第4話
【涼介さんside】
昔から得意なものはなかった。
だけど顔がいい自覚はあったし、親父のおかげで金には余裕があった。
横柄な態度でも金がありゃ同年代の女は寄ってくる。おかげでセックスの相手にも不自由しなかった。
慣れてくると彼氏持ちを狙うようになった。
野球部のエースや学年三位の成績、爽やかなイケメンだの優しくて人柄が良いだのと評価されている奴らのカノジョを食うのは気持ちいい。
セックス以上にも、テメエらよりも俺は格上の人間だと証明することこそが最高の快楽だ。
そういう楽しみ方だから基本釣った魚にエサはやらず、離れていく女も多いが、それはそれで構わなかった。
アヤカも、そんなノリで手を出した。
彼氏は地味で気弱そうな男だったが、幼馴染で小学校からの付き合いだと聞く。
長い年月で積み重ねたキズナぁ~、なんてものを数日で奪ってやれたら笑えるじゃないか。
セフレに顔繫ぎをさせて、頼りになるセンパイ気取って彩夏を口説く。
そうすれば現状への不満がちらほら出てきた。
『トラちゃん、高校になってからアルバイトが忙しいみたいで、あんまりデートできてないんです』
あー、そりゃ大変。もう愛が冷めてるね。君のことなーんも想ってないよ。
『うちは母子家庭で、お母さんを助けたいし高校卒業したら就職しようかと』
俺、大病院の息子でいずれ院長よ? 大学まで世話してやるから一緒に遊ぼうぜ。
『風祭さんと一緒にいる時間が長いんじゃないかな……』
もう浮気確定だね。十六回くらいヤッてる間違いない。俺らもヤっちゃおうよ、悪いのあっちだって。
『でも私はトラちゃんが……』
意外と身持ちが固かった……ように見せかけてるだけだ。
夕食に誘えばついてきたんだから心はとっくに傾いていた。
トドメにちょーっと飲み物にアルコールを仕込んでホテルに連れ込んで、カラダを美味しく頂いてやった。
『……男の人の大きさって、結構差があるんですね。徳宮先輩の、トラちゃんよりだいぶ小っちゃい。あ、いえ、可愛いって意味で』
……若干プライドは傷つけられたが。
一応言っておくが、俺のは平均くらいは普通にある。
それにアヤカも満足はしてくれたようだ。大きさもテクニックもアレだけど、相性はとってもよかった……という内容をわりと屈辱的な表現で伝えられた。
行為中にも何度か辛辣なことを言われたが何度も高みに昇り、とろけた顔でしな垂れかかる彼女の柔らかさに許してやった。
俺の方もアヤカが気に入った。多少口は悪いが、こんなにも乱れた女は初めてだった。
俺達は地味男に隠れて浮気を続ける。
まあ喧嘩ゴミみたいに弱いとか、雑魚とか普通に言われるけど。金で女を釣ってきた俺には“それでも”一緒にいてくれる奴というのは珍しかった。
まだアヤカは多少ながら地味男に心を残しているようだが、大半は俺のものになっている。なんせ向こうの誘いがあっても俺を優先するくらいなんだから。
後の楽しみは地味男に暴露して嘲笑ってやるくらいだろう。
……それを実行した結果、俺は小指を切り落とされ、ライターの火で焼かれ、まともな治療もされずに監禁されている。
おそらくだが、父親の死にも何らかの形で関わっている。
あの地味男ならやる、そう思わせるだけの何かがあった。
つまり失敗だった。
手を出してはいけない女を食ってしまった。火遊びの代償にしては、あまりに大きすぎる。
だがとりあえず俺を殺す気はないようだ。
三食はしっかり出るし、今日はゲームをするなんて言われた。
早押しゲーム……何が楽しいかは分からないが、拒否して怒らせるよりは乗った方がいいだろう。
【ゲーム……スタート!】
スピーカー越しに合図が聞こえたので、ともかくすぐにボタンを押す。
【しゅうりょーう! 涼介さんの勝利です!】
何が嬉しいのか、地味男がはしゃいでいる。
やはりまったく面白くない。
【もう一人のプレイヤーは残念だけど、賞品は涼介さんのものだね】
それを最後に放送が途切れた。
どうすればいいか分からず戸惑っていたが、四時間以上経ってから、ようやく地味男が部屋にやってきた。
手にはお盆。上に何か乗っているが布巾が掛かっているので詳細は分からない。
護衛なのか黒服も二人。明らかにカタギではない雰囲気だった。
「おめでとー、涼介さん! さっそく賞品を持ってきたよ」
にっこり笑顔とはいかない。
こいつは笑っていても目に光がないと分かっていた。
それでも今日は随分と機嫌がよさそうだった。
「さあ、どうぞ。布巾をとってね」
「あ、ああ……………ひぃっ?!」
俺はそれを見た瞬間、思わず飛びのいてしまった。
監禁生活にも慣れて麻痺してたんだ。こいつがまともじゃないって知っていたはずなのに、油断していた。
「豪華賞品は、お母さんとの対面でした! 良かったね、涼介さん!」
お盆の上には俺の母さんの生首が乗っていた。
よっぽど酷い殺され方をしたんだろう。安らかとは程遠い、恐怖に歪んだ顔付きだった。
「おま、おまえぇぇぇ?! か、母さんを、殺しやがったのかっ?!」
腰を抜かして座り込んだまま、それでも俺は怒鳴りつける。
反撃とかは頭になかった。ただ激昂のままに罵りの言葉を叩きつける。
「このクソ野郎! 鬼畜がぁ! テメエなんか人間じゃねえ!」
「へ、何を言ってるの? やったのはあなたじゃないか」
なのに地味男はぽかんとしている。
「は……?」
「だって、ボタン押しただろ? 早押しゲームのルールは『合図と同時にボタンを押す。負けた方の首が落ちる』っていう単純なゲームだから。殺したのは僕じゃなくて涼介さんだよ」
「おま、なに、言って……」
「ちゃんと遺言は録画したから、お母さんの最後の言葉聞いてあげててね」
そう言って地味男はポータブルのプレイヤーを取り出し、それを俺の前で再生した。
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁ?! 死にたくないっ! 死にたくなぃぃぃぃ!』
映っているのは個室に閉じ込められた、まだ生きている母さんの姿だった。
けれど痩せこけて、髪もぼさぼさ。狂乱して頭を振り回すさ様は、若くて奇麗なのが自慢だった母とは全く重ならない。
床には押しボタンが転がっている。
きっと母の方には正確なルールが告げられていたのだろう。
その上で、あの態度を見れば「息子を助けるために、わざと負けた」のではないのだと察せた。
『なんでバカ息子のせいで私がぁ?! 憎いならアレだけ殺せばいいでしょう?!』
多少の素行の悪さは諫めても、優しい態度は崩さない人だった。
でも追い詰められた時に本性は出るという。きっとは母さんにとって、自分の命ほど俺は重くなかったのだ。
『お願いします助けてください助けてください! あぁ、あぁ! あんな子産まなければよかった!』
抵抗も意味なく拘束された母さんは、最期まで見苦しく泣き叫び、命乞いをし、なにより俺を罵った。
けれど無慈悲に、電動のこぎりが首に添えられる。
後はもう目を背けたくなる凄惨な光景が続き、最期にごとりと母さんの首が落ちた。
決して、こんな死に方をするような人ではなかった。
「あーあ、涼介さんを産んだせいで」
それもお前のせいだと耳元で囁かれる。
「涼介さんがボタンを押したからこうなったんだよ。ママさん可哀そうに。クソ野郎も人間じゃないのも、親を殺したあなただ。怖いなぁ、僕にはとてもできない」
「あ、ああ……」
俺がボタンを押したから?
「まあでも、押さなかったら涼介さんが死んでたから、あんまり気にしないでもいいかな。だってママさん、子供殺しても生き残る気満々だったし。お相子だから安心してね」
もうやめて、聞きたくない。
「これで、涼介さんの家族は妹さんだけだね」
「っ?! や、やめて。やめてください……妹まで、殺すなんて、そんな」
「えっ?! なんで僕が妹さん殺したみたいに思われてるの?! してないしてない、誤解だよ!」
びっくりした様子で首を横に振った地味男は「嘘じゃないから!」と言って、すぐ妹を連れてくるよう指示を飛ばした。
俺と同じように監禁されていたのか。実際それほど時間を置かず、妹の麗奈が引きずってこられた。
「麗奈っ! だいじょ…うぶ、か……」
麗奈は二つ年下で、今年高校一年生になったばかりだった。
妹は俺とは違い要領がよく、中学の頃から髪を染め化粧もしていたが、ちゃんと成績も上位を維持していた。
陸上部でも結果を残し、優等生とまでは言わないが、クラスの明るい人気者を地でいくタイプだった。
そんな妹が、床にはいつくばって俺を睨んでいる。
「兄貴…あにき……っ!」
麗奈には右手と右足がなかった。
「なんで、れいな、おまえ……」
「パパの事件のあと、変な奴らにさらわれて。右足も、右腕も切り落とされて。兄貴が、ヤバい人に手を出したから、その報いだって。あんたが、もっと、ちゃんとしてれば。私の足が、もう、はしれない……!」
俺は思わず地味男を見た。
何で妹をこんな目に合わせた。疑問を先回りするように、何でもないことのように答えが返ってくる。
「だって涼介さんの妹だし。ちゃんと傷口は縫合してあるから生活には問題ないよ」
なにを言っているのか分からない。
この子は陸上部だったんだ。なのに足が無くなっている。どうして、そこまで。
「というか、いちいち僕のせいにするやめてくれない? あんなに美味しそうに食べてたのに」
昨日の昼はひき肉たっぷりチャーハン。
夜はラーメン。
今日の餃子も完食して、白飯のおかわりまでした。
晩にはから揚げと聞いて、結構楽しみにしていた。
「切り落とした手足はちゃんと無駄にならないようにひき肉して使ってるよ。骨は出汁にもなるしね。人肉は癖があるからね。ちゃんとショウガやニンニクを利かせたり、豚骨や魚介系のスープも混ぜたり、なかなか手が込んでるんだ。美味しかったでしょ?」
つまり俺が食べていた肉は妹の……。
「うっ、おえぁあぁぁっぁあ……!
急に吐き毛がこみあげてくる。
うずくまって動けない俺の傍まで這ってきた麗奈が、泣きながら拳を叩き込む。
「兄貴の、せいでっ! あんたが余計なことしなけりゃ! ちくしょう、返せ! 私の手と足返してよっ!」
殴り続ける麗奈、何の抵抗もできない俺。
片腕しかないから上手く腕を振るえないのか、殴られてもあまり痛くない。それが余計に痛かった。
「ああ、駄目だよ殴っちゃ! れ、麗奈ちゃん落ち着いて?」
慌てて喧嘩を止めようとする姿は、見た目通りの気弱なお人好しに見えた。
「君たちはもうたった二人の家族なんだ。喧嘩せずに、力を合わせて生きていかないと。麗奈ちゃんを支えてあげられるのは涼介さんだけなんだから」
ああ、こいつの言う通りだ。
大病院の院長の息子ではなくなって、両親もいなくなった。
母親殺しの罪を犯した。
その上で、手足を食われたことで俺を恨む麗奈の面倒を、これから見ていかないといけない。
「まさか見捨てるなんて言わないよね?」
こいつに逆らえば、どうなるか分からない。
俺の将来はもう決定してしまった。……なんで、こんなことになったんだろう。
「とりあえずは、お父さんの騒ぎが落ち着くまではここで暮らせるようにしておくから。その後は家にちゃんと解放してあげる。今の家には戻れないだろうから、適当なアパートを借りるのが無難かな」
何かを言っているようだが、全然耳に入ってこない。
「お腹が減ってると苛々もしちゃうだろうしね。今日は早めに晩御飯を持ってこさせるから、二人で食べるといいよ。モモ肉のから揚げ、期待してて」
そうして地味男は出ていき、ぎぃと重苦しい音を立てて鉄の扉が閉まる。
同時に何か大切なものが終わってしまった気がした。
◆
涼介さんへのざまぁがひと段落ついて、僕はほっと息を吐いた。
「今は、こんなもんかな。後々薬漬けにはするけど、ちょっとくらいは反省さないとね」
涼介さんが悪いとはいえ、ママさんと麗奈ちゃんには悪いことをしたかな、とも思う。
お詫びにいずれ麗奈ちゃんには、養ってくれそうな有力者でも紹介しよう。
「次は、彩夏ちゃんの番、かな」
正直に言えばまだ未練がある。
でも、今はそれを飲み込まないと。
ここでなぁなぁにしてしまったら、きっと僕は先に進めなくなる。
「だからごめん、僕は君を切り捨てて前を向くよ」
いつかの恋心をそっとしまい込んで、僕は静かに呟いた。
※次回から浮気女のざまぁターン。
猟奇シーンは少なくなる予定です。
これ恋愛タグでいいのか自信がなくなってきました。
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