だから変えよう、人を不幸にするこの世界を~不死の少女と出会うとき、残酷な運命が始まる~
橘直輝
第1話 序章・ある少女
死にたい、です。
でもできません。私は、神様から【不死】の力を授けられました。だから、『死ぬこと』が出来ないのです。
死ぬことが出来ないのなら、私はどうやって罪を償えばいいのでしょうか?
「ごめん……なさい……」
謝っても、目の前の人は答えませんでした。当たり前です、死んだ人は喋りません。でも、そうだと分かっていても、私は謝らずにはいられませんでした。
私のせいで死んだ人。私が居なければ死なずに済んだ『人達』。まるでゴミのようにうず高く積まれた一人一人の遺体の目が、私を恨むように、呪うように怨念を発しているように思えました。
「ごめんな――ひっ」
牢の鉄格子が開き、新たな遺体が投げ込まれました。
「やあやあ、また失敗だよ。困ったねぇ。うん、困った」
男の人の遺体を四つも運んできたのは、顔も体も真っ赤な鎧で包んだ、見上げるほどの騎士でした。そしてその後ろから、別の男性が姿を現します。
白衣を着た若い黒髪の男性は、遺体が散乱している場所で、爽やかに笑っていました。何度見ても、その笑顔に背筋がゾッとします。
彼は、私の【不死】の体を使って実験を行っていました。私の体の一部を摂取させることで人を不死化させようとする実験です。
でもそのほとんどが失敗し、数千を超える人達が命を失いました。ここに捨てられているのは、その被害者の方々です。ですがそんな非人道的なことを行っているのに、彼の表情からは、一欠けらの後悔もあるように見えませんでした。
怖い。私はあの人が、人の形をした悪魔のように思え、震えが止まらなくなってしまうのです。
「やあ、それにしても酷い匂いだ。よく平気でこんなところにいられるねぇ」
白衣の男性が鼻を抓み、クックッと笑います。私を地下牢に閉じ込め、死体と同居させている張本人は、悪びれもせず言いました。
石造りの牢は、何十もの遺体が重ねられ、腐臭が漂い、羽虫が飛んでいます。けれど長い時間をここで寝起きしている私は、色々な感覚が麻痺して、何かを感じることがなくなっていました。
「そろそろ、協力してくれる気になったよね?」
「……………………」
口を噤んで俯きます。手足を枷で拘束された私には、この人の言いなりにならないことが、せめてもの抵抗でした。
「やれやれ、やれやれ、まただんまりか」
苛立ったあの人は、床に置かれたまま手の付けられていない食事に目をやり、肩をすくめます。
私は死にません。心臓を貫かれ、首を切断され、毒を盛られましたが、この不死の肉体は死ぬことを許してはくれませんでした。唯一残された死に方は、餓死です。死が訪れてくれるまで、私は何ヶ月でも何年でも待ち続けると心に決めていました。
「何でかなぁ? 何で食べてくれないかなぁ? キミの健康状態が安定しないと、実験結果が変わってしまって困るんだけどなぁ。キミがきちんと協力してくれるなら、こんな酷い所からだしてあげられるんだけどなぁ?」
「…………」
「やれやれ、決意は固そうだ。意外に頑固だよねぇ、キミ。まあいいや――押さえろ」
「はイ」
あの人の声質が冷たくなり、赤い鎧の男が迫ってきます。後ずさっても、すぐに背中が壁に付いてしまいました。
「い、いや……、いやで、うくっ」
鎧の男の大きな手に頭を捕まれ、床に押さえつけられます。背中に膝で体重をかけられ、骨がミシミシと軋む音がし、身動きはおろか息をするのも苦しくなります。
「さてさて、血も肉も内臓も試したことだし、他には……ああ」
腕を組み、何かを考えていたあの人が、私の顔を見て毒々しい笑みを浮かべます。その笑顔に悪寒が込み上げてきます。この表情は、何かひどいことを思いついたときのものだったからです。
あの人は食事の皿からスプーンを手に取ると、プラプラと指で弄びながら近づいてきます。私はこれから身に起こることを悟り、心が恐怖に支配されてしまいました。
「や、やめて……、やめてください……お願い、お願い……します……っ」
どんなに頼んでも、あの人が聞いてくれたことが一度として無かったことを知っていても、そうせずにはいられませんでした。
「まだ、眼球は試してなかったよねぇ?」
ヒンヤリとしたものが鎧の男にムリヤリ開かされた右目に差し込まれ、何かが切れる音と同時に激痛が脳を焼き、声にならない声が喉から突いて出ます。
「ああっ、ああっ! 何て綺麗な目だ!」
「あっぐ、うあ、ああ……っ。っはあっ、はあっ、はあっ…………」
あの人は、スプーンの上に乗っているものにうっとりと目を細めると、まるで宝物を扱うように掌で包み、牢から出て行きます。
後に残った鎧の男が、痛みで悶える私を見下ろしていましたが、兜が顔を覆い隠していたので、どんな表情をしているのかは分かりません。鎧の男は一言も発することなく、あの人の後に続きました。
私は一人になり、苛んでいた痛みが引いた右目を開きます。右目はもう、元通りに再生していました。
新しい目が、遺体の目と合います。ちゃんと死ぬことの出来たこの人が、羨ましいと思いました。
「ごめん……なさい……」
私は後悔しました。自分のせいで死ぬことになってしまった人を、一瞬でも妬ましく思ってしまうなんて、あってはならないことでした。
自分の浅ましさに零れた涙は、血の色でした。
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