第二十四話 綾人



拝殿で参拝をすませると、脇にある平屋の屋敷に案内される。

中は特に変わった様子は無く、私の家と同じく純和風だ。

客間に通されると、そこにはあの夢で見た黒髪の少年がいた。青みがかった瞳に驚きを浮かべている。


「綾人くん……!」


美峰が思わず駆け寄る。

綾人の姿を見る限り、怪我などは無いようだ。

夢で見たように着物に袖を通している。


「美峰……」


綾人は美峰を見るとそれから言葉を切る。

それ以上、なんと言っていいか分からないと言うように。

ただ再会を喜べない事情があるようだ。


「さっそく事情を話してもらおうか。ここまで来たんだ」


智太郎が疲れた様子で綾人に言う。


「君たちは……総一郎が言っていた、美峰をここまで案内してくれた人達か……君は夢で見た」


綾人が私を振り返る。


「桂花宮千里と言います。こちらは私の守り人の尾白智太郎。突然居なくなった綾人さんに会うために美峰と一緒に来ました。色々とお聞きしたいことがあります」


綾人は頷く。


「俺もそのつもりだ」


「……凄く心配したんだよ」


涙を堪えるように俯く美峰。


「ごめんね、美峰。わけを説明するよ。どうぞ皆さん掛けてください」


綾人の進めるままに皆座布団に座る。

座布団の数は綾人も合わせ四枚。

何か違和感を覚えたが、そのまま座る。


「どこから説明するべきか……俺もここに連れてこられて説明された知識だけど」


「綾人くんはやっぱり攫われてここにいるんだよね?」


「そう。初めは突然ここに連れてこられてだいぶ混乱した。だけどここには居なくなったはずの母さんが居たんだ」


私は赤い夕暮れの日の夢を思い出す。

綾人が幼い頃に失踪した母。

やはり母が弐混神社に居たという血縁者だろう。


「お母さんが居なくなった日のこと、夢で見てしまいました……すみません」


私が謝ると、綾人は言う。


「千里とは力の相性が良いのかもしれないって総一郎が言ってた。俺もここに来てから自覚したんだけど、俺は遠距離を視る能力があるらしい。過去夢の能力がバッティングしたんだと思う。かえって話が早い」


綾人は気にした様子も無く続ける。


「それから、俺は母さんを問いただした。何故俺たち家族の前から居なくなったのか。それは母さんが青ノ巫女姫と言われる存在で、俺を守るためだと……」


「それ、私がさっき言われたのだよね。青ノ巫女姫という……」


美峰の膝に置いた手に力が入る。


「青ノ巫女姫は、青ノ鬼の直系の血を引く、青ノ君という代々弐混神社を継ぐ者と、運命を共にする人間なんだそうだ。その運命を持つ人間は必ず自らここにやってくるそうだ。」


綾人は唇を噛み締め俯く。


「その青ノ君って、さっき総一郎さんが綾人くんだって。それって私が……綾人くんと?」


美峰は意味を理解すると、顔を赤くする。


「本当はここに美峰は来て欲しくは無かった。こんなことに関わらせたくは無かった。だけど、青ノ巫女姫なら運命は変えられないって。……母さんは先代青ノ君の伴侶だったらしい。先代青ノ君は亡くなって、親父と再婚したそうだ。俺は雨有うゆう……先代青ノ君の息子で、親父とは血が繋がっていないらしい……俺を残していったのは、いつか力を自覚して目覚める前に外の世界を知って欲しかったと言っていたけど、ショックではあった」


綾人は、母が自分を残していった理由にまだ戸惑いを隠せずにいた。


「綾人さんの血の繋がったお父様……先代青ノ君が亡くなった訳をご存知ですか?」


妖の血を継ぐ一族。

その生死の理由が分かれば、智太郎を助ける方法に近づけるはず。


「何故知りたいのか……聞いてもいい?」


その言葉に、踏み込みすぎてしまっただろうかと僅かに後悔するが、私も引き下がる訳にはいかない。


「智太郎を助けたいんです。妖の血を継ぐ人間はいつか妖力の暴走を起こし死んでしまう。私は智太郎を救う方法を探しているんです。……青ノ鬼の血を継ぐ貴方達もそうなんですか?」


綾人はちら、と私の隣に座る智太郎を見る。

美峰は言葉も出ず、智太郎を見つめる。

まさか元同級生が、いつか死ぬかもしれない運命だったなんて思いもしなかったはずだ。


「だから君達はここまで美峰と一緒に来たんだね」


「元々はただ美峰が綾人さんを探したいという願いを叶える為です。青ノ鬼が関わっているなんて事も初めは分かりませんでした」


「そう……」


綾人は思案すると、言葉を続ける。


「別に、亡くなった父について聞かれた事が嫌だったわけじゃないんだ。誤解しないでくれると助かる。俺も会ったことも無く、ここに来てから聞かされた話ではあるけど……先代青ノ君は、ある妖に能力と命を奪われたそうだ。鴉、というそうだ。半不死の古い妖だそうだけど」


その言葉に私は血の気が引いていくのが分かる。


「まさか……そんな」


「やっぱり知っているんだね」


「鴉は、先日桂花宮に現れた妖だ。おそらく千里に過去夢を与えた。何かを思い出せるためだと言う。本当の目的はまだ分からないが、度々鴉には遭遇している」


言葉を続けられない私の代わりに、智太郎が説明する。


「偶然かと思ったけど、今の話を聞いて確信した。まさに先代青ノ君から奪われたのは、まさにその過去夢なんだ」


綾人の言葉を理解するとぞっとした。

この力が、殺されて奪われたものだったなんて。

この力に確かに助けられてきた。

ここにたどり着くのだって。

だが、今まで使ってきた分、まるで私がこの力を持っていた人を殺して奪ったかのように罪悪感と嫌悪に飲まれる。


「人を殺してまで、思い出して欲しい何かって何なの……。そんなに約束が大切なの! 分からないよ……」


衝動的に顔を覆う。

一瞬でも黒曜を信用していた。

だが、やはり妖だから考え方が違うんだろうか。

駄目だ、そんな風に考えては。

智太郎だって妖の血を引いているけど、そんな事はしなかったではないか。


「千里は巻き込まれただけだろう? それにどっちにしろその力のおかげで美峰はここまで来れたんだから」


綾人が僅かに口角を上げて言う。


「とりあえず落ち着け」


智太郎は私の背をさすってくれる。

そうだ、冷静にならなくては。


「千里ちゃん……」


美峰も私の手を握ってくれる。


「私はこれくらいしかしてあげられないけど……綾人くんは千里ちゃんを責めたりしてないよ。そうだよね、綾人くん」


綾人は頷く。


「千里が力を奪ったわけでは無いんだ。これからその力をどうすればいいかは考えればいい。こので」


「四人……?」


さっきから感じていた違和感の正体に私は顔をあげる。


「ねえ、私たち車に四人で乗って来なかった? だから、綾人さんも合わせると五人なはずだよ」


「確かに……石段を登る前までは確かに四人だった。古川も覚えているだろ?」


智太郎が美峰を振り返る。


「そう、だった気がする。そもそも千里ちゃんの家に来た時はその人と一緒に来たはず……名前は」


美峰は頭を抑える。

今度は私が美峰の肩をさする。


「無理しないで。何で忘れていたんだろう」


「記憶を消された……? 記憶、と言えば何で居なくなった時に周りの人間の記憶を消したのか聞いたのか」


智太郎は綾人にと問う。


「記憶……? 確かに周りの人間には言えないし、もしかして多少痕跡を消してきたのかもしれないけど、父と学校には、母が納得する理由で説明したと聞いた。それにここには記憶を消す能力者はいないはずだけど」


私達は綾人の言葉に凍りついた。

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