第2話 最後の忠告

「いた!」


角を曲がった先に見慣れた金髪を見つけ声を上げた。

学園の廊下で探していたシャルルを見つけると、私の侍従が後ろから捕まえる。


歩いていただけなのに急に捕まえられて驚いたシャルルは、

首もとをつかんで自分を捕まえたのが私の侍従だとわかるとおとなしくなった。

シャルルの整った顔立ちが引きつったようになっているのは、

私が怒っているのがわかるからだろう。


「…ミラージュ、何か用か?」


「ちょっと顔貸しなさいよ。」


問答無用で人気のない場所まで引きずるように連れていく。

辺りに人がいないのを確認してから話を始めた。


「シャルル、あなたいい加減にしなさいよ。」


「え?何の話だよ。」


「昨日のお茶会、ローズマリーがいじめられた挙句、

 お茶とハチミツを頭からかけられて、

 髪とドレスぐちゃぐちゃにされたまま泣きながら帰ったそうよ。」


「は!?なんだよ、それ。知らないぞ。

 うちの使用人たちからの報告もなかったし。」


本当に知らなかったようで、目を大きく見開いて驚いている。

普段は表情一つ変えないくせに、ローズマリーのことになるとすぐに崩れる。

この情けないところをあの令嬢たちに見せてやりたい。


「馬鹿ねぇ。

 公爵家の使用人たちはみんな、

 シャルルがローズマリーのこと嫌っていると思ってんのよ。

 見ていても止めないし、いい気味くらいに思っていたでしょうよ。」


「…嘘だろ。」


真っ青な顔をしているシャルルに同情する気はなく、とどめを刺す。


「…もういい加減にしないと元に戻れないわよ。

 後悔しても遅いんだから。」


「…わかってる。

 だけど…ローズマリーを見ると素直になれなくて。」


「そんなことは何度も聞いたわ。

 だけど、もう限界よ。いい加減にしなさい。

 自分の婚約者を大事にしないどころか、

 他の令嬢たちと一緒になって馬鹿にするって。

 頭おかしいんじゃないの?

 婚約者とのお茶会なのに、他の令嬢たちも同席させたあげく、

 剣の稽古に逃げるって…馬鹿なの?」


「…。」


シャルルが子爵家のローズマリー・シンフォルと婚約したのは七歳の時だった。

第一王女である私のお友達を選ぶため、

年の近い令息令嬢を全員集めた王宮の中庭でのお茶会だった。

その時に一目ぼれして婚約したいと言い出したのはシャルルのほうだった。


ローズマリーは栗色の髪と目をしていて、目立つ令嬢ではなかった。

金髪水色の目のシャルルに比べたら地味に見えてしまうのは当然のことだ。

だけど、ローズマリーがふんわりと笑うとまるで砂糖菓子のように見えた。

一緒にいるとこちらまで穏やかな気持ちになれる。

他の令嬢にはない、ローズマリーだけが持つ魅力だった。


そんなローズマリーと婚約したいとシャルルが言い出した時には、

意外と見る目あるのねと思っていたというのに。


シャルルは私の婚約者候補ではあったが、

無理に公爵家の一人息子であるシャルルを選ぶ必要はなかった。

お互いに幼いころから会っているからか、

仲はいいし嫌いではないがそういう意味では好きになれない。

幼馴染の一目ぼれを手放しで喜んだのだが、問題は婚約してから起きた。


婚約が決まって初めて会うことになった時、

シャルルの口から出たのはローズマリーを侮辱する言葉だった。


「平凡で地味で取り柄がないようだが、仕方ない。

 婚約した以上は少しでも美人になれるように努力しろよ。」


あとから報告を受けて公爵家まで殴り込みに行った私が見たのは、

自分で言った言葉に落ち込んで泣いているシャルルだった…。


それから何度も注意し、二人の仲を良くしようと頑張ってはみたのだが。

シャルルの追っかけ令嬢三人が絡んだことで、余計に悪化している。


シャルルの父の公爵はシャルルのこのめんどくさい性格をわかっているため、

ローズマリーとの婚約はそのまま継続されている。

おそらく子爵家のほうは早く婚約解消してくれと願い続けていることだろう。


あんなにふんわりとした砂糖菓子のような令嬢だったのに、

もうしばらくローズマリーの笑顔を見ていない。

下級貴族たちが庇うと思っていたのに、残念ながらそういう動きは無かった。

公爵家に見初められた子爵家というのは嫉妬の対象になってしまったようだ。

シャルルをねらっている高位貴族の令嬢たちがローズマリーをいじめたことにより、

庇えるものはほとんどいなくなってしまっていた。


だからこそ…庇えるのは、助けられるのはシャルルしかいないというのに。


「本当にローズマリーのことが大事だというのなら、目を覚まして。

 後悔した時にはもう遅いのよ。」


これが最終通告だと告げたが、シャルルは黙ったままだった。

こりゃだめだなと思った時に追っかけ令嬢三人がこちらに来るのが見えて、

そのまま立ち去ることにした。



「…いいのですか?」


「もう私にできることはないわ。あれは…せめてもの忠告よ。」

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