第6話


 ざまぁ計画がひと段落つき、久しぶりの登校は響子と一緒だった。


「こうして一緒に通うのは、いつぶりでしょうか」

「えーと、そんなにだった?」

「ええ。虎雄さんは頑なでしたから」


 確か中学三年の頃、転校してきたばかりの響子が迷わないように案内した覚えはある。

 でも当時は彩夏ちゃんと付き合っていたから、他の女の子との行動は控えていた。

 だから響子との登校はあって数回、下校にいたっては殆どなかったりする。


「どうしてこれで嫉妬なんて出来たのでしょう……」

「ん、どうしたの?」

「いえ、世の中には不思議な人種がいるのだなぁ、と」


 そうして二人で教室に入ったけど、クラスメイトの反応にちょっとだけ戸惑う。

 失恋のショックで学校を随分休んでしまった。

 恋人を寝取られた情けない男として嘲り混じりの視線を送られると思っていたけど、全然そんなことはなかった。

 かといって同情もなく、ごく普通のクラスメイトに対する態度だ。

 代わりに密やかな、悪意の笑い声が聞こえてくる。もっとも、それは僕に対してではない。

 

「うわぁ、まだ学校来てる」

「大好きな涼介さ~んと一緒にいればいいのにねぇ?」

「あんだけクズだし、院長の息子じゃなくなったら用無しなんじゃないのぉ」

「てかなに、あの顔のアザ。痴話喧嘩?」


 侮蔑も嘲笑も全て彩夏ちゃんに向けられている。

 彼女は可愛くて勉強もできる人気者だった。中学の時なんて沢山の男子に告白されていた。

 なのに今は俯いて肩を震わせている。

 普通なら“あんな彼女見たことない……”なんて感想を抱くんだろう。

 でも僕はどこか懐かしい気持ちになった。今の彩夏ちゃんは、ずっと昔の一人で寂しそうにしていた頃の女の子を思わせた。


「あ……」


 か細い声。

 不意に顔を上げた彩夏ちゃんと視線が合った。

 彼女は瞳を潤ませて、僕の方に少しだけ手を伸ばそうとする。


「西古、おはよ」


 でもそれを邪魔するように肉袋さんが間に入った。


「おはよう。にくぶ」

「島袋さんっ! おはようございます、高校一年生の時も虎雄さんと同じクラスだった島袋紬さんっ!」


 僕が肉袋さんに返事しようとすると、響子が割り込んで挨拶をしてきた。

 というか僕のミスに気付いてフォローしてくれみたい。

 そうだった、彼女の名前は島袋紬さんだ。初めて会った時から周囲の子よりもスタイルが良くて、いい肉袋になりそうだなぁと思ってたから覚え間違いをしていた。


「で、どうしたの?」

「ちょっと話があるから中庭」

「え? でももうすぐ一限目始まるよ?」


 さすがに休み過ぎたから、ここでサボりはしたくない。


「いいから、お昼にハンバーグ奢ってあげるから」

「別にいいよ。それより授業に」

「なんで?! ハンバーグだよ?!」

「なにそのハンバーグに対する熱い信頼」


 というより僕がお肉で動くくらいチョロいと思われているんだろうか。


「でも男の子はハンバーグ好きだし、肉じゃが作ればイチコロだって」

「なにを参考にしたか知らないけど、イチコロなんて書いてる時点で大分古い感性じゃないかなぁ」

「くっ。な、なんでもいいから来て! 大事な話があるから!」


 教室中に聞こえるくらい大きな声で言うものだから、「おおー」とか「つむぎ鬼畜~」とか皆がざわつく。


「ち、違う、告白じゃない! というか鬼畜ってなんでよ?!」

「まあ篠井さんのあの状況で虎雄さんに告白したら普通に鬼畜ですよね」


 響子が冷静に感想を述べる。

 告白されるとは最初から思ってないけど、それくらいで鬼畜と言われると違和感ある。

 誰が死ぬわけでもないんだし十分自由恋愛の範囲じゃないかと思う。


「なんでもいいからさっさと来い!」

「あ、僕の好物ざるそばね」

「意外とちゃっかりしてんのね、あんた?!」


 そうして僕は腕を引っ張られ、中庭まで連れてこられた。

 肉袋さんは彩夏ちゃんと仲がいいけど、高校からの友達なので人身売買で忙しかった僕とは微妙に繋がりが薄い。

 今一つ呼び出された理由が分からず、僕は正直困惑していた。


「話って?」

「あんたがいない間の彩夏のこと。全部聞いといてもらおうと思って」


 肉袋さんは休んでいた僕のために、彩夏ちゃんの語った内心を余すことなく伝えてくれた。

 お金がなくて不安だったこと。

 僕が子供の頃よりも頼れるようになったけど、それで僕が離れていくのではと考えていたこと。

 最期に「これは私の推測だけど」と前置きして、もしかしたら響子に対してひどく嫉妬していたんじゃないかということ。


「そっか……ありがとうね」

「うん。でも勘違いしないでね、別にあの子を許してって話じゃない。むしろ逆だから」


 意外にも肉袋さんは彩夏ちゃんを擁護する気はないようだ。

 素直にその点について質問すると、嫌そうな顔になった。


「あんな理由でカレシ裏切れるヤツの何を擁護しろってのよ。大半は話し合えば済んだことだし、徳宮先輩にしたって手順を踏めば西古を傷つけずに終わった筈でしょうが。……まあ、話し合いって意味じゃあんたにも責任がないとは言わないけどさ」

「それは、弁明もないなぁ。忙しさにかまけて彩夏ちゃんの心を疎かにしてた」

「私だって女子だし、彩夏にまるで共感できなかった訳じゃないよ。それでも中学生の頃から資金援助受けといて、被害者ヅラで他の男に股開くのはどう考えてもナシ。舐めすぎ」


 本気で嫌悪感丸出しだ。

 

「じゃあなんで僕にこの話を?」

「私が心配したのはむしろあんたの方。徳宮病院大変なことになってるでしょ? 変に絆されるんじゃないかと思って。でも、あの子の内心知ってからじゃないとフェアじゃないじゃん」


 ……肉ぶ、島袋さん、わりといい人だなぁ。


「気遣ってくれたんだね」

「……別に。私がモヤモヤするの」

「それでも、ありがとう。島袋さん。ただ復縁したりはないよ」


 僕はむしろ涼介さんとの仲を応援する側だから。

 ホントは島袋さんにも手伝ってもらう予定だったけど、やっぱりやめておこう。


「そうなの?」

「うん。あー、だけどママさんに関しては手助けしちゃうと思う」

「そこはあんたの勝手だからいいんじゃない?」


 それだけ言って島袋さんは踵を返した。

 後ろ向きで手をひらひら、そのまま去っていく姿は結構カッコよかった。

 彼女のおかげで色々知れたけど、浮気したのも涼介さんに心を映したのも事実。

 なら振られた元カレとして、二人のこれからを祝ってあげるのが本懐だろう。

 

「だから安心してね彩夏ちゃん。君が涼介さんと結ばれるよう、僕も頑張るよ」


 できれば彼女の歩むこれからが、陽だまりのように穏やかな光に満ち溢れた道でありますように。




 ◆




 ということで僕は涼介さんの監禁部屋に足を運んだ。


「ひぎゃああああああああああああ?! も、うやめてぐだざぃぃっぃ?!」


 島袋さんの話を聞いて俄然二人を応援したくなった僕は、まず涼介さんの指を全てボルトカッターで切り落とす。

 ちょっきんちょっきんリズムよく。手と足を合わせて十九本もあるから大変だ。

 

「まあまあ落ち着いて。そろそろ外に出してあげようと思ってさ。その前にやれることは全部やっておかないとね」


 今回はちゃんと焼きゴテを使って血止めをする。

 涼介さんをしっかり処置しておくのには理由がある。

 裏切られたとしても、僕は彩夏ちゃんがずっと好きだった。

 もう愛情は抱いてないけど、できるなら体に傷はつけたくないと思ってしまう。

 だから彼女へのざまぁはちょっと趣向を変えることにした。

 そのために涼介さんの指はいらなかった。でも、ムスコは今後使うからちゃんと残しておく。


「さてと。じゃあ……あれ」


 一通り終わったところで、スマホにメッセージが入っていた。

 彩夏ママさんからだ。

 内容は『彩夏とのこと聞きました。直接謝罪したいのでお時間よろしいですか』。

 いつもとは違って随分固い書き方だ。


「うーん、どうしようかな」


 実はもう彩夏ちゃんをさらう手筈は整っている。

 でも先にママさんから謝罪をされると心情的にやりにくくなるかもしれない。


「『ありがとうございます。でも今は落ち着かないので、僕に余裕ができた時にお願いします』……と」


 考えたけどママさんとのお話は後回し。

 彩夏ちゃんのざまぁを優先しよう。

 僕は一晩眠り、翌日の夜を待ち改めて彩夏ちゃんに電話をした。


『トラちゃんっ?!』


 びっくり、彩夏ちゃんはコール二回ですぐに出た。


「こんばんは。こうやって話すの、久しぶりだね」

『う、うん。トラちゃん、家にいなかったけど、今どこに?』

「あ、ごめん。今留守にしててさ、これも出先からかけてるんだ」

『出先?』

「実はマンションを借りて、そこで寝泊まりしてる。ほら、やっぱり気まずいでしょ? 家が隣同士だと」


 別に責めたつもりはなかったんだけど、彩夏ちゃんは一瞬言葉に詰まった。


『ねえ、トラちゃん。ごめんなさい、私謝りたいの』


 けれどしばらく間を置いてから、悲壮感に溢れたように聞こえる声で彼女が言う 


『私、ひどいことした。だから、今更だけど、謝らせて。できれば直接』

「あ、いいよ」

『えっ、本当っ?!』

「ちょうど僕も話があったんだ。これから出てこれる? 住所送るからさ」


 さらう気満々だったけど向こうから来てくれるなら有難い。

 誘拐班の皆にはそのまま解散、僕のツケでご飯食べてきていいよーと連絡しておこう。


『うんっ、すぐ行く!』


 嬉しそうな彩夏ちゃんの声。

 以前は僕の心も浮き立ったのに、もう全然何も感じないや。

 

 僕は所有する監禁用マンションの住所を送っておく。

 そこの一室が僕の部屋という設定になっている。

 もちろん別室には涼介さんも準備済み。久しぶりの恋人との対面、喜んでくれるといいな。

 しばらく部屋でくつろぎながら待っているとインターホンが鳴った。

 お、ようやく彩夏ちゃんが来たみたい。


「はーい。……いらっしゃい、彩夏ちゃん」

「う、うん……」


 笑顔でお迎えという訳にはいかず、ちょっと表情が強張ってしまった。

 それは彩夏ちゃんも同じで陰鬱とした様子だ。


「とりあえず上がって」


 家具は一通りそろえてある。

 1LDKなので、一先ずはリビングに通した。

 テーブルを挟んで椅子に座り向かい合う。この距離感が今の僕達だ。


「あー、何から話したらいいのかな」


 僕がどう切り出そうか、悩んでいると彩夏ちゃんがいきなり頭を下げた。


「トラちゃん、ごめんなさい!」

「ど、どうしたの彩夏ちゃん」

「私なにも知らなかった。ずっと、うちの家が問題なく回るように援助してくれてたこと。そのせいで忙しくてデートする暇もなかったこと。お母さんから聞いたの」

「そっか。もしかしてそのアザ」

「お母さんに殴られた。どんな理由があっても浮気した貴女が悪い。許してもらえなくても謝れって」

「ごめんね。援助の件、黙ってて言ったのは僕なんだ。お金のことで遠慮しちゃったら僕達の関係がおかしくなるんじゃないかと思った。でも、結果を見れば失敗だったね」


 もしもはっきり言っていれば、もう少しどうにかなったかな。

 いや、彼女は僕といることに不安を覚えていたんだから、多分最後はこうなったんだろう。


「私、一人で卑屈になって、あなたを信じられなくなっていた。だから涼介さんに体を任せて……」

「もういいよ。終わったことだ」

「トラちゃん、ごめんね。本当に、ごめん、なさい……」


 彩夏ちゃんは涙を流していた。

 それを見て僕は静かに納得する。

 結局、僕は彼女に相応しくなかったんだ。


「泣かないで。僕はもう気にしていないから」

「ほん、とう……? なら、もうい」



「だから、彩夏ちゃんはどうか、涼介さんと幸せになって? 僕が願うのはただそれだけだよ」



 そう言うと、何故か彩夏ちゃんは固まってしまった。


「君に浮気されて辛かった。でも今なら、ちゃんと幸せを祈れる。だからさ、君達のために僕もできることがしたいんだ」


 僕は一度外に出て、隣の部屋から涼介さんを連れてくる。

 抱きかかえて上げられたらよかったんだけど、僕だと難しいので髪を掴んで引きずる形になってしまった。


「りょ、涼介さん?!」


 久しぶりの恋人との再会に大きく目を見開いている。

 サプライズ成功、ってやつだね。


「あ、はヤ、は……」

「ちょっと静かにしてて? 今は話の途中だから」

「は、はひぃ……」


 最近の涼介さんは素直に僕の言うことを聞いてくれる。

 これなら今後のサポートも気分よくできると思う。


「な、なに、これ……」

「なにって、サポートだよ。彩夏ちゃんと涼介さんの結婚の」

「けっ、こん? どういう、こと? トラちゃん、許してくれたんじゃ」

「許したさ。だから君たちを受け入れられるし、力になろうって思える」


 僕は改めて今後についての話をする。


「ほら見て? 涼介さんの手と足の指、全部切っておいたから。舌を噛んで死ねないよう、歯も全部ペンチで抜いといた。膝も砕いといたから歩けない。これなら彩夏ちゃんのご要望に沿うかな?」


 最初はここまでするつもりはなかった。

でも島袋さんの話を聞いて、急遽自分では何もできないようにしておいた。


「彩夏ちゃんは見下せる相手が好きなんでしょ? もう涼介さんは何もできないから、結婚相手にも相応しいよ、きっと」


 言葉を失っているみたいだけれど、気にせず僕は話を進める。


「僕ね、新しいシノギを始めようと思って、ちょっと会社を買ったんだ」


 自分で起業するより乗っ取る方が早いし楽だ。

 さすがにちょっと高かったけど。


「AVレーベル。えっちな動画を撮る会社なんだけど、彩夏ちゃんにはそこの女優第一号になってもらおうと思ってる。実名かつ住所公開の、会えるAV女優ってのを売りにしたいな」


 僕に内緒で涼介さんとするくらいだから、ぴったりな仕事だと思う。


「ね、ねえ。トラちゃん、何言ってるの?」

「仕事の話だよ。結婚したら色々お金かかるからね。涼介さんは働けないだろうし、彩夏ちゃんが頑張らないと」


 お金がないというのも彩夏ちゃんの不安の一つだった。

 なら今後の結婚生活が上手くいくよう稼げる環境は整えてあげる。

 

「でもさ、今やAV女優って人気あるんだよねぇ。男性からは特にで、普通にファンといるし。彩夏ちゃんがそうなるのは、なんか違うよね。ていうことで、うちは異種も扱うレーベルにしようと思ってるんだ」

「だから、なにを……」

「分かりやすく言うと、人間の男性相手以外とのセックスを撮るんだ。ファンタジーだったらゴブリンとかオークだけど、さすがに日本にはいないからね」


 絵面としては絶対面白いんだけどなぁ

 女子高生vsオーク。B級映画っぽくていい感じ。


「主な相手は獣に蛇、魚と……他には虫かな。初めはゴキブリとかカマドウマぐらいだけど、後々は毒虫も増やしていくと思う。言ってもムカデとかがせいぜいだから安心して」


 僕はちょっと気取って、手を振り上げて見せる。


「第一弾の企画はもう考えてあるんだ。名付けて『膣内ゴキブリ退治! 愛する妻の思い出の地を巡りながら害虫をち〇ぽで潰します!』だ」


 企画内容はこうだ。

 彩夏ちゃんの生まれた町から始まり、子供の頃遊んだ公園や学校、旅行で行った場所なんかを巡って、そこで涼介さんとの行為を撮影する

 僕達は幼馴染だったから、どこに行くのもずっといっしょだった。

 その思い出を全部涼介さんとのセックスで塗り潰してもらうのだ。

 ただヤるだけじゃ刺激がないし、スパイスとして膣内にゴキブリを仕込み、そこに突っ込んでもらう。

 そうして最後に辿り着くのが結婚後に涼介さんと住む新居。

 そこで愛を確かめ合う二人。

 映像内で住所も公開し、いつでも遊びに来てね……という寸法だ。

 

「もちろん当時の友人や親戚、近所の人にも連絡しておく。ああ、彩夏ちゃんのお爺ちゃんやお婆ちゃんにも、涼介さんとの愛を見てもらおうね」 


 愛し合う二人は誰からも認めてもらわないと。

 だから彩夏ちゃんを知る人には、可能な限り二人の行為を見てもらおう。


「一応クラスの皆にも見てもらえるよう配信も予定してる。ここら辺はざまぁだから、男心の未練だと思って我慢してね」

「と、トラちゃん……なん、で? 涼介さんと、結婚って……」

「だって、僕を裏切ってもいいほどに涼介さんが好きなんだろ?」


 僕は穏やかに、出来るだけ優しい声で語り掛けた。

 なのに何故か彩夏ちゃんは逃げ出してしまった。


「ひ、ひぃ……?! た、たすけてぇ!」

「ええ?! ちょ、ちょっと待って?!」


 慌てて追いかけて彼女を組み伏せる。

 上から押しつぶす形になってしまったけど、怪我してないだろうか。


「やめてよ! 全部トラちゃんと過ごした場所じゃない! そこでなんて嫌ぁ! 放して、はなしてぇ! 私の思い出までダメにしないでぇ!」


 いや、駄目にしたのは主にキミなんだけど。


「暴れないで、危ないよ」

「なんで?! 私は、ただトラちゃんに謝って、それで、もう一度。やり直したいって、そう思ったから来たのに!」

「それはムリだよ」


 というか、やり直せると思ってたことにびっくり。絶対お金目当てだし。

 常識的に考えれば無理だって分かるはずなのに、この子ってこんなにバカだったかな?


「お金とか、状況とかで途切れるなんて愛じゃない。だから僕達の間には、最初から愛情なんてなかったんだと思う。けど彩夏ちゃんと涼介さんは違う。僕を裏切ってもいいと思えるくらい深い愛情があるじゃないか。なら証明し続けてくれないと僕が報われない」


 ねえ? と問いかければ、涼介さんは「はひぃ、へっほんひまふ」と答えた。

 やっぱり彩夏ちゃんが好きなんだな。ちょっと妬けちゃうくらいだ。


「もう不安に思わなくて大丈夫だよ。君の結婚生活は絶対に途切れない。だって、涼介さんにも養わなきゃいけない妹さんがいるからね。君と夫婦でいる限り、何不自由なく過ごせるよう取り計らう約束をしてるんだ」


 僕では幸せにできなかったら、二人には周囲も羨む夫婦になってほしい。

 そうすれば、君との上手くいかなかった恋も、確かに意味があったと己惚れられるから。 


「いやだぁ! こんなの望んでなかった! 私はただ何不自由なく幸せに過ごしたいって思っただけ! 貧乏じゃない、寂しくもない、好きな人とのんびり過ごす暮らしがしたかっただけなのにぃぃっぃぃぃ?!」

「涼介さんがちゃんと傍に居てくれる。だから今は眠るといい。起きた時には、全てが上手くいってるよ」


 懐から取り出したスタンガンをそっと首筋に添える。


「あがっ、あががああがが」


 びくんびくんと痙攣しながら彼女は眠りについた。

 僕はそれを確認してから、静かに目を瞑る。


『いっしょに遊ぼ?』


 いつか、ひとりぼっちの僕に話しかけてくれた女の子。

 あの時から僕は彩夏ちゃんに恋していた。

 だけど歳月を経て少しは大きくなって、代わりに子供のままではいられなくなった。

 

「さようなら、彩夏ちゃん」


 一筋の涙が頬を伝う。

 こうして長く続いた僕の恋は、本当の終わりを迎えた。





 ※大人になるって悲しいことなの……って話では絶対ない。

  

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