どっちがドMでドSなんだよ?
彼女は遼平の心に語りかけてきた。いきなり自己紹介されてもリアクションに困る。
この女は天然だ。敵意や邪心がないことだけは伝わってくる。
あどけない笑顔。栗色の髪が桜吹雪にそよぐ。女の子のさわやかさと兵隊と言う名の殺人鬼。重苦しい空気をどうにかしようと遼平は冗談交じりに口笛を吹いた。
「ヒフ♪ フ、フ、ヒ♪ ヒッヒッフー♪」
「それはクワイ川マーチでございます♪」
打てば響くように小町が突っ込む。
「くわいくわいは駅のそば」
「それは○|○|でございます♪」
「えーと、光に当てたり餌をやると巨大化するという」
「それはモグワイ――註※ 映画グレムリン――でございます♪」
しばらく沈黙した二人の間に冷たい隙間風が割って入った。
「……で、なんだ。なぜ、お前が量子壕にいる。ここは新日本連邦射手宮州、露の都、重哲学軍、第七理論武装師団の施設だ。民間人はもっと安全な麓のシェルターに避難しろ。というか、なぜ一般人がここまで来れた。お前も吸血鬼か?」
遼平は反射的に銃を探る。だが、彼は競泳パンツ姿で文字通り、丸腰だった。
「いいえ。私はバンパイアのたぐいではありません。慈姑小町(くわいこまち)。慈姑の妖精、慈姑姫の使いでございます。」
「慈姑の? 慈姑って、あの野菜の慈姑か。こう、サトイモみたいにちっちゃくて、角というか根っこがひょろんと生えている?」
慈姑小町はこくんとうなづくと、かわいらしいお下げ髪も一緒に垂れる。小さな桜色の花びらをイメージした髪飾りで纏めてある。
「慈姑って……桜じゃないか。そんなことはどうでもいい。なぜここに居る。だいたいどうやってロックを開けた?」
「桜ではありません。慈姑の花です。」
小町は質問に答えず、ただ否定するのみだった。
遼平は、ちっと舌を打って競泳パンツの紐をちらと確認した。このメスガキはヴァンパイアどものスパイに違いない。
仕方ない。最後の手段は使いたくなかったが、量子壕の暗号鍵がスパイに解読されている以上、止むを得まい。
扉の量子暗号鍵は最高機密だ。誰にも渡すわけにはいかない。
パンツの紐の先には自爆用のマイクロ凝縮弾が仕込まれている。
捕虜になって身ぐるみを剥がされても、せめて一矢報いてやろうという覚悟のあらわれである。
だが、さすがに小さな女の子の前で全裸になるのは気がひけた。
「そうしたければ、しなさい。あなたが望むなら。私が何もしないことをあなたが望むなら、私は何もしません。」
見透かされた遼平はびくっと身体を震わせた。
「手出しをしないというのか。だったら後ろを向いていろ。ずいぶん諦めの良いスパイだ。所詮は子供だな。妖精とか言ったな?」
小町の背中越しに遼平は凝縮弾のセーフティを解除しはじめる。
彼は躊躇しなかった。さっき、手榴弾を爆発させた時に、執着は捨てた。ユズハの居ない世界で生きのびる理由もない。
「妖精、フェアリー、あなたの知っている言葉でわたしたちを表現するとそうなります。申し上げましたように、私は使者です。メッセンジャーです。あなたが自爆なさる前に慈姑姫からの伝言を申し上げます。」
小町は後ろ向きにしゃがんで、スカートをめくりあげる。ブルマーの後ろポケットからなにやら巻物のような物を取り出して広げる。
「なんだ、どうでもいい。こっちは聞き耳を立てる暇もないんだ。勝手にしろ。」
遼平はじたばたと蟹股でパンツの中をまさぐっている。
傍から見ると、少女に変質者が絡んでいるように見えるだろう。あるはずの無い衆目を気にしてしまう。遼平は小心な自分が嫌になった。
「私たち、慈姑の一族はひっそりと平和に暮らしておりました。あなた方がこの星を露の都と名づけ、開拓を始めた時も、私たちは寛大に見守っていました。あなた方は量子爆薬による発破で大地を削り、海を埋め立てました。それでも私たちは状況を受け入れ、環境に適応すべく努力しました。そして、とうとうこの星を存続させている『可能性』そのものが大きく揺らぎ始めました」
なるほど、慈姑というドM集団も、ついに堪忍袋の緒が切れたという事か。
遼平は手を止めて、反論した。
「だから、俺たちに復讐したのか。この星から出ていけというのか。吸血鬼の氾濫はお前たちの仕業だったのか?」
小町は、冷たく突き放すように言った。
「いいえ、私たちはとがめだてするつもりも、報復する意図もありません。自業自得だと申し上げているのです。あなた方が招いた結果です。わたし達に責任はありません。慈姑は見守るだけです。ただじっと何もせず……」
無責任な連中め。
じっと遼平は、小町を睨んだ。慈姑の運命がどうなろうと知ったことではない。
ただ、こいつらがユズハの命を奪った吸血鬼どもの大量発生を放置したことは確かだ。
少しぐらい警告してくれたって良かったじゃないか。放置プレイってドSじゃねーのか。
いくらマゾの集団でも、量子爆弾で迷惑を被って困っている奴らもいるだろう。
少しくらい話し合う余地もあった筈だ。
「見殺しにするの犯罪だぞ。未必の故意というやつだ。結果的に殺人と同じだぞ! ユズハがお前らに何をしたというんだ!」
彼女は健気に生きていた。ゴーゴニック症候群患者は二十歳になる前に大半が狂い死ぬ。ユズハは残り少ない命を懸命に燃やしていた。
誰にも迷惑はかけていない。
そりゃ介護の手を煩わせていたかも知れないが、少しでも着脱の手間を減らそうと脱がしにくいズボンをスカートに、短パンをブルマに、スクール水着をビキニにと彼女なりに気を配っていたんだ。
「そのユズハをなぜ、殺した?!!!!」
遼平は無意識に手を出した。小町のセーターの首根っこを両手で掴み、向き直らせて一気に締め上げる。
「何もしないと言いながら、何もしないことで、何もしていないユズハが死んだ。なぜ、ユズハで無ければならない? なぜ殺したなぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した」
胸倉を掴んだ指先が爪を立ててセーターに食い込む。小町は苦しさのあまり必死でもがく。
ビリ!
表面張力に耐えられなくなったセーターが破れ、半そでの白いセーラー服が現れる。グレーの襟が大きく上下によじれ、胸当ての部分がホックごと外れる。生き別れになった前ファスナー。そこからかぎ裂きに裂けたタオル地の体操服が捲れあがって、ほとんど平面に張り付いているだけの三角形の布が見える。
「嫌っ!!」
小町は遼平の手をなんとか振り切って、腕組みをするとしゃがみこむ。
「なぜ?なぜ私が殺されなければならないの。なぜ、私でなければならないの? なぜ、なぜ、なぜぜぜぜぜぜんんんん……」
小町の悲痛な叫びがシェルターの中にこだました。
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