総集編:三千世界・第一部

あごだしからあげ

三千世界(1)

プロローグ

 ※この物語はフィクションです。作中の人物、団体は実在の人物、団体と一切関係なく、また法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。





 これより語るはそなたの居る世界とは別の世界の話。そなたの世界と同じく、無限の世界の一部でしかない、しかし私にとって最も記憶に最後まであった世界の話だ。原初より始まり、終幕を越えて結末に至る話を、これから始めよう。


 

 ヨーロッパ区・DAA

 一頭の灰色の蝶が舞う通路は薄暗く、いやに湿気ていた。ここはDAA。ディヴァニティ・アガスティア・アドベント。〝アガスティア神の再臨〟といった意味合いで、イギリスの地下にあり、かの有名な聖剣、エクスカリバーを核として作られた〝異次元統制機〟である。

 この世界と異なる世界とを繋ぐ、Chaos社の最高傑作であると言えよう。また、DAAはこの聖剣を核とした装置だけを言い、DAAのまわりに有る研究施設はただの付属品である。

 さて、一人の男が廊下を歩いている。その男は〈バロン・クロザキ〉と書かれたネームプレートとともに、多くの勲章を左胸につけていた。お陰で、着ている研究服はたわんでいた。

 男は自分の名前が書かれた部屋の前で無色の液晶に瞳を翳すと、電子音が鳴り、液晶が緑に発光し、ドアが開く。

 部屋の中は、無数の仮想コンソールで満たされていた。前方のガラスから、DAAが見える。更にその手前には、培養液で満たされたカプセルの中に狐のような耳と尻尾の生えた少女が入っていた。

 そしてライトに照らされ、男の研究者には似合わぬ筋骨逞しい肢体が現れる。

 男はコンソールに触れ、マイクを通して少女に話しかける。

 「名乗れ」

 少女はエメラルドのような美しい緑色の大きな瞳を開き、言葉を発した。

 「ゼナ……わしの名はゼナじゃ」

 「目的は」

 「WorldAの破壊、そしてシンリュウの回収……」

 「よろしい」

 男はカプセルの中に浮かぶ少女をスリープモードにすると、カプセルをDAAへ転送した。

 男が振り返ると、どこからやってきたのか、女が杖を振りかざしていた。音もなく近寄ってきた女に対して、男は何も出来ないまま殴り倒され、気を失った。

 

 

 ニブルヘイム国境

 対空砲が鉄塊を放ち、火線を連ねて空を裂く。国境沿いの砦へ飛翔する甲虫兵の前部装甲を粉砕し、焼け焦げた残骸が砂の大地に落ちる。地上では、砂竜が地を泳ぎ突っ込んでくるのを、白い鎧に身を包んだ兵士が銃と魔法、剣で処理していく。

 即ち、戦場である。

 ただこの世界が繰り返してきた、ただ一つの純粋な答え。暴力の名の下、他者を圧倒する。子を残す術を持たないこの世界での、唯一の存在証明。それが戦争であり、この殺し合いである。

 ここはニブルヘイム国境。現在、「ニブルヘイム大戦」と呼ばれるこの世界最大級の戦乱が起きている。三大国の内、ニブルヘイムを除く二か国が手を結び、こちらに宣戦布告をしてきたのだ。予想だにしていなかったこの事態。何故なら、ニブルヘイムとムスペルヘイムの戦いはずっと以前から起きてはいたが、パラミナは常に中立であり、一切手を出してこなかったのだ。当然この突然の同盟軍を止められるわけもなく、パラミナに点在していた拠点を放棄して、こうして国境の砦にて迎撃している、というわけである。

 幸いにして、パラミナの主力兵「砂竜」はニブルヘイムの得意とする氷に弱く、ムスペルヘイムの主力兵「機甲虫」は烏合の衆。少数精鋭を信条とするニブルヘイムには、ものの数ではなかった。

 戦況はニブルヘイムが有利と言える。稀に突撃してくるパラミナの攻城兵器「角竜」さえも、砦の充実した迎撃兵器で対処できている。

 しかしこのとき、一人の男が眼前から猛スピードで突っ込んできた甲虫を視認する。その甲虫は羽化したてなのか、羽が白かった。当然ながら、機甲虫というのは普通の虫と同じで、羽化してしばらくは羽が固まるのを待つ必要がある。白い羽で戦場に突っ込むなど、正気の沙汰ではない。兵士の数だけ見ればムスペルヘイムが優位なのは間違いない。態々生まれたての機甲虫を出撃させるほど追い詰められてはいないはず。ならば、なぜ……?

 白い羽の機甲虫はアトラス、モーレンカンプと似たような、カルコソマ属の見た目をしていた。凶悪な三本の角を持ち、目は赤い。視認できるほどの暗黒闘気を放ちながら、魔法にも、銃にも、対空砲にも怯まず猛進してくる。やがて国境の防衛線を突破し、そして―

 天地が反転した。暴力的な竜巻が起こり、三国全ての兵士を巻き上げ木っ端微塵にしていく。その中央で角を振り回しながら狂い吠える三本角を見ながら、男の意識は闇に落ちた。


 ――……――……――

 ……聞こえる?

 やがて来る、全ての終わり。

 誰の心にも、どの歴史にもあるはずのない、極一の終わり。

 全ての命が燃え尽きたことなんて、誰も描けるはず無いものね。

 貴方には、その未曾有の終焉を生き残って欲しい。私の命に替えても、絶対に貴方には死を与えるわけにはいかない。

 ……例え終末の日を迎えても、運命に従って欲しくないの。

 ねえ、バロン。今度の世界は、今までのどんな世界よりも辛く、険しい。

 でも必ず、私は貴方に会いに行く。だから、貴方も私に会いに来て―――

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