現代に転生したエルフさん。仕方なく走り屋無双

SLX-爺

第1話 転生と1万円引き

 なんでこんな事になったのかは全く分からない。

 でもって、クヨクヨ考えるのは無駄だ。

 そう、深く考えたら負け。それがアタシ、今までそうやってきた。

 今を楽しむだけ。そう、それでいい。


 エルフの里に人間が攻め込んできた。

 アタシは、得意の奇襲戦法でとにかく敵を数多く倒していった……はずだった。

 里一番の太い幹の神木に登って、攻めてくる連中をロックオン! 弓で百発百中のつもりだったが、下の守りの連中が甘かったんだ。

 里の城壁が破られて、遂に奴らが入ってきた。


 その瞬間だった。

 見た事も無いような眩いまばゆい光と轟音に包まれて、目の前ですら見えなくなったと同時に、体が宙に浮いて上下も分からないような状態になった。


 ……キモチ悪い、目が回る……奴らの新しい兵器か何かなのか?

 もう里も終わり、アタシも終わりだ……悔しいなぁ、負けるのか……。 



 目が覚めた時、そこは冷たい地面だった。

 こんな硬くて冷たい地面初めてだった。

 凄く頭に響くような轟音と、吸った事の無いような不味い空気。

 見た事の無い格好の人間と、聞いた事は無いけど、何故か理解できる言葉。

 シブヤ? 一体どこの世界なんだよ。

 それと誰だよ、アタシに話しかけてくるこの人間、変な帽子被って、肩につけた変な機械で誰かと話してる。里を滅ぼした敵なのか? アタシをどうしようってんだ! 犯すのか? 下衆な人間どもに犯されるくらいなら、一思いに……。


◇◆◇◆◇


 そこで目が覚めた。

 ……あぁ、もう半年も前の事なのになぁ。

 初めてこっちの世界に飛ばされた日の事がたまに夢に出てきちまう。


 アタシは俗にいう異世界転生ってやつをしちまったんだ。

 あの日、渋谷の通りで倒れているアタシを見つけた警官に飛び掛かっていって取り押さえられ、挙句に『保護』されちまった。

 どうやら現代日本には、この異世界転生してきたのが多いらしくて、あまりの多さに、市民として受け入れる政策が採られてる。

 アタシも、3ヶ月の生活順応プログラムを受けさせられて、試験の上で市民権ってやつを手に入れて今では郊外で一般市民って事で暮らしてるんだ。


 不味いと思ってた空気も、慣れれば普通に暮らせるし、今まで持ってた能力が使えなくても、現代日本では敵が攻めてくる訳でもなければ、日常生活に能力を必要とする事も無い。

 ハッキリ言えばなくても暮らしに困る事なんて無かった。


 しかもだよ、テクノロジーってやつが凄く進んでるから、別に能力なんて必要ないよ。

 そんな事言うと、日本の人達は能力はあるに越したことないよ……って言うんだけどさ、アタシのいた世界では、能力がある奴が無い者を見下してマウントを取るって言うの? そういう感じの世の中の構造だったし、なまじっか能力があるがために、自分の好きな道に就けずに政治利用されたりして窮屈な暮らしを強いられたりするんだよ。だから分かる、能力なんて無いに越したことがないんだよ。


 それで、話は戻るんだけど、アタシが特に便利だと思うのは電子レンジってやつね、アタシらの最上級魔法とか使っても、食べ物をあんな風に調理できないからさ、やっぱり現代サイコーなんだよね。

 もし、元の世界に帰れるって言われても、アタシは絶対に帰らないからね! それは寿命が3分の1になって、あっちの世界で300年生きられるけど、こっちなら100年くらいだって言われても、それなら快適にその間を楽しんでやるだけだよ。


 そして、こっちの世界に来て一番驚いたのが乗り物だよね。

 飛行機と車は、もうぶったまげってやつだよ。

 空を飛んで移動するなんて、アタシらの世界じゃ考えられもしなかったし、動物の助けなしに車を動かそうなんて、それこそ、物語の世界の話なんだよね。

 

 だから、早速取っちゃったんだ、免許証。

 アタシのイメージだとバイクの方がピッタリだって言われるんだけどさ、夏は暑いし、冬は寒いじゃん。そして雨が降るとずぶ濡れだし、やっぱり車派なんだよね。

 免許を取ってからは、ひたすら勤め先のパン屋さんの配達を買って出てトラックやバンで運転を慣らしたんだよ。

 それにしても、エルフがパン屋のエルフを運転するって、一体どんなギャグよ?    気付いたけど、小型トラックってエルフだのアトラスだのって、向こうの世界のものの名前を付けたがるんだね。


 それで、先週、地元の口コミ掲示板を見たらさ、隣町のお婆さんが、乗らないスポーツタイプの車を3万円で売ってくれるって記事を見つけたから、速攻連絡して、売って貰っちゃったんだ。

 私が車を取りに行ったら『右も左も分からない世界に来て大変よねぇ……』とか言われて、お米とか、漬物とか貰っちゃったよ。超ありがたかったんだけど、アタシ的には、向こうの世界の方が大変だったよ。序列だとか、種族とかで見下されたり争ったりしてて、明日住む場所さえ安定しないんだからさ。

 でもって、貰えるものは貰って、アタシより年下だけど、見た目だけでも年長者を敬わないとね。ニコニコしてたら、1万円値下げしてくれて2万円で車をゲットしちゃったよ。超ラッキーだね。


 ただ、何でもいいからって、よく確認もしないで買っちゃったのが悪いんだろうけど、運転しようと思ったら、今までに運転した事の無いタイプだったよ。

 運転免許試験場で少し習ったけど、これってオートマチックっていうタイプなんだろ? 普通の車が1から6までのギアを入れていくのに対して、これはDに入れていれば、アクセル踏むだけで良いってやつだよね。


 まぁ、でもちゃんと走るし、2万円で売って貰えたし、何にも増してスポーツタイプだよ。ライトが格納されてて、必要な時は飛び出してくるなんてカッコ良くない?

 しかも、色が黄色なんだよ。アタシ的に、これが一番気に入って決めたんだよね。ホラ、日本だと車ってほとんどが白とか黒とか銀色とかさ、微妙な色ばっかりでしょ? アタシは、自分の弓の色だってピンクにしてたからさ、やっぱり自分が触れるものは好きな色がいいんだよね。


 それにしても今週は仕事中も凄く楽しくて、あっという間に休みになっちゃったよ。

 今週は配達を頑張って早く終わらせて、昼休みの時間を削って、陸運局に名義変更しに行って、車は遂にアタシの物になったんだよね。

 それにしても、陸運局って凄いところだよね、時間になったら、どんなに頼んでも一切受け付けてくれないんだもん。アタシは時間に余裕もって終わったけど、アタシの後ろに並んでたお兄ちゃんなんて、書類の書き直ししてる間に時間切れになって、呆然と立ち尽くしてたもんね。


 さて、今日はお休みだし、洗濯や掃除は昨日の夜に終わらせたし、早速、手に入れた車に乗ってきちゃおうかな。

 前に会社の人から貰ったテレビゲームの車ゲームの主人公も、休日は走りに行くものだって言ってたし、こうなったら、アタシも走りに行きたくなっちゃうんだよ。


 車に乗り込んで、鍵を挿して捻ってみる。

 “クシュッシュッシュッシュッシュ……ヴォォォォォォォォォ~”

 勤務先のエルフやアトラスのエンジンと違って、振動が少ないし、音が静かなんだよ。それを言ったら、勤め先の人達は、ガソリンとディーゼルの違いだって言ってたけど、その違いに関してはまだ勉強不足でよく分からなかった。

 ただ、勤務先のトラックとは違って、軽油を入れずにガソリンを入れるって事は間違えちゃダメだって事は分かってるよ。


 よしっ! いざ出発~。

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