魔王様はマンガ家になりたい!

来栖もよもよ

完全な自業自得

「……ふう。あーようやく終わったあ……」


 私はマウスを操作してデータを保存すると、編集に最終回分の原稿を添付ファイルで送信する。増ページだったので本当に締め切りが守れて良かった。これで、今回の連載も無事終了である。

 しかし、アシスタントもおらず一人でやっている以上、ページが増えようが手は増えないし、時間も同じである。結果、睡眠時間を削るほかはなく、ここ一週間ほどは一日二、三時間も眠れればラッキーというぐらいには切羽詰まった状態だった。WEBでの月連載とは言え、三十五ページは本当にきつかった。背景もかなり描き込みするタイプなので、いくらグラフィックソフトでトーン処理などが大分楽になったとはいっても、時間は取られてしまうのである。

 弟には「姉ちゃんは漫画家としてそこそこ稼いでるんだからさあ、アシスタントとか雇えばいいのに。ずっと若くはないんだよ?」といつも心配されるのだが、自分の絵に誰かの要素を入れる、というのが前から好きではないし、かといってベタ塗り要員だけなら今はマウス操作一つなので、デジタル主流になった現在では不要である。まあ、紙の週刊連載などがもし来たら、そうも言っていられないんだろうけど。


 あくびをしつつ椅子から立ち上がると、ふらりと目眩がした。完全に寝不足である。本日は完徹だし。

 今日は一日寝てやるぞーと心を決めるが、お腹がきゅるる、と鳴って栄養を催促して来た。そういえば昨夜も今朝も水分とクッキー2枚しか摂った記憶がない。冷蔵庫もどうせ作ってる暇がないからと飲み物ぐらいしかない。


「……お弁当でも買って来るか」


 私は財布と携帯をリュックに入れると、鍵を持って玄関に向かう。


 私の住んでいるマンションは最寄り駅から五分の好立地だが、古いマンションのせいか相場より若干安い。駅前には大きな本屋もあるし、スーパーも品ぞろえが豊富で安く、とても暮らしやすい。まあ結婚でもしたら引っ越すかも知れないが、恋人もいないし、結婚以前に今は仕事が一番大事なので、下手したら老後まで一人でこの町に住んでいるかも知れない。ご縁もないしねえ、こんな仕事だと外にもろくに出ないし。

 商店街のいつもお世話になっている家族経営のお弁当屋さんで、ナスの味噌炒め弁当とサラダを買い、思い出したので本屋に寄って弟の新刊ラノベと、買ってなかった私のマンガを数冊購入した。当然出版社からも貰えるのだが、一応書店でも流通させねばならない、という使命感のようなものがどうしても消えない。結果、数少ない友人にあげても我が家の本棚には同じ本が数冊ずつ並んでいる、という自作本屋状態になっている。

 スーパーで久しぶりに食材も購入し、思いっきり寝た後はパスタでも作ろうかな、と重たいリュックとお弁当を持ちつつ家路に向かう。

 歩いていると、近くにある緑の豊かな公園で、子供がキャーキャー騒ぐ声がする。木が生い茂って中の様子は良く分からなかったが、元気そうでいいねえ、と思いながら通り過ぎようとすると、いきなり大柄な黒い猫が植え込みから飛び出して来た。こっちを見て一瞬立ち止まったが、額のダイヤのような白模様が可愛いな、と思ったものの、驚いたせいか心臓がぎゅっと締め付けられたような気がして咄嗟にうずくまった。


(……苦しい、息が出来ない)


 猫が飛び出して来たぐらいで大げさな、と自分に言い聞かせようとしたが、心臓の動悸が収まらない。呼吸がままならない。


「──おい、大丈夫か?」


 と男性の声が聞こえたが、大丈夫ですと言おうとしたのに、頭からすーっと血の気が引いていくような状態で言葉も出ず、私はそのまま目の前が真っ暗になり意識を失った。




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