第31話 舞い降りる帳
「いい加減にしろ〈アニムス〉! お前のバックアップは〈トリックスター〉が行う。迅速に行動に移せ」
大佐の叱責。
そして背後に気配を感じると、そこには〈セルフ〉の諜報部員〈トリックスター〉が現れていた。
「よォ。なにやってんだ? 早く行こうぜ、空木夏也」
「……キース……」
以前、シズ姉ぇの履歴を調べ上げ、調査書を届けてくれた男……キース……。
この男にも俺は不審な点を感じない。
なぜだ? 本当に……いったい、どうして!?
(俺はあの時、初対面のこの男に礼を言い、そして……そして……!)
――………やはり、何もおかしい点はなかった。
俺はキースに促されるまま外に出ようとし、そこではたと思いとどまった。
「大佐、この抹殺リストには白面財閥の人間すべてが網羅されているんですよね?」
「その通りだ」
「……なぜ、月影静流の名がリストには記されてないんです? あいつは分家筋とはいえ、今や白面孝太郎と婚約関係にある少女だ。生かしておく必要がない」
「取るに足らん存在だからだ。それにかつての許嫁を、お前の手に掛けさせたくないという我々の温情を汲んで欲しい」
「どうしてシャドウは……本家のビルに乗り込んでまで月影静流を襲撃しようとしたんだ。俺が守ろうとしなければ、彼女は確実に殺られていたはず……」
「おィおィ。ンなこたーどうでもいいじゃねえか。さっと行こうぜ? 〈アニムス〉さんよォ」
頭を掻きながら、こちらを催促しようとしてくるキース。
(シャドウが〈セルフ〉の関係者ばかりを狙っていたのは事実! そして今回、〈セルフ〉のユング大佐は、月影静流だけは見逃せという……やはり無関係だとは思えない)
「…………」
「それにキース、お前のその身体は何だ? その機械の身体はどこの設備で得たものなんだ? それだけのサイバネ技術を持つ施設は限られているはず……。反MASKゲリラ組織と言いながら、MASKと癒着関係にあるのは一目瞭然じゃないか!」
雲隠れしているJ大佐というのも、いったい何者だ?
俺はてっきり、Jという綴りは、『ジ』の頭文字で始まる名だと思っていた。
日本人ならジロウ、外国人ならジェームズというように。
だが、違う。……それは違うはずだ。思い出せ、目の前にいるこの男の名を……!
「カール・ユング……。そうだ、あんたの名はCarl=Jung大佐だ! つまり、貴様が……ッ!」
そうだ、騙されるな……こいつが、こいつが父さんと母さんの仇なんだ。
なぜ今まで気が付かなかった
俺が戦闘態勢に構えると、ユング大佐は能面のような顔つきとなって口を開く。
「〈アニムス〉よ。人を疑う前にまずは自分のことを考えてみよ。お前は、私達の同志だろう?」
「違うッ! 俺は……俺はッ!」
――待て。
俺は……いったい、いつから〈セルフ〉に所属していた……?
こいつらの仲間として、俺が彼らと組んだ時系列はいつだ!?
お、思い出せない……!?
「バカめ。簡単に動揺しおって」
「な!?」
瞬間、キースの機械仕掛けの腕が伸び、俺の首を拘束すると凄まじい力で締め上げる。
「がッ! はっ……。や、やはり……馬脚を現したなァッ、大佐ァァッ……!!」
「だったら何だ、この失敗作め……。キース、ここはお前に任せるぞ。私は先にMASK本社へと赴く」
「了ォ解~。重役出勤は楽でいいスねェ?」
「フン」
ユング大佐は俺のことなど相手にもせずさっさとトレーラーから出ると、別の車に乗り換え兜都の中心地へと向かっていってしまう。
「くそッ、ま、待て……」
「待つのはオメーだ、よッ!」
首を絞められたまま壁に叩きつけられ、そのまま勢いを殺さずにトレーラーの壁をぶち抜かれると、俺は凄まじい衝撃と共に外へと放り出された。
「がッ、ハ……ッ! くっ、お……おのれ……っ」
地面を転がりながら、どうにかして態勢を立て直し、俺は自分の顔を手で覆う。
「――〈マスカレイ……ッ〉」
「おおっと! させるか!」
瞬間、ズドンと背後から撃たれ、俺はくぐもった声を漏らしながら地に這い蹲る。
「なっ? ぐゥ……ッ!」
周囲にいたのは、同じ〈セルフ〉の仲間だと思っていた隊員達だった。
彼らは皆が重火器で武装しており、その武器で狙撃されたと気が付く。
「最新鋭の電気銃だよ。出力は高ぇが死にゃあしねえ」
高電圧によるダメージに神経が麻痺し、俺の身体は痺れたまま全く動かなくなる。
そんな身動きできない俺に近づいてくると、キースは再びその機械の腕で喉元を掴みあげてきた。その人間離れした力に、俺はたやすく宙ぶらりんにさせられる。
「ぐッ、あァっ……!」
「お前のその変身能力ってのはよォ、そもそも諜報戦を目的に作られた仮面なワケだ。何に化けようとしてたのか知らんが、所詮は奇襲専門だろ?」
ギリギリギリっと首を絞められ息ができない。どうにかして機械の腕を振り解こうとしてみるが、サイボーグ化しているキースの身体は微動だにしなかった。
「おまけに、手で顔を覆えないと変身できない欠陥要素まである。つまりィ? 手をこうして封じちまえば、お前は何もできねーってこった」
パクパクと必死に空気を求めて喘ぐ俺の首は、まるで万力のように締め上げられる。
「ッか……は……ぅ、ぁぁ……ッ!」
「ヘッ、ずっと首に手を回してていいのか? ボディがお留守だぜェ? そぅら!」
瞬間、腹に強力なボディブローを叩き込まれ、一気に胃液が逆流する。
「……ッ!!」
しかし固く締められた喉は、嘔吐すらも許さない。
俺の口からは声にならない苦悶の叫びがこぼれ、産気づくように喘ぐしかできなかった。
「ご、ぁ……! ぉぉっぼ、ぅうぐッ……おのれぇッ……キィィ……ィス!」
「ハハッ! ほォれ、首をちったぁ緩めてやるよ。今度はもっと良い声で鳴いてくれや」
「!!」
途端に首を絞める握力が弱まり、第二撃が来る。
俺は両手をクロスさせてガードを試みた。
だが、電気銃で撃たれた腕はまるで鉛のように動かない。
「――ッ!」
自分の身体が自分のモノではない、鈍重な感覚。
その感覚に絶望したのもつかの間、再び腹部から響く強烈な痛みに、今度こそ俺は絶叫をあげた。
「ぃぁ……ぁあああアアァァーーっ!!」
身体がメキメキと砕けていく感覚。
全身の血が沸騰し、形容できない痛みが全身を支配する。
俺はヒューヒューと息を漏らしながら、ただ脱力することしかできなかった。
「おー、おー。もうダウンかァ? 仕方ない甘ちゃんだぜ」
再び首をギリギリと絞められるが、もはや反応すらできない。
頭に血が回らず、混濁した意識は重く暗く霞んでくる。
「安心しろや……。お前ェは再調整を受け、まーたやり直すことになんだからよォ。クカカ……それにしても〈アニムス〉たぁ、なかなか面白い名だとは思わねぇか? ひひッ、意味知ってっかぁオイ?」
散漫とした思考でなんとか打開策を練るが、血路は見いだせなかった。
もうダメなのか……? せっかく仇の正体が分かったのに、俺はここで終わるのか……?
どうにかして変身を……そう考えるが、腕がピクリとも動かない。
「さァて、そろそろ終わりにしとくか。このまま逝っちまいなァ……!」
血管が破け、いやな音が体内から聞こえてくる。
死ぬ。今度こそ、確実に殺される……。
(だめだ……やられる……っ)
絶望にも似た諦観が押し寄せる。
逃れようのない死の前兆に、走馬燈のように追想されるのは過去の思い出だった。
(……シズ……姉ぇ……)
『夏也ぁっ、わたしのことお嫁さんにしてくれるって……そう約束したじゃないっ』
『うぅっ、待ってる……わたし、夏也が迎えに来てくれるまで絶対に待ってるから……ッ!』
『あの時わたしを抱き留めてくれたみたいに、ピンチになったらまた夏也が助けに来てねっ』
『来るもん! 夏也絶対に来てくれるもんっ! いつだってヒーローみたいに駆けつけてくれるんだからぁ……っ!』
(くそ……何で、こんな時に……こんな記憶を……。俺の方こそ、約束を守れなくて……)
悔しい……だれか、自分を助けてくれ……。だれか……だれか……っ!!
「……な……っ、……ゃ……!」
「あァッ!? 聞こえねえよ!! このまま消えちまいなあぁぁーーッ!!」
やられる……!
グッと目をつむる。
――次の瞬間。
けたたましい音と共になにかが飛来し、目前を閃光が切り裂いていった。
すさまじい衝撃に加え、一瞬遅れてやってくる雷鳴と轟音。
そして周囲に響き渡る……
「うぎやぁあああああぁぁァアアアーーーッ!!」
自分以外の者の絶叫。
(い、息が……っ)
息ができる。あれだけ自分の首を締めていた拘束は、今や微塵も感じられない。
「げほっ、ケホッ……えほっ……」
砂煙によって霞む視界と朧気な意識の中、何者かに腕をバッサリと切り落とされたキースが、苦悶の叫びを上げながらのたうち回っている。
「はぁッ、ハァ……! い、いったい何が……?」
地面に四つんばいになったまま、何とかして顔をあげる。
すると俺の目の前に、ふわりと真っ黒いコートが
「グオォォ、お、オレの腕がァァッ! て、テメェ……ッ、よくもぉぉぁああ!!」
怒号を上げ、血走った目で乱入者を睨み付けるキース。
俺とキースの間を遮るように現れたのは、紛れもなくあの黒衣の殺人鬼……。
「しゃ、シャドウ? な、なぜお前がここに……」
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