一人暮らし

 城に戻って数日。

 私は意を決して夕食の時にクレイドに「仕事も安定して来たから町で一人暮らしをしたい」と告げた。彼は驚いたように目を見開いた。


「何故だ? 作業部屋も仕事がやりやすいって言っていただろう? 食事も美味しいと喜んでいたと思うが、やはり何か気に入らなかったか?」

「いや、食事も美味しいですし、仕事がやりやすいのも確かです。でも、いつまでもこちらにお世話になっている訳にも行きませんし、独り立ちするには良い機会かと思いまして。これからこの国で生きて行くためにも、自分で何でもやるようにしたいなって」

「……そうか。そうよな。確かに城から町までは遠いし、城下町より東ホーウェンの方が店も多いし発展しているし、退屈もせぬだろう」

「えっと、まあそんなに表には出ないんですけど、近所に何でもある方が確かに楽ではありますね」

「だが……もうマンガの相談なども気軽に出来なくなるのか」


 かなり暗い表情で呟いたクレイドに、ちょっとわざとらしいぐらい声を上げて笑った。


「何を言ってるんですか。私は師匠、クレイドは弟子ですよ? 変わりないじゃないですか。何かあればいつでも話は聞きますし、町に来ていたら食事でもご馳走しますよ。あ、弟にも手紙をお願いしたいですし」

「──うむ。そうであった。私とリリコは師弟関係であり仕事仲間であり友人ゆえ、そんなに簡単に切れる関係ではなかったな」


 口角を上げ微笑むクレイドは安心したような落ち着いた様子になる。同じ屋根の下に住んでいた師匠に仕事の相談がしにくくなるのは、彼でもやはり不安になるのだろうか。今はもう売れっ子さんだと言うのに。


「そんな訳で、明日から数日、町に通ってアパート探しをして来ますね」

「明後日まで待ってくれ。締め切り片付けたら私も手が空くのでな」

「……は?」

「リリコは女性だし、酔っ払いに絡まれたり暴漢もいるであろう。安心して暮らせるような住まいを男の視点から見るのも大切だと思うぞ。私が付き添って一緒に見て回ろう」

「え、でも」

「リリコは普段しっかりしてそうに見えて、肝心なところで抜けてたりするゆえ、私も心配なのだ」

「あ、それはご心配かけてすみません。……ではよろしくお願いします」

「うむ。任せておけ」


 それでは仕事に戻る、と足取りも軽くクレイドが食堂を出て行った。

 まあ町の地域の治安は良く分からないのは確かだし、あまり頼りにされないのも男性として嫌なのかも知れない。最後の迷惑と思ってお世話になろう。私も何だかんだ理由をつけて、クレイドとの関わりを断ち切りたくないのだな、情けないものだと苦笑した。



 二日後。約束通り仕事を終わらせたクレイドと改めて町に出る。

 不動産屋で相場を確認すると、ベッドルームとダイニングキッチン、バストイレがついた一般的な一人暮らしのアパートは、日本円換算にすると大体五万ほどとかなり安い。私が以前住んでいたところより全然安い。

 敷金というか引っ越し時の掃除費用ということで、入る前に一カ月分追加でかかるだけで、礼金や更新などその他の費用も掛からないそうだ。


 最近では平屋ではなく二階建てのアパートもかなり出始めたようで、女性は二階に住みたがる人が増えたとのこと。そりゃあ防犯対策としてもその方がいいよね。……という訳で、私もその二階建てアパートの内見に回ることにした。

 余談だが、この町ではまだ五階建てとか十階建てのような高さの建物はない。私は外から遠くの景色を見渡すのが好きなので、以前住んでいた所もそこそこ上の階を選んでいた。仕事で疲れた目を景色を見て癒やしたいという目的もあったのだけどね。

 これから町もどんどん発展していくのだろうし、高層マンションが出来たら引っ越しを検討しよう。ただ、高所恐怖症でもあるので、何十階とかの高さだと逆に怖くなるという厄介な性質だ。多分五階、六階辺りになるだろう。


 などとぼんやり考えていたが、一緒に見て回ったクレイドの目が厳しく、ここは風呂が狭いだの、ベッドルームの日当りが悪い、キッチンが使いにくいと文句が多い。


「あのですね。セキュリティの話でついて来てくれたんですよねクレイドは。中の部屋については私に任せてくれませんか?」

「いやそれは分かっているのだが、どうしてもこう、気になってしまって」

「ゆとりのあるお城で住んでいればどこも狭く感じますし、気になるところも多いとは思いますけど、一人暮らしですからね」

「うむ……悪かった」


 納得してくれたクレイドとその後三軒見たが、最後に見た一軒が一番気に入った。最近出来たところらしいが、周囲は平屋ばかりで結構遠くの方まで見渡せるし、緑も多い。

 キッチンも一人暮らしには十分なサイズで、ダイニングもソファーとテーブルを置いても余裕がある。ベッドルームはさほどの広さはないが、寝るだけなのだから問題ない。一番良かったのは、六畳ぐらいのゲストルームがあったことだ。日当たりも良いし、仕事場にするには十分な広さがある。お風呂も足を伸ばしてもゆとりがある浴槽があり、若干ヘッドの目の造りは粗いもののシャワーもついている。トイレはごくごく普通。

 ただし、家賃も新築ということで金貨六枚するという。二DKで六万なんて私にしたら破格もいいところだ。ホール出版社にも十五分ほどの距離だし、繁華街から少し外れているので夜は静かだと言う。


「こことても気に入りました! クレイドはどう思います?」

「……うむ。日当たりの良い仕事場が確保できるのは確かにいい。天井も高くて圧迫感がないしな」

「ですよね! お互い仕事人間だから話が分かって貰えて嬉しいです」


 早速不動産屋に戻って契約を済ませる。初日で決まると思ってなかったので私はご機嫌である。時間も早いし、帰る前に付き合って貰ったお礼でお茶でも奢ります、とカフェに向かうことにした。

 クレイドはアイスティー、私は果実水を頼む。


「──部屋が決まったのはいいが、家具などはどうするのだ? ああ、使い慣れた作業机などは城から運んでやるが」

「基本的に私の荷物って、せいぜい洋服と画材ぐらいしかありませんからね。全部一から揃えますよ。それもそれでまた楽しいですし」

「そうか。……それなら町に出たついでにそれも見るか。もう鍵も貰ったのだから、先に運んで貰えば楽だろう?」

「そこまでお世話になるのも何ですから、私一人で……」

「いや世話をすると言うよりも、今までずっと城に住むのが当然だと思っていたから、こういった家を一から借りるとか、新しく家具を求めるという経験が私自身なくてな、とても新鮮で楽しいのだ」


 良く見たらいつもの鋭い目がキラキラしている。

 そうか。大きな城の主で町長もどきで生活環境はかなり恵まれていると思っていたが、それゆえの不自由さもあるのか。


「──じゃあまずは家具よりも掃除道具と……調理器具や食器類、それにお風呂とトイレ、洗面用のものなんかですね。荷物持たせてしまいますけど、構いませんか?」

「これでも力はある方だぞ」


 この人は見た目に反していつも優しく、私のために色々思いやってくれるので、時々泣きそうな気持ちになる。この適切な関係を維持するために、私も揺れそうになる心を強靭にしなくては。


「よーし。それじゃ、魔王様をこき使いますか」

「そうだ。たまにはこき使え。許す」


 二人で笑いながら、雑貨屋に向かって歩き出すのだった。




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