第79話 『王冠狩りと不死殺し』
「ねえ、
女が小さく話しかける。三者の中では最も若そうで、おそらく十七から十九程度。黒髪を後ろで束ね、体を鍛えているのか、すらりとした肢体は無駄なく引き締まっている。
また彼女は、腰の左右に鞘に入った短剣らしきものを二本差していた。マイナスナイフと通常のナイフを備えるイドラとは、奇しくも酷似した装備だ。
彼女に返答をよこしたのは、カナヒトと呼ばれたリーダーの男ではなく、もう一人の眼鏡を掛けた男性の方だった。
「そんなバカな。アンゴルモアに通じるのは地底世界から抽出したコピーギフトだけだ。方舟の戦闘員でもない一般人に、そもそも倒す手段があるわけない」
「でも。ほら見てよ、あの女の子の方。背中になんか刀背負ってるわよ? 奏人の12号みたいなやつ」
「は? あ……本当だ。それに髪も白い……?」
注がれる好奇の視線に、ソニアは身を縮こまらせる。
だがリーダーの男、刀を下げたカナヒトと呼ばれた彼だけは、別の感情を浮かべてソニアを見た。
正確には、彼女の背にある刀。ワダツミを。
「待て……待ておい。おいおいおい。どうなってんだ?」
「どうしたんですかリーダー。確かに珍しい見た目ですけれど。アルビノ……ってやつでしょうか? だけど、目もちょっと赤っていうか、オレンジがかってますし」
「そっちじゃねえ……! 俺ぁ若えお前らと違って9年も戦闘班にいるから知ってんだ。あの刀は……あのコピーギフトは、55号。名は確かワダツミ」
「本当にコピーギフトなんですか? ワダツミ、って確か……」
「四年前に地底世界に入ったあいつ——
信じがたいものを見るかのような、強い驚愕。眇めた目にはそれだけではなく、どこか、後悔じみた色も浮かんでいるようにイドラには見えた。
しかし、イドラにはいまいち話の流れが見えてこない。なにに驚いているのかも不明瞭だ。そもそもコピーギフト、というのがわからない。
両者が別種の疑問に苛まれている間に、接近する反応があった。
「——。リーダー」
「奏人」
カナヒトのそばの二人が、片耳を抑えながら呼びかける。反応を捉えた施設のレーダーが、接近する存在を事前に捉え、それを通信機で伝えたのだ。
「ああ、わかってる。くそっ、タイミングの悪い……だが元々反応は二つって話だったか」
無造作に、腰の刀をゆっくりと抜き放つ。ワダツミの白刃よりもなお白い、輝くような刀身だった。
突然武器を手にしたカナヒトに、イドラも反射的にマイナスナイフを構える。それを見てカナヒトは首を振った。
「待て、やり合う気はない。時間がないからわかる範囲で理解しろ。お前たちが倒したのはアンゴルモアだ。もう一匹、ここへ向かってきている。そっちは俺たちがやるから、お前らも固まって身を守れ」
「ちょ……ちょっと奏人? いやもちろんアンゴルモアを倒すのは賛成だし、そのためにガーデンまで出てきたわけだけど。あの子たちのこと、なにかわかったの?」
「
「えッ!? アンダーワールドって……コピーギフトの?」
「世界の壁を越えてきたってことですか!? そんなのが可能なんですか、リーダー」
「知らねえよ。観測班にでも訊いてくれ」
「なっ、あんたが言ったんでしょうが!」
「実際いるんだからしょうがねえだろうが。あの髪色に、55号……状況からそう推察するのが妥当だ。よく見ればナリも、言うまでもなく俺たち方舟の制服じゃねえし、かと言ってミンクツっぽくもねえ」
言い合いになる三人の会話内容は、やはりイドラとソニアには汲み取れない内容だった。とりあえず敵意がないことはわかったため、言われた通りイドラはソニアのそばに寄り、赤くなった自身の天恵を構えて周囲を警戒する。
(さっき倒した黒い生物がアンゴルモア……って言ったな。同じようなのがもう一体向かってきてるとも)
いかにそれを察知したのか、それは問うまい。常識がないのはこちらの方だ。今は信用してみるほかない。
そして植物のツタに覆われた、離れた建物の陰から、黒いシルエットが飛び出してきた。
「おいでなすったぞ! 総員戦闘準備!」
「ええ! 結構大型の個体みたいね」
「面倒だね……まだハウンドなだけマシ、と思っておこうか」
現れたのは、さっきイドラたちが相対したのと同じ形の生物。アンゴルモアの『ハウンド』だ。しかし大きさは異なり、さっきの個体より一回り巨大。
方舟の使者たちは、怯むことなく各々の複製天恵を手に立ち向かう。
「さっきよりも大きいです。大丈夫でしょうか」
「わからない。一応、僕たちも加勢の準備をしておこう」
こくんと頷き、ソニアは再びワダツミを抜き放つ。彼らが55号と呼び——そしてレツェリの言うところの
「オソスギ、オソス。ギ、ギギ、オソスギー、オソ、オソ」
先とは違う、しかしまた意味のない言葉を繰り返しながら、巨大な犬型のアンゴルモアが方舟の一同に襲いかかる。人語を中途半端に解するような、滑稽かつ不気味な発声とは裏腹に、動作は調整された機械のように隙がない。
「僕が気を引きます。リーダーはその後に」
「頼む、
トウヤと呼ばれた眼鏡の男性は、背負った黒い武器を下ろした。
それはイドラには見慣れないものだったが、形状自体は知っていた。弓だ。ただ色が真っ黒で、弓自体にいくつも穴が空いていたり、なにより両端には滑車が取り付けられていた。
50号・単色天弓。世にも珍しい、コンパウンドボウのコピーギフトだ。
「
矢をつがえる。矢自体はプラスチックで、さほど頑丈ではなかったが、関係がなかった。
トウヤがコピーギフトの起動コードを口にすると、発動したスキルによって、矢自体が黒い泥のようなものにコーティングされる。瞬く間に矢はカーボンを思わせるマットな黒い素材に覆われた。
「オソ、オソー。オソス、ギ、ギギ——ギッ」
発射された矢がアンゴルモアの胴に突き刺さる。小型であれば貫通も見込めた。
血を流すことはないが、かすかに機能を鈍らせる。その間に、真っ白い刀身を上段に構えたカナヒトが接近。振り下ろした一刀が前足を斬り落とした。
「てやぁっ!」
ポニーテールの女性——セリカも、腰の短剣二本を引き抜いて側面から攻め立てる。
一対の剣は、両方がまったく同じ姿形を有していた。ギフトであることが一目でわかる、揺らめく炎そのもののような、奇妙な形状の短剣だ。マイナスナイフよりは少し大きいか。
「オソ、オ——コ、コーシ」
「効いてる……っ!」
「よくやった、下がれ! 止めをさす!」
「了解っ。まったく、奏人ってばいっつもおいしいトコ持ってくんだから」
三者の複製天恵による攻撃を受け、アンゴルモアは今にも倒れそうだ。しかし血の流れず、感情も持たない彼らは、わずかにでも四肢が駆動する間は人類の撲滅を試みる。ぎこちなく足を震わせながらも、目の前のカナヒトへ爪を振り回そうとし——
「終わりだ。
一歩早く、カナヒトの刀が眩い光を発した。
白い刀身が熱に輝く。起動コードによって発動するは、熱と光の、純粋に威力を底上げするスキル。同じ日本刀でも、水流による曲芸じみた技を得意としたウラシマの複製天恵とは対照的な、シンプルであるがゆえの強力さ。
象が蟻を踏み潰すのに特別なやり方は必要ない。高いATKとそれをさらに強くするスキルによる単純なパワーこそが、ノアの方舟の戦闘班で何人にも受け継がれてきた傑作コピーギフト、12号・灼熱月輪の真髄だ。
「コーシ、ン、ォ——」
「人類ナメんじゃねえぞ、バケモンが」
光熱の一刀が、黒の獣を両断した。
弧を描く軌跡は白く眩く、月の輪郭を思わせる。
「すごい……!」
「ああ。ギフトもそうだが……使い手も、相当だ」
目を奪われている間に戦闘は終了した。優れた連携と効果的な機能により、イドラたちが介入する機会もないまま。
念のためと身構えていたが、必要なかったようだ。
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