第132話 覚醒
大介はワールドシリーズ、二試合連続でホームランを打っている。
直史から打てたというのが、やはり大きいであろう。
ポストシーズン全体でも、30打数のうち8本のホームランを打っている。
14安打のうちの8本なのだから、なんとヒットの半分以上がホームランということになる。
第一戦では直史によって抑え込まれたメトロズは、第二戦もアナハイムに先行されて試合は進んでいた。
だがそこに大介のホームランがあって、逆転に成功。
おまけに一点を追加して、そのまま試合には勝利した。
その夜はニューヨークの店の多くで、騒ぐ群衆が多くて、市警が忙しかったものである。
大介としては「まあライガースファンに比べれば」などと言っているぐらいである。
ただ今のニューヨークにおいては、メトロズファンかラッキーズファンかで、無用の諍いが起こったりもしている。
基本的には近年、ワールドシリーズに出場しているメトロズに、若いMLBファンが増えている。
ラッキーズの方は、昔ながらのニューヨーカーといった感じだ。
NPB時代は別に、近くても大阪と神戸でファンの衝突などなかったので、不思議に感じる大介である。
だがどうやら世代間の、感覚の差というものがあるらしい。
「そういや東京ではレックスとタイタンズのファンって、ちゃんと棲み分け出来てたのか?」
「さあ? 俺は別にどうでも良かったし」
武史はファンサービスもあまり興味がなかった男なので、質問した大介の方が悪い。
ただ、タイタンズは昔から、球界の盟主などといっていたものだ。
大介のプロ入り以降一度もペナントレースに優勝していないので、そんな感じは全くしなかったのだが。
現在でも一応、日本全国にファンが多いのは確かである。
空港のあるロスアンゼルスから、アナハイムまではバスで30分。
さすがにラッキーズとメトロズほどの距離にはないが、それは当たり前の話。
ほんの少しの移動でも、アメリカは広大だと感じる。
飛行機での移動は、一人で三席も使えるので、さすがに快適なものであるが。
ツインズたちはなんでも、知り合ったセレブのプライベートジェットを借りて、ニューヨークからロス、ロスからアナハイムへ向かう。
子供たちがいることを考えれば、プライベートジェットというのも便利なものであるのは間違いない。
今回は大介も、試合の前には一人になる。
第三戦はおそらく、メトロズが勝利する。
その後の第四戦、アナハイムは直史を出してくるのか、それとも他のピッチャーを出してくるのか。
中三日で投げるのは、レギュラーシーズンではありえない。
だがポストシーズンであれば、普通にやっている運用だ。
直史は前の第一戦で、100球そこそこしか投げていない。
中三日の調整で、充分に投げてくる。
去年などは中二日で最終戦に投げてきたのだ。
メトロズの作戦としては、一つは第六戦までで、優勝を決めてしまうこと。
そしてもう一つは第七戦に武史を投入し、相手の打線を封じ、こちらがどうにか先に一点を取る。
直史から一点を取るのは難しいが、それでも大介の力を信じて、ホームランを打ってもらおう。
完全に個人の力に頼りきった、野球としては珍しいというか、おかしな作戦である。
そもそも大介が直史から点を取ったのは、これが初めてであるのだが。
アナハイムにおける、ワールドシリーズ第三戦。
アウェイでの試合であるが、大介にはブーイングだけでなく、拍手もかなり送られる。
ある興味深いデータによると、大介を応援する人間は、アジア系を中心に有色人種が多いらしい。
直史の場合は、あまり関係なく白人の割合も多い。
一回の表、メトロズの攻撃。
アナハイムの先発は、去年もワールドシリーズで、直史以外で唯一の勝ち星を上げたヴィエラ。
ピッチャーの実力順に使っているとも言えるのだが、これもまたアナハイムの油断を感じる大介である。
今日の先発は武史だと分かっていたはずだ。
つまり取れる点は、多くても一点ぐらい。
メトロズ打線を相手には、ヴィエラであっても三点は覚悟すべきだ。
勝てる可能性がないのだから、他のピッチャーを当ててきたらいい。
事実去年は、第四戦の先発にマクダイスを使い、ボロ負けしている。
ガーネット当たりに経験を積ませてもいいのでは、と敵ながら思ったりする。
いくらボロ負けしても、どうせ明日は直史が出てくるのであろう。
ならば逆にこちらは、一点か二点しか取れない。
そしてアナハイム打線なら、それ以上には取ってくるだろう。
アナハイムの投手運用に、冷徹さが足りない。
そう思っていた大介だが、ヴィエラは初回から大介を歩かせた。
申告敬遠ではないが、外のボールで明らかに勝負を避けた。
(ヴィエラ自身は冷静か)
ならば案外、てこずる試合になるのかもしれない。
シュミット以降の三人が、凡退して一回の表にメトロズは先制するのに失敗した。
大介は三塁までは進んだが、ホームに帰れなければ意味がない。
やはりベテランヴィエラは、そういった計算をして投げているのだろう。
そしてそういった計算づくのピッチングなら、樋口との相性は間違いなくいいはずだ。
(これはけっこう、難しい試合になるのか?)
大介の予感は当たる。
アナハイムの一番アレクに対して、武史は球数を使って打ち取った。
それ自体は、球数を投げなければ、アイドリングが済まない武史なのだから、問題はない。
だがショートから見ていても、武史は投げにくそうに感じる。
やはりアレク相手ということもあるのだろう。
(でもそれなら、こいつの方がもっと厄介か)
二番の樋口は、大学とNPBで、長く武史とバッテリーを組んでいる。
ライガース時代の大介としては、おおよその場面では勝負してきて、なかなか三割ほどしか打てない組み合わせであった。
武史にとって樋口は、あるいは大介よりも投げにくいバッターではないのか。
(それにしても、今日はまだ球速が上がってないな)
いつもなら球速自体は、初回から105マイルが出てもおかしくないのだ。
途中から魔球化するのは、スピン量が変化するからだと言われている。
初球からいきなりチェンジアップでもいいんじゃないかな、と思ったりもした。
だが今日の武史は、ムービング系を多用している。
そして樋口相手にも、初球からナックルカーブ。
(おい!)
大介の予想したとおり、樋口は打ってきた。
樋口はとにかく、狙いをどこに絞っているのかが分からないバッターだ。
そしてその狙いも、カウントや状況によって変えてくる。
武史のナックルカーブは、確かに打ちにくいことは打ちにくい。
だが慣れているはずの樋口に、初球から投げてもいいボールなのか。
坂本のリードなのは分かっている。
だが先ほどは首を振っていたではないか。
武史の100マイルオーバーのムービング系など、樋口であっても普通に打てないはずだ。
ただ今のスイングは、明らかにナックルカーブに対応していた。
(いや、樋口が完全に読んでたなら、スタンドに放り込んでもおかしくないのか)
これは単純に、武史の立ち上がりが悪いのか。
三番のターナーに対しても、ストレートを投げていった。
103マイルというのは充分にとんでもない数字だが、ターナーはやや詰まらされなりながらも、内野の頭を越えていく。
わずかに詰まらされたのが、かえってよかったのだろう。
スピンのかかった打球の処理に遅れて、ランナーは一三塁。
(う~ん)
マウンドの上で肩を回す武史。
準備が出来ていないわけではないのだ。
レギュラーシーズンと同じようにやっているはずなのに、いまいちボールが行っていない。
スタンドを見れば、恵美理の姿があるのだ。
ワールドシリーズということで、何かプレッシャーがあるのだろうか?
(ないと思うんだけどなあ)
我がことながら、どこか他人事の武史である。
四番のシュタイナーにも、外野フライを打たれてしまった。
これはまたも、タッチアップで点が取られる展開だ。
このワールドシリーズ、アナハイムはとにかく、タッチアップで点を取ることが多い。
アレクか樋口が二塁か三塁にいたら、確実に次の塁を狙ってくる。
そしてそれが間に合うかどうかの判断が、極めて的確なのだ。
先制点はアナハイム。
武史の投げる試合においては、かなり珍しいことである。
武史には野球において、プライドというものはない。
エースだからとか、ストレートの真剣勝負だとか、そういうものには全く興味がない。
ただ普通にやっていれば、普通に三振が取れた。
レギュラーシーズンで対戦した時は、アナハイム打線もちゃんと封じていたのだ。
樋口がナックルカーブを打った時点で、何かが違うとは感じていた。
だがターナーもシュタイナーも、早いカウントから振ってきて、点にしてしまった。
ランナーはまだ、一塁にターナーがいる。
ホームでの処理の間に、二塁に進むかと思ったが、タイミング的に微妙であったのだ。
そして五番のDHは、打率こそ微妙であるものの、ホームランは30本打っている。
シュタイナーまでが食べ残したランナーを、しっかりと打っていくのが役割の打者だ。
素振りをしてから、打つ気満々でバッターボックスに入る。
(俺、こいつには打たれてないはずだよなあ)
なぜそんな自信満々でいられるのか、珍しく武史は腹を立てていた。
初球はカットボール。
右バッターのインローに突き刺さったボールは、103マイルが出ていた。
続いてはツーシームで、アウトローにこれまた103マイル。
坂本の出したサインに頷いて、武史は指先に力を入れる。
105マイルのストレートが高めに突き刺さり、バットはその随分と下を遅れて振っていた。
二回の表、メトロズは三者凡退。
これで三回の表は、ツーアウトで大介を迎える準備が出来ていた。
だがそれよりも先に、観客は珍しいものを見ることになる。
三球三振。
三球三振。
三球三振で、バットにボールが一度も当たらなかった。
欠点のないイニングとも言われる、イマキュレートイニング。
過去にワールドシリーズで達成したのは、二人しかいない。
と言っても去年、上杉が達成したばかりなのだが。
前のイニングから続けて、四者連続三球三振だ。
しかもファールなどでカウントを稼いだわけでもないのだ。
敵地ではあるが、盛り上がってしまう奪三振。
ピッチャーのパワーによって、流れが変わる。
これはまずいな、とヴィエラは気付いていた。
だが自分には、そんな常人離れした真似は出来ない。
105マイルという世界は、MLBでもそう見かけられるものではない。
去年の上杉もすごかったが、今年もメトロズはとんでもないパワーピッチャーを持ってきた。
ずると思うぐらいであるが、味方にもっととんでもないのがいるため、口にはしない。
淡々と冷静な表情を崩さず、まずは二人を内野ゴロにしとめる。
そして大介の二打席目だ。
勝負しよう、などとは欠片も思っていない。
スターンバックはひょっとしたら、あの打席をかなり引きずるかもしれない。
確かにこの大舞台で、この強打者相手に、勝負したいという気持ちは分かる。
だがスターンバックは今年のオフに、FAとなるのだ。
大介を相手に無理をしても、それで打たれては仕方がないではないか。
ヴィエラは賢く考える。
ツーアウトからなら大介を塁に出しても、さほどに怖い存在ではない。
ただベンチが明確に申告敬遠をしないのは、批判を恐れるからか。
なぜ冷徹な判断が出来ないのか。
今年も優勝すれば、アナハイムは21世紀以降では、唯一のワールドシリーズ連覇をしたチームとなる。
そんな栄光を手に入れようと、アナハイムの首脳陣は思わないのか。
少なくとも樋口は、そんな首脳陣よりずっと冷静だ。
アウトローに外すように、サインを送ってくる。
大介などは、全打席を敬遠してもいいぐらいなのだ。
実際にポストシーズンでトローリーズから、全打席敬遠を一試合食らっている。
ボール球でも、大介は打ってヒットにしてしまう。
そんな化け物相手に、まともに立ち向かうべきではない。
そう思って投げたアウトローに外したボールを、大介は振ってきた。
他のバッターが使うよりも、10cmほども長いバット。
そのバットは勝負を避けたはずのヴィエラのボールを、しっかりと捉えていた。
打球はレフト方向に、フライ性の打球で飛んでいく。
そんなものが届くはずはなく、ファールになるに決まっている。
そう思いながら打球の行方を見ていたヴィエラだが、現実は非情で非常識である。
スタンドのかなり前目、大介にしてはあまり飛距離が出ていないところに、ボールは飛び込んだ。
あと少し、しっかりとしたボールを投げていれば、さすがにホームランにはならなかったのだろうが。
ボール球であろうが、狙っていた球ならホームランにしてしまえる。
大介は今年、レギュラーシーズンで何度か、そういうバッティングをしていた。
ポストシーズンではそんなことがなかったので、ヴィエラは油断していたのだ。
そう、ここでもまた油断である。
ともあれこれで、大介は三試合連続ホームラン。
試合は同点となり、振出へと戻ったように見える。
だが実際は、戻ってなどいない。
武史は肩が暖まり、充分にアイドリングが完了した。
そしてヴィエラは、ボール球を打たれたというショックを背負っている。
完全に、流れはメトロズに向いている。
これをどうにかする方法など、少なくとも樋口は思いつくものではなかった。
※ AL編133話に続く
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