第1話 全力で暴かせてもらいますよ……!
「ようこそナイトメア商会へ!」
私が何となく入ったその建物は、酷くボロかった。
「あのー……ここって……」
普段私がこんな場所へ入るわけがないのだが……今日は何かに釣られるように入ってしまった。
「ここはナイトメア商会です」
「ナイトメア商会……?」
「はい。ここは代償を支払って、誰かに悪夢を見せることができます」
「え……?」
私はなんて場所に入ってしまったのだろう。目の前の女性は良い人そうだが、「悪夢を見せる」だなんて、詐欺か何かに違いない。
私は逃げるように後ずさる。
「帰りますね」
私は一応そう言って、女性に背を向けて、建物の外へ――
「――あなた、悪夢を見せたい人いますよね?」
女性は私に向かってそう言った。何の前触れもなく発せられたその言葉を聞いて、私はなぜだか無意識に足を止めた。悪夢を見せたい人……そんな人は思いつかないのだが。
「いません」
私は背を向けたままそうとだけ言って、今度こそ立ち去ろうと足を踏み出す。するとまた――
「――あなた、今生きていて楽しいですか?」
ピタ。私の足が再び止まった。……ははは。何を言ってるんだろう。私が生きていて楽しいかって? 楽しいにきまってるだろう。ちっとも楽しくなかったら、とっくに自殺でもして――
「――あなた、楽しいフリをしてるだけじゃないですか?」
…………。
「あなた何がわかるっていうんですか! 何にも知らないでしょうっ!」
私は振り返りもせず怒鳴った。湧き上がる怒りを抑えられなかった。
すると、彼女は「はい」といかにも冷静そうな口調で言い、それから私を包み込むような優しい声で。
「私は何も知りません。知りませんが、あなたが誰かを心の底から憎んでいることを私は知っています。今、あなたが怒鳴ったのが何よりの証拠じゃないですか。だって心当たりがないのなら、『そうではない』ときっぱり言い張ればいいんです。それなのにあなたは怒鳴った――。私はあなたの復讐を応援しているんです。なぜ憎んでいるのかも、誰を憎んでいるのかも、あなたから直接聞くまでは知りませんが」
「………………」
彼女の言っていることはわからない。だっておかしいではないか。誰かを憎んでいる理由も、誰を憎んでいるのかもわからないのに、私が誰かを憎んでいることだけ知っているなんて。……そうだ。最初からおかしかったんだ。本当なら私がこんな古臭い場所へ入ろうと思うはずがない。……本当なら…………。
「ナイトメア商会は、助けを求めている人間を応援しているだけです。そのため、助けを求めている人間の前にしか現れません。つまり、あなたがここに来たということは、あなたは心の底から誰かを憎んでいるという事なんです」
「憎んでる人なんかいない!」
「本当にそうでしょうか? 自分で抱え込んでませんか? 大丈夫です。ネットでの誹謗中傷みたいなものですよこれは。匿名で、誰かを簡単に傷つけることができる」
「そんなことが許されるわけないでしょう!」
「……そうですね。でも――」
彼女は表情一つ変えずに続ける。
「――あなたの苦しみに比べたら、悪夢なんてただの夢なんですから。断然マシですよ」
「いやだから私は苦しんでなんて……」
「あなたそんなにお人よしなんですね。人間に人生が滅茶苦茶にされたのに、それでも人間をかばうだなんて」
「私はお人よしなんかじゃないですよ……」
「いいえ、お人よしです。あなたはもっと自分らしく生きればいいんです」
「だから私はいじめられてるとかそういうの全くないって……」
「でもいるでしょ? 憎んでいる人?」
「だからそんなのいないんだって」
「あなたがそういうのなら――――」
「―――――」
「――――私たちが全力で暴かせてもらいますよ……!」
彼女は不敵な笑みを浮かべた。
そして私の口からは――――言葉が出なかった。何も頭に浮かばなかった。
彼女は無言で私の方へ近づいて、震える私を奥の部屋へと招いた。
私の足は、震えながらも彼女の指さした部屋へ向いていた。無意識のうちに、遠かったはずの扉はすぐ近くに見えて—―。
私を案内したその女は仮初めの笑顔ともとれる含みのある顔を浮かべながら扉を引き――――強く言い放った。
「さあ、ここが――――――ナイトメア商会取引所です」
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