第24話 知らない違和感
『――こちら〈アニムス〉。大佐、俺です。至急調べてもらいたいことがあります』
ホテルの通信機を使った幾度目かのやりとり。
しかし今回、こちらからサポートの要望を出すのは初めてのことだった。
『こちらユング大佐だ。どうした?』
『MASKの令嬢……月影静流について調べてもらえませんか。過去七年、いや……生まれてから現在にいたるまでの活動記録を』
シズ姉ぇに対して素性を調べて欲しい。
こんな興信所に出す依頼のようなもの受け、案の定というべきかスピーカーの奥からは当惑した様子がうかがえる。
『どうしたんだいきなり? 月影静流に関しては我々より、お前の方がずっと詳しいだろう。幼少の頃より一緒にいたのではなかったか?』
もっともな指摘である。しかし俺が彼女について知っているのは幼少期の頃までだ。
たとえば中学生の時代に関してはさっぱり知らないし、どんな部活に入っていたのか、成績はどうだったのかも不明だ。
いや、知りたいのはもちろんそんなことではないのだが。
『ちょっと気になることがあるんです。お願いします、大佐』
果たしてこんな個人的な要望に、仲間の諜報力を頼ってしまっていいのだろうか。
そんな不安はあったが、ユング大佐はたっぷりと十数秒黙り込んで熟考したのち、何かを決めたのか快諾する態度を見せてくれる。
『…………ふむ。よし分かった、なにか考えがあってのことなのだな。〈セルフ〉の諜報部員、〈トリックスター〉を派遣する。明日の朝には書類を届けられるだろう』
『ありがとうございます!』
MASKに勝るとも劣らない〈セルフ〉のサポートがあれば、簡単に情報が得られるに違いない。
俺は喉のつかえが取れたような気分になり、感謝をしたい気持ちでいっぱいだった。
『……大佐』
『何だ?』
『あなたが同士で、心から良かったと思っていますよ』
『フッ、礼を言うならまずは任務をこなさんかバカモノめ』
スピーカーの奥から、珍しく大佐の笑い声が聞こえた気がした。
暖かい気持ちが胸に沸き上がり、俺は見ている相手もいないというのに敬礼を取るポーズをとってみせる。
『ハハ……。了解、〈悪魔〉調査に全力を尽くします!』
そして翌日。
俺のアパートに見慣れない格好をした諜報員が書類を持って現れた。
反MASK組織〈セルフ〉の同志だというその男は、身体のほとんどが機械に覆われており、全身をサイボーグ化していることが伺える。
他に特徴的なところは、顔に十字架のタトゥーが入っていることぐらいだった。
「ご苦労さま。あなたが〈トリックスター〉か?」
「ああ。なンだ? オレの身体が気になるか?」
「すまない、ちょっとすごい身体だと思って……気を悪くしたなら謝る」
「昔、銃撃事件に巻き込まれてな。半身を持っていかれてこのザマよ。それより、これがお望みのブツだぜ〈アニムス〉」
互いにコードネームで呼び合った後、早速封筒を開封する。
俺は急ぐように書類をザッと素早く読み終え、かすかに安堵した。
そこには月影静流……シズ姉ぇの人生記録が事細かに記されていたからだ。
「見ての通り、ごくフツーの女子高生だぜ? 大きな事件といえば、幼少時に両親が飛行機事故で死ンでることぐらいだな。あとは誕生日パーティーの時の火災か」
「……あぁ」
――あの日、誕生日パーティーが行われた月影の屋敷で、炎上する屋敷から脱出したシズ姉ぇは、両親の位牌を置き忘れてしまったと泣きじゃくっていた。
紅蓮の炎が屋敷を包み込む中、それを俺が取りに行き……彼女に届けたんだ。
今思えば、何て無茶な真似をしたのだろうと思う。
かつての俺は、それほど彼女の泣き顔を見たくなかったということだろうか?
その後シズ姉ぇは、俺に迷惑を掛けたことを鑑み、二度と人を困らせたりしないって……最後にそう天国の両親に誓ったんじゃなかったっけ。
「お前さんが兜都を離れたあとは、ちったぁはショックがあったようだが、今まで通りだ。半年の引きこもりの末、健全に復帰。以後、小中学校で品行良性な優等生となり、高校に進学。今に到ると。なにか問題あるか?」
「いや、何もない。良かった……本当に何もなかったんだな」
「おう。これで納得したか」
「ああ……ありがとう」
「なぁに、良いって事よ。信じるってのはイイコトだからな。そうだろう?」
「そうだな、ご苦労さま。あなたには感謝してるよ〈トリックスター〉」
「ヘヘッ、いいってことよ〈アニムス〉」
書簡を届けてくれた〈トリックスター〉は、任務を終えて帰ろうとする。
そんな彼のうしろ姿を、俺は呼び止めた。
「……俺の名は、空木夏也だ。この任務が終わったら、今度飯でも一緒にどうだ?」
「良いぜ。楽しみにしてるわ」
そう笑って、〈トリックスター〉は去っていく。
「――あァそうそう。……お前にだけ、本名名乗らせちまって悪いな……」
そうして〈セルフ〉の諜報員は、己の名を告げた。
「オレの名はキースだ。また会おうぜ、空木夏也」
「ああ。またな!」
初めて出会った相手との会話と、ごく普通の別れの挨拶。
――そう。これはただ、それだけの接触。
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