ポテチ

「──これはどれも素晴らしい! リリコさんのお国ではこんな絵物語の文化があるのですか? ほうほう、マンガ、というのですね。いやあ、私らの国ではこんなに細かな絵に台詞をつけて表現する、という思考自体が思い浮かびませんでしたよ! ……え? 東中央ホーウェンに招かれたのは、マンガを描く人間を育成するためですと? まさかリリコさんもマンガを描かれるのですか?」

「ええ、まあそんなところです」


 私は、生徒が完成させた作品たちの中から、たれ耳の犬種の獣人、リーガルが描いた冒険もの『少年ピッチのはるかな旅』、ゴブリンレディーのマリガンの描いた恋愛もの『ときめきスパイラル』、ドワーフのトーラムが描いた至高のワイン造りへの挑戦もの『ケルタンのワイン』の三本と、クレイドが描いた異世界ファンタジー『グリフワイルド』を引っ提げて、東ホーウェンの出版社にやって来ていた。

 ちなみに、クレイドは別に世話になっているからという接待とかひいき感情ではなく、実力である。

 元々スタートは早かったのだが、飲み込みも早いし努力家なので、学校ではナンバーワンの実力なのだ。


 本当は出版社へは一人で動こうとしたのだが、クレイドが「町に一度しか来たことのない人間が、周囲の環境なども分からないまま一人で動くなど無謀極まりない」と一緒に付いてきてくれた。昔やったことだからと思って張り切って周りが見えていなかった。確かに無謀である。反省反省。


「これを、本として出版出来ないかと考えておりまして」

「それは勿論大歓迎ですぞ! こちらこそお願いしたいぐらいです。私なんかは特にこのケルタンのワインと、グリフワイルドなんかが夢があって面白いですねえ」


 ホール出版社はこの町の唯一の出版社だが、まだ会社を始めて二年目で規模も小さいからと、社長自ら気軽に面談してくれた。


 社長であるデンゼル・ホール氏はぷにっとした体で「腹が出て来て最近ズボンがずり落ちるもんでコレ大事なんですよ」と言いサスペンダーをぱちん、と引っ張って笑った。四十代ぐらいの男性で、柔和な笑顔が福々しい。

 後の社員は編集者が二人に、印刷部門の専門職が二人、というこじんまりした会社である。

 同席した編集者は三十歳ぐらいのメガネの男性と二十代前半ぐらいの小柄な女性で、それぞれミケールとシャロルと名乗られた。


「──それにしても、この線で激しい動きを表現するのはすごいですね……それに、出て来る女性もとても可愛らしいです!」


 ミケールに少し熱に浮かされたような紅潮した顔で力説される。二次元にハマるタイプですかなお兄さんは。


「私はときめきスパイラルの男性たちがそれぞれ格好良くて、本当にキュンとしました! 本が出たら自腹で買いますよ!」


 シャロルも満面の笑みで私を見た。


「ありがとうございます。作家たちも喜ぶと思いますわ」


 生徒の中で一、二の技術と表現力を持つマリガンだが、どうしてもゴブリン種ばかりで物語を構成させようとして、人物が分かりにくいのが唯一の難点だった。

 別にゴブリンだからダメとか言うつもりではなく、描かれた時に見た目の違いが他種族に分かりづらい、というのが問題なのだ。

 他種族や人間に、誰が誰だか分からないと思われるのはデメリットだし、読者が付きにくい。そして、大事なのは購入するのがその分かりづらい人間が一番多い、という事実である。マイノリティー向けのマンガもこれから出て来るだろうが、少なくとも今じゃない。


 私はマリガンに、今はまだ売り出せる生徒の作品が少ないし、名前が売れれて幅が広がれば色んな作品が受け入れられると思うし、一番読むのが多い層に向けるのも大切だ。今回は一般的に受け入れられやすい人間同士の恋愛ものにしてみないか、と打診した。


「そうですね。私も異種の友だちに毎回コレはどっちの人? って聞かれるの面倒臭くなってきたので、キャラ設定変えようかと思ってました」


 彼女もプロになりたい人なのでスパッと切り替え、次の日には人間のキャラ設定を作って来た。それがまた驚くほどヒーローのキャラが立ってるし格好いいし、ヒロインは愛くるしいしで、文句のつけようがなかったのだ。

 本人曰く、種族が違うので客観的に見えるのかも知れない、とのことだったが、出来上がった作品も、日本で普通に雑誌に載っているものと遜色ないようなラブコメで、私はマリガンを抱き締めて手放しで褒め称えた。


「ちょっと、やめてよリリコ先生、恥ずかしいから」


 と顔を赤くして照れまくっていたが、本人も嬉しそうだった。他の生徒からの評判も上々で、次は男性視点の恋愛ものを描くわ! といそいそとプロット作りを始めた。皆のやる気もストップ高で私も嬉しさが隠せない。


 出版社で、雑誌形態で出すか本として出すかなど相談をして、まだ数百ページの書物は糊が剝がれやすくなるから難しいそうで、マンガ家一人一人の作品を冊子のような形で作る、そうすれば金額もさほど高いものにはならないので手に取って貰いやすくなる、という方向でまとまった。

 新聞でも宣伝するし、連続で出版した方が興味も惹かれやすいだろう、と他の作品も出来次第持って行くことで話がついた。

 売り上げは経費を抜いて一部利益は頂くが、それでも売値の三割か四割は作家に払えるだろうと言う。今は頼まれて描いているものではなく、一方的に描きたいものだけ描いている状態なので、原稿料というのがないのは仕方がない。それに、原稿料がなくても充分な報酬にはなる。今後、雑誌などが生まれて依頼されるようになれば、原稿料も交渉の余地はあるだろう。


 出版社も私たちも共に多大なるメリットがある。

 デンゼル・ホール社長やミケール、シャロルと固い握手を交わした私たちは、出版社を出る。

 城に帰る前にお茶でも飲もうかとクレイドと話し合い、オープンカフェに入った。汗ばむぐらいのぽかぽか陽気だったので、私はアイスティー、クレイドはオレンジジュースである。


「段々と道筋が見えて来たな」

「そうですねえ。これから他の生徒たちもどんどんデビューして貰って、この国にマンガのビッグウェーブを起こしましょう!」

「私もまた次の作品を描かねばならぬな」

「楽しみです。クレイド様の作品って、こう地に足がついているファンタジーって言うか、安心して読めるので大好きですよ。キャラクターも共感しやすいですし。やはりあれだけ大量のマンガを読んでいるせいですかね」

「……そうか。私の作品が大好きか?」


 クレイドは少し顔を赤らめていたが、かなり嬉しそうだった。


「──それとな、リリコ」

「はい?」

「同級の生徒同士でもクレイド君とかクレイドさんだ」

「……はあ……?」

「だからな、私とリリコはこれでも一年ほどの付き合いがあるのに、いつまでクレイド様と呼ぶのだ。学校では立場上先生と生徒ゆえ、クレイドさんとは呼んでくれるが」

「いや、でも魔王様ですよね? 敬称を付けないのは何だか座りが悪いと言うか申し訳ないというか。前世からの癖で……」

「私たちは友人ではないか。私だってリリコを普段リリコと呼んでいるのだから、リリコも呼び捨てで構わない。私が許す」

「クレイド……ですか?」

「うむ。これからはそれで構わない」


 コクコクと頷くクレイドに、ああ距離を置かれている感じで嫌だったのかな、と思い私も反省する。


「じゃあこれからはプライベートではクレイドと呼ばせて頂きますね」

「もっと口調もトール相手みたいなラフな感じでいいのだが」

「これは仕事始めてからの習慣みたいなものなので、そう簡単には直りません。トールは弟なので別物ですよ。気長にお待ち下さい」

「分かった」

「……あ、それはそうと」

「何だ?」

「ペンネーム、考えました? 生徒たちはみんな考えてますよ? 流石に魔王様の名前そのままで出すのはその……他の魔王様に対してとか、外聞的な問題があるのではと」

「──おお、忘れていた。そうだったな」


 それから馬車で戻る道すがら、延々とああでもないこうでもないと考えていたクレイドだったが、ようやく捻り出した名前が【ポテチ】だった時にはちょっと泣きそうになった。魔王のペンネームがポテチ。理由は覚えやすいだろうから、とのことだが、彼にはネーミングセンスが壊滅的にない、と分かったのも新しい発見であった。




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