第87話 アイドリング
※ 三連戦第一戦はAL編87話です。こちらは第二戦となります。
×××
大介は去年のワールドシリーズを、はっきりと思い出すことが出来る。
直史に三試合を封じられて、メトロズは連覇を果たせなかった。
ただその三試合だけではなく、ヴィエラにも勝ち星を上げられている。
重要なのは直史対策だけではない。
はっきり言ってしまえば、直史が三勝しても、他のピッチャーを全員打ち崩せば、問題なくワールドチャンピオンになっていたのだ。
今回のカードは、レナードとマクダイスが相手になる。
マクダイスは去年、対決して散々に打ち砕いた相手だ。
レナードは今年からかなり成績を上げているが、去年は先発としては投げてこなかった。
直史、スターンバック、ヴィエラの三人で、ワールドシリーズは勝ちにきていた。
そのうちスターンバックは、一試合が上杉と投げ合ってしまったため、勝ちようがなかったものだ。
直史以外の一勝を上げたのがヴィエラ。
現在は離脱しているが、オールスター前には戻ってくると言われている。
マクダイスは去年のワールドシリーズでも、捨て試合の先発として出てきた。
それを改めて丁寧に叩き潰すのは、今後のアナハイムの勢いを止めるのにはいいだろう。
またレナードは成長途中なので、ここで叩いておく意味はある。
どちらにせよ先に二勝して勝率の差を縮め、そして本番となるのが第三戦だ。
去年のワールドシリーズは、結局直史を打てなかったのが、優勝に届かなかった最大の要因だ。
その直史はここまで、去年よりもさらに完璧な、人間離れしたピッチングをしている。
直史はレギュラーシーズンで、大介とメトロズを相手に、勝負をしてくるのか。
そして勝負してきたとして、それを打つことが出来るのか。
どちらだろうか、と大介は考えている。
NPB時代の直史は、レギュラーシーズンでも大介に真っ向勝負を挑んできた。
そして大介はまともにそれを打てなかった。
自身の技術はさらに上がったと思っているが、それでも果たして直史を打てるか。
直史が、本番はワールドシリーズとして、手の内を明かさないために敬遠、というのはベンチの判断からしたらありうることだ。
そのあたりは直史の美意識、それに価値観に、約束を守るという人間性。
そんな直史に対する、首脳陣の信頼が問題となるだろう。
アナハイムのピッチャーの分析は、もちろんメトロズは行っている。
もっとも今シーズン、レギュラーシーズンでの対戦は三試合のみ。
この三試合で注目するべきは、やはり直史なのである。
去年もメトロズは、直史さえいなければ優勝し、21世紀最初の連覇をしたチームとして名を残したはずだ。
だがワールドシリーズに、一人で三勝もしてしまう選手が出てくるとは。
直史以外を完全に打ち崩すか、直史から一試合を取るか。
またもそんな、極端な選択を迫られるかもしれない。
試合前の段階で既に、チケットは売り切れていた。
このカードに限らず、今年のメトロズの試合は、全て当日より前に、売切れてしまうのだ。
そしてそれでも販売されるのが、立見席である。
この数年、席数を増やしてはいるのだが、それでも需要に追いつかない。
立見席にしても、アナハイム相手ということもあって、大変に並んでいる人間が多い。
シーズン通年チケットなどはともかく、普通のチケットは直史と武史の兄弟対決の試合は、ネットの受付開始から一分で、あちこちの販売所から売り切れたという。
公式ホームページ以外の販売も、10分はもたなかったそうだ。
この試合を見に来ると、瑞希からツインズに連絡があった。
泊まる場所は桜が妊娠中ということもあり、武史のマンションの方にしたらしいが。
どちらにしろ客室さえいくつもある、超高級マンションだ。
フロリダの大介の別荘が、そのままマンションの中に入っているようなものである。
チケットはどうなったのかと問われれば、セイバーが手配をしたという。
関係者用のチケットとはいえ、よく残っていたものだと思ったが、なんでもオーナー用のVIP席にねじ込んだのだとか。
「あの人、いったい何やってんだろな」
大介は呟いたものだが、ツインズもセイバーの動向については、基本的に市場を動かしていることぐらいしか知らない。
個人総資産はそろそろ一兆円に届くとかいう話も聞くが、それが本当ならMLBの球団をもう買収できる。
ラッキーズはちょっと足りないだろうが、そこそこの球団でも買えるはずだ。
NPBの球団は、むしろ難しいだろうが。
そう考えて、ふと大介は気づいた。
二年前、ワールドシリーズ制覇の立役者となった大介は、オーナーのコールに何度か会っている。
金融と不動産の巨大な富を得たと言われている人物であるが、実態は野球好きのお爺ちゃんであった。
チームを強くするためなら、いくらでも金をかける。もちろん実際には限度があるが。
ただもう高齢であり、表の事業からはほぼ撤退しているとかも小耳に挟んだ。
セイバーが狙っているのは、MLBの球団オーナー。しかも共同ではなく単一でのオーナーではないのか。
そこからさらに何を狙うのか。
MLBは開幕戦を、日本で行ったこともあった。
最近はなくなってきているが、セイバーはまたそういうことをするのではないか。
しかし彼女が野球にかけている金は、本当に回収できているのだろうか。
トレーニングジムの会社を経営しているのは知っているし、芸能関連にもその手は伸びている。
今更だが彼女は、この世界のフィクサーにでもなるつもりなのか。
ショービジネスに手を出しているが、他にはどういった方面に進出しているのか。
大介の想像力には限界がある。
そして開催された三連戦、最初の対決はメトロズがウィッツ、アナハイムがレナードという先発。
ここで大介は幸福な自体に遭遇した。
アナハイムの投手陣は、大介と勝負してきたのだ。
もちろんゾーンばかりで勝負というわけではないが、確実に打ち取りにきている。
そういう攻撃的なボールは、久しぶりに打った。
結果は外野フライであったが。
メトロズは先制され苦しかったが、やはりそこは大介のバットが切り開いた。
ランナーがいる状態で、打てる範囲にボールが投げられる。
それまでの三打席で、レナードからも大介はヒットを打っていた。
だが代わったばかりのリリーフ、マクヘイルは安易に勝負にきてしまった。
そして一点差に詰め寄られるホームランを打たれて、次のシュミットにもホームランを打たれる。
実際の負け星は次のルークについたが、実質マクヘイルが打たれて負けたようなものである。
試合後の大介は、かなり機嫌が良かった。
やはり野球の勝負というのは、ピッチャーとバッターの力の交錯から始まる。
それが成立し、しかもホームランを打って、まさに思い描いた結果となったのだ。
もっともこれは、アナハイムが大介を探るための勝負でもある。
今年の大介は去年よりも、さらに数字が伸びている。
ホームラン数などはともかく、打率やOPSが異常だ。
この大介を、今のうちにしっかりと味わっておく。
ポストシーズンであれば、もっと高い数字を残すつもりだが。
坂本も序盤に点は取られたが、しっかりとウィッツとコミュニケーションして、その序盤だけにとどめた。
アレクからターナーまでの三人は、やはり打率が高い。
大介としてもショートに打たれればともかく、外野にまで運ばれれば、なかなか活躍する機会もない。
第一戦はともかく、バッティングでの貢献が大きかった。
第二戦も、まだアナハイムは大介と勝負してくるのか。
しかし第二戦の先発のマクダイスは、アナハイムのローテーション投手の中でも、かなり劣るレベルだろう。
去年もワールドシリーズで投げて、完全に打ち砕かれている。
ここでまた大差でボロ負けして、レギュラーシーズンに悪い影響を残さないのか。
(まあ悪い影響が残っても、まだ五月だからな)
大介はそう考え方を切り替える。
同じ一勝に、レギュラーシーズンとポストシーズンで、価値の違いがあるように。
ボロ負けするにしても、それがどの時点かで、影響は大きく変わる。
この時期に調子を崩すようなら、むしろ下から引き上げて、新たな戦力として実戦で育成することも考えられる。
マイナーではしっかり成績を残している選手を、メジャーの舞台で最終テストするのだ。
坂本などはアナハイムのピッチャー事情を知っているため、そういうこともあるかな、と考えている。
武史は何も考えない。NPB時代にライガースを相手にしていた時も、大介以外を封じれば、あとは打線が勝ってくれるだろうと思っていたぐらいだ。
メトロズの首脳陣もこの三連戦、本当の意味で前哨戦と言えるのは、第三戦だけだと気づいている。
レナードがあそこまで大介と勝負してきて、ツーべースまででどうにか抑えた。
その後のリリーフも勝負をしてきて、結果としてメトロズは一点差で勝てたわけだ。
勝負にこだわるならば、大介の第四打席は、歩かせても良かったのだ。
リリーフでもセットアッパーがあそこまで打たれては、下手に先発一枚を入れ替えるより、よほどチーム全体へのダメージは大きい。
もしも二戦目ももつれて、勝ちパターンのリリーフを投入し、それを大介に打たれてしまったら。
まだトレードデッドラインまで期間はあるが、一枚はどうにか用意してくる必要が出るだろう。
そう思って開始された第二戦、アナハイムはまたも一回の表に先取点を取った。
アレクが内野安打で出た後に、樋口は凡退したものの、ターナーとシュタイナーが連打で一点。
ただ昨日に比べると、たったの一点差となる。
そしてその裏、メトロズの攻撃。
マクダイスは勝負してきて、あっさりとホームランを打たれた。
(いや、そんなあからさまに勝負して、打たれないと思ってたのかよ)
大介としてはそんな感想であるし、元チームメイトの坂本も、マクダイスの弱点だな、と理解している。
マクダイスは、もう少し自分の実力を、正確に認識するべきだ。
大介だけではなく、普通のメジャーリーガーに対しても、もっと丁寧に攻めなければなかなか上手くは打ち取れない。
ただ負けん気の強さを失って、下手に萎縮してしまっても、逆に引退が早まるだけかもしれない。
エースクラスとまでは言わないが、ローテを担う程度の力はある。
その程度のピッチャーと言っても、ちゃんと需要はあるのだ。
金があるチームであっても、先発ローテ陣に全てスーパーエース級を集めることは不可能だ。
なぜかほぼスーパーエース級を集めても、上手くいかないことが多い。
初回は1-1で終了し、二回の攻防に入る。
なんとなく、そういう空気はあった。
だがどうやら、本当にこの試合は、結局ハイスコアにならなかった第一戦と違って、かなりの点の取り合いになるそうである。
打線の援護が大きいとは言え、メトロズの先発オットーは、防御率やWHIPを見ても、マクダイスよりは格上のピッチャーのはずだ。
しかし実際の結果を見てみると、同じように点を取られていく。
この試合はそういう流れがあるのだろう。
真のスーパーエースであれば、それを止めてしまうことも出来るのだろうが。
点の取り合いとなると、大介への対応は変わる。
ランナーがいなければいいが、もしもランナーが二人もいれば、一発で三点が入る。
なのでアナハイムは、ランナーがいる場面では、あえて歩かせていく。
それでその後ろに打たれても、ある程度は仕方がないと割り切る。
メトロズはオットーの調子を見て、早めに継投を仕掛けた。
ここでイニングを投げてもらうよりも、打たれすぎて不調に陥るのを避けたとも言える。
アナハイムはそれに比べると、マクダイスがある程度打たれるのは承知の上。
それに結局は大介を、二度も敬遠することになった。
三打席、大介はランナーのいない状況で勝負された。
そして一打席、一番よくあるタイプの、野手正面へのライナーでアウト。
だが残りの二打席はセンターとライトへの、バックボード直撃と、スタンド上段への大ホームラン。
一つ目のバックボード被弾で、マクダイスは折れた。
また二つ目のスタンド上段へのホームランは、リリーフ陣を折る。
点の取り合いになると、やはりメトロズの方がやや上なのか。
だがベンチから推測してみるに、メトロズはこういう展開に慣れているというのがあると、直史は思う。
去年のメトロズは、投手陣がそれなりに打ち込まれていたため、それ以上に奪ってやるというスタイルであった。
武史の加入に、クローザーを安定したベテランで固めたこともあるだろうが、全般的に今年の投手成績は良化している。
そして打線は、一番大介で攻撃の主導権を握る。
一回の裏に、いきなりホームランで追いつかれたのは痛かった。
むしろ敬遠するならば、あの場面であったのだ。
殴り合いという流れは変わらず、そして勢いはメトロズの方が上だ。
やはりこういう時は、かつての四番がそうであったように、強力なスラッガーが打線に影響力を及ぼす。
大介にしても二本のホームランは、ピッチャーのいい球を打っていったもの。
失投を打ったわけではない。
そういった攻撃によって、メトロズは主導権を握ったわけだ。
最終的なスコアは、9-6でメトロズが勝利した。
意外と言うべきかどうかは微妙だが、メトロズの二連勝。
しかし五月に入ってからの成績を思えば、それほど不思議でもないのだ。
これでメトロズは16勝2敗、アナハイムは12勝6敗。
四月の分の成績と合わせると、メトロズは36勝7敗、アナハイムは36勝9敗。
試合の消化数は違うが、これで完全に勝率は逆転された。
もしも第三戦で直史が勝っても、メトロズの勝率は81.8%でアナハイムは80.4%。
ついにメトロズが去年と同じく、非常識な勝率でトップに立ったのだ。
アナハイムはもう少しでヴィエラが復帰する。
メジャーに上がってきたガーネットも、やや調子を落としているので、またマイナーで調整してもらうつもりだ。
五月に入ってからは、アナハイムはそれなりに新しい戦力を試している。
そのあたりの事情も、負け星が多くなった理由だ。
リリーフデーにおいて負けた試合、そしてリリーフに負け星がついた試合が多い。
つまり今のアナハイムの弱点、リリーフの微妙さが出ている。
直史を中心に、先発はかなりの安定感があり、打線の援護もある。
しかしまだ経験の少ないピッチャーが、開幕から一ヶ月ほど経過して、最初の疲労が出てくる状態になったのだ。
ただアナハイムはとにかく、ヴィエラが戻ってくればかなり調子は戻せるはずだ。
直史が太い軸として、絶対的な存在になっている。
だが、だからこそ第三戦は、重要な試合になるのだが。
アナハイムとしてはワールドシリーズまで進出しても、メトロズとの対決なら最終戦までもつれ込むと思っている。
ならばぜひその最終戦は、フランチャイズで勝利してほしい。
そのために必要なのは、レギュラーシーズンの勝率で上に行くこと。
ただメトロズの方は調子の悪かったマクレガーを放出して、下から上げてきたワトソンがいい活躍をしている。
ローテの六人目であり、普段はリリーフとして投げることも多いが、これによってメトロズは勝ってきているのだ。
メトロズの場合も、勝ちパターンのリリーフが、微妙でるとの指摘はあったのだ。
クローザーのレノンは問題ないが、そこに至るまでのセットアッパー。
バニングもライトマンも、セットアッパーとしては絶対的な数字を持っていない。
そこに上手くワトソンも混ぜることで、リリーフの負荷を軽減させた。
勝ち続けるということは、勝ちパターンのリリーフが使われることが多くなるということ。
そこで打線がどれだけ援護出来るかなど、そのあたりが試合の結果につながる。
アナハイムに二連勝したのは大きい。
去年の悔しさを知っているメンバーは、これで少しは気分が晴れただろう。
だがこの二試合は、ワールドシリーズにつながるものではない。
レナードはともかくマクダイスは、おそらくワールドシリーズでは、投げても敗戦処理などになる可能性が高い。
この三連戦に意味を持たせるには、やはり直史を打たなければいけないのだ。
同時に武史が、過去を知る元チームメイトたちを、抑えられるかも問題となる。
その中で大介は、ここはまだ試金石と思っている。
武史は負けても仕方がないかな、と思っている。
坂本はどうにかして勝ってやろうと、それぞれの思いはバラバラである。
佐藤兄弟のどちらが上かは、数字だけならはっきりしている。
しかしピッチャーの本当の強さとは、数字にだけで決まるものではない。
もちろん直史を弱いと判定するのは、無理がある。
それでも武史の力の底を、このあたりで判断しておきたい。
今年、やや不本意なピッチングだったあの試合も、雨の中で投げたという条件がある。
そういった異なる条件の中でも、お互いがどういうピッチングをするか、全米の野球ファンが気になっているだろう。
大介も武史も知っている。
あの春、センバツの舞台で雨の日に投げて負けて以来、直史は雨の日が嫌いである。
変化球投手であるのだから、当然のように雨が苦手でおかしくはない。
だが二人はもう一つ知っている。
あの雨の日以降、直史はもちろん何度か雨の日に投げているが、一度も負けたことはないのだ。
明日の試合は、雨の降る確立もない。
どちらのピッチャーも、それによるコントロールミスというのは考えにくいだろう。
純粋にピッチャーとして、どちらが優れているか。
打線の援護の差もあるため、一試合だけで決めてしまうのは乱暴な判断かもしれないが。
ただそれでも、MLBは引き分けがないので、勝敗という結果は必ず出る。
評価の仕方は簡単だ。
勝ったチームのピッチャーの方が強い。
そんなに単純なものではないと、多くの人は言うだろう。
だがメジャーリーガーたちは知っている。
勝った方が強いのだ。これは別に、野球だけに限った話ではない。
二試合をかけて、接戦に殴り合いと、場は暖まっているだろう。
ここからが本当の、エースとエースの勝負。
そして最強のピッチャーと、最強のバッターの戦い。
さすがにここで、直史が大介との勝負を回避しないと、それは大介も確信している。
もしも負けると思っても、だからこそ直史ならば、こんな機会であれば勝負にくるはずだ。
チームの準備も、選手の準備も、そして観衆の準備も出来た。
五月最大の山場となるはずの、メトロズとアナハイムの第三戦が始まる。
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