対しては殺し返しが済んだので、よく考えればこれ以上踏み込む義理はなく、やはり俺には動機というモノがなかった。しかし今回の一件で判明した事実がある。



 ゲンガーは人類を躊躇なく殺す。



 それが侵略かどうかは分からない。ただ、一つ気になる事が生まれた。それは先程も思い出した、『あの場に居た奴等は全員ゲンガーだったのか』という問題。嘘を吐くメリットがないと言いはしたが、あの時だけはあったかもしれない。心理的な問題だ。


 ゲンガーと人間が半々で混じって同じ思想で動いていた時、果たして俺達はどうやって見分けるというのだろう。そんなもの見分けられないから全員殴るしかない。ただ、殺した相手が人間だった時、俺達を正常たらしめる一線を越えてしまう事になる。そんな躊躇塗れの状態でレイナを助けられたかと言えば微妙だ。最悪全員仲良く死んでいた。


 俺が言いたいのはうその可否ではなく、ゲンガーはそんな状態でも躊躇わず儀式を実行しただろうという確信。山火事を起こしたのがその証拠だ。人類を守りたいなどと大層な考えではない。レイナみたいに目の前で泣かれるのは後味が悪くて嫌なだけだ。


 人を殺しておいてのうのうと人を騙る謎の存在に、嫌悪感が先立つだけだ。


「…………匠悟」


 五分ほど泣いていただろうか。不意にレイナが俺の腕を強く掴んだ。


「こっち。来て。話したい事が。あるの」


「ちょ、おい」


 まさか外に連れて行かれるとは思わなかった。ここは病院らしいが、俺達以外に客はいないようだ。閉院寸前の場所に最先端医療とはますます考えづらくなった。


「正直に。答えてね。二人は。ゲンガーを。どうするの」


「……殺して、隠蔽する。死体さえ見つからなかったら事件にはならないからな」


「私も。一緒に殺す」


「止めておいた方がいい」


 良心からの忠告だった。ゲンガーは明確に人ではないが、余程阿呆でもない限り下手な真似はしない。殺した時の感触は殆ど人だ。朱莉は慣れているとして、俺が平気なのは『他人事』だから。レイナは只の一般人だ。それも風紀管理部の部長なんて務める、聖人とは言わずとも秩序側に与する普通の人。


「恩返しが。したいの」


「要らない」


 俺も朱莉も、ゲンガーは徹底的に殺そうとするだろう。そうでないと持ち運び辛い。切断し、粉砕し、磨り潰し、とにかく隠しやすさを重視する。そんな光景は見せられない。俺の考え方は教えられない。これは半ば刷り込みに近いから。


「お前はそのままで居てくれ。恩返しなら、ゲンガーの事を口外しないだけで良いから」


「する」


「え?」


「協力させてくれないなら。口外する」



 ……どうしようか。



 恩を仇で返すとはこの事だ。何故か脅迫になっている。どう話の舵を取ればおよそ正反対の行為に繋がるのだろう。そんな事を口外されたらこちらの行動が一気に取り辛くなる。朱莉だって困り果てる。ではレイナを殺すかと言われたらその考え方は人ではない。


「匠悟が。私に。朱斗の。本当の性別を。漏らしたとも言う」


「脅しが過激になって来たな。俺はお前の為に言ってるんだぞ」




「何が。為になるかは。私が。決めるわ。だって。許せないもん……!」




 俺は、少し勘違いをしていた。


 霊坂澪奈は想像以上に強く、過激な性格をしていた。家族を殺されたから、という事情も込みで、実際に殺そうと実行する人間はいない。或はゲンガーという『殺しても良い人間』の存在が、理性の箍を外してしまったのかもしれない。


「…………じゃあ、三つ約束を決める。守れたら、協力を認める」


「何?」


「一つ。家族含めて、誰にもバラさないしバレないようにする。二つ。ゲンガーは何があっても殺す。三つ、朱斗とは別に俺と個人的に協力する」


「……? 最後…………分かった」


 こうしてまた、罪のない人間を一人、悪道に堕としてしまった。本当にこれでいいのかと思いつつも、対ゲンガーが楽になったと安堵する自分も居る。







 さて、仲間が見つかったので俺の案は可決だ。説得は不要だろう。シラを切るなんて真似はしてほしくない所だ。


 

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