第百八話 白銀と漆黒の演舞


 【午後七時五十八分】


 千里 智太郎 黒曜 

 癒刻時計塔前 雪原にて


 《千里視点》


 

 鉄紺てっこん色の正絹シルク金剛石ダイヤモンドの星を瞬く夜空の元、雪冠を被る濡羽色の巨獣のように聳える癒刻ゆこく時計塔は、眼下の私達を見下ろす。

 粉雪パウダースノーが香り無く舞い上がる雪原へ抜けた時、私達を追跡する黒曜も雪原へ躍り出る。艶めく漆黒の黒髪は寒風で揺らぐ。浮世離れした端麗なかんばせは、身の内に獰猛な獣を飼い殺しているように張り詰めている。雪原の白に反旗を翻すように、漆黒の翼は広げられた。

 内側に巣食う爆轟ばくごうが生じる直前かのように、 麗しい少女のようなかんばせを荒々しく顰めた智太郎は、私を降ろして庇う。猫耳がぴんと張り、白銀の柔らかな髪が粉雪パウダースノーが混じる寒風に靡く。雪原の化身のように白い吐息が煙ると、智太郎は銃を構えた。

 私達と黒曜は睨み合いになった。柘榴石の瞳と、黒曜石の瞳は、虚空さえ氷漬けにして互いの時を奪い合うかのようだ。黒曜は唸るように言葉を発する。

 

智太郎おまえが千里と共に居られるのは、私が許していたからに他ならない」


「つい最近まで俺達の前に姿すら見せなかったくせに、親のような事を言うんだな。そして今更、千里を渡せと言うのか! 」


 貫くような柘榴石の双眸のまま、咆哮した智太郎は、黒曜へ、花緑青の陽炎を纏わせた弾丸を撃つ! 私は胸から突き上げる衝動により、叫び出したくなる声を必死に押さえ込んだ。


「そうだ。千里を守り、愛を与えるという智太郎おまえの役割は果たされたのだから。千里は私の元へ還り、前世の約束を果たすべきだ!」


 黒曜の荒々しい叫びに、私は貫かれたように動けない。黒曜は黒い焔の刀を一閃させ、花緑青の弾丸を切り裂いた! 黒曜は茜色の輪郭をもつ黒い焔を纏わせ、雪原ごと焼き払うかのような焔の疾風になり、智太郎へ向かう!

 智太郎は花緑青の陽炎で、肌が焼き付くような衝撃波を防ぎ疾走したが、私から距離を離されてしまう。金属音が耳を切り裂く! 一瞬、智太郎の柘榴石の双眸と視線が交わり、私の心臓は智太郎への危惧に射られて跳ねる。智太郎は目の前の黒曜が構える黒い焔の刀を、花緑青の陽炎を纏わせた右手の鉤爪で受けたままギリギリと動けずに、舌打ちする。

 

「その約束をしたのが、青ノ鬼あおのかみが言っていた『己穂いづほ』という訳か。だけど、それは千里との約束じゃない。前世であっても、千里は千里だ。過去を押し付けるな! 」


 智太郎は生じた苛立ちのまま、花緑青の陽炎を纏わせた左手の鉤爪を黒曜に奮う! 花緑青の陽炎の軌跡が掠める前に、黒曜は漆黒の翼を翻して後方に避ける!

 

 私は何方にも傷ついて欲しく無いのに、彼らは互いをめつけるのをやめない。雪原を吹き荒らす寒風は、凝縮した刃のような二人の殺気を研ぎ澄まし、雪原を散らした白銀と、焼き尽くすような漆黒は再びぶつかり合う! 粉雪パウダースノーごと訪れた衝撃波に、私は一瞬息さえも奪われる。私が腕で受けた衝撃波で瞬いた向こう、智太郎は花緑青の弾丸を、連続で黒曜の漆黒の翼へ向けて放っていた!


「何故今更、俺達の前に現れた! 半不死のおまえには余りある猶予があったはずだ」


 黒曜は飛翔し、花緑青の弾幕を避けた! 漆黒の翼が鉄紺てっこん色の正絹シルクの夜空へ広がる。

 

「千里には、人と妖の運命さだめを改変する力がある。過去夢を与え、その力に目覚めるのに時を満たしたというだけだ! 例えその結果、己穂の記憶を取り戻した千里が私と同じ原初の妖になろうとも、智太郎おまえは永い時を共に生きる事は出来ない」


「千里をおまえと同じ半不死の妖にするつもりなのか……! 」


「生力を視る者には、訪れる運命さだめだ! かつての私と同じように」


「……そして、千里の意思を否定し、同じ運命さだめを背負わせようというのか。やはり、おまえは何も分かっていない! 」


「前世のお前も同じ事を私に告げた。だが結局、己穂、そして千里自身が望む願いを叶える為には、避けられない運命さだめだ! 」


「かつての俺、だと……? また、それも秘匿されていたって訳か。本当に嫌になるな! 」


 智太郎が花緑青の弾丸を再び放ち、弾幕が漆黒の翼を襲う! しかし、黒曜は茜色の輪郭をもつ黒い焔を纏わせ、再び焔の疾風と化して智太郎へ、一閃を奮う! 黒い焔の残影に、私は背筋が氷の刃で切りつけられたように竦む。再びぶつかり合う、粉雪パウダースノーを荒らす衝撃波の中、智太郎の柘榴石の双眸が、私を射抜く!

 

「千里! お前は、人で在りたいんだろう! ならこいつに言ってやれ、 無駄な努力だと! 」


 私は智太郎の言葉に答えようと唇を開きかけるも……声を発する事が出来ない。

 私は千里として人で在りたいと願うのは、結局智太郎と共に生きたいからなのだ。己穂のように私は人その物を愛している訳じゃない……!

 智太郎を救う為には、その手を取ることを諦めなければ行けない。覚悟したはずなのに、鋭い刃で切り裂かれたような痛みが常に染みていく甘やかな切望は私を逡巡させる。

 しかし……このまま逡巡していては、智太郎と黒曜の戦いは終わらない。私が答えを出さないせいで、二人を残酷な結末に導く訳にはいかない!


「助けが欲しいでしょ……? 千里」


 智太郎に叫び返そうとした答えは、突然耳元で囁かれた、覚えのある高い男の声に奪われた。


 

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