序章―毒― 4
再び清涼殿に参上すると、蛇は片付けられていたし、祓えも済ませたという。再び簀子に膝をつくと、帝から声をかけられた。
「傷は大事ないか」
「は、はい。問題ございません」
帝も、俊元同様に、菫子を邪険にしない。むしろ気遣うような言葉さえかけてくれる。それが菫子にとってとても不思議なことであった。
「何故……」
思わずそう口から零れてしまった。油断をした、というわけではないと思うが、無意識だった。帝にも聞こえていたようで、首を傾げられてしまった。
「どうした?」
「いえ」
「遠慮せずに申してみよ」
「……何故、わたしを殺さないのですか」
わざわざ宮中に呼び立てたのは、珍しい毒の体の人間を一目見てから殺そうという酔狂な考えからだと、そう思っていた。だが、実際に来てみれば、調査をするように言うし、『普通の人』として扱われた。不思議で仕方がない。
「殺して欲しいのか?」
「……」
「調査を完遂すれば、褒美をやる。死を望むとあらば、そのようにしてやろう」
「……ぜひそのように。毒小町など、いない方が良いですから」
帝の横に控えている俊元が、何かを言おうとして、帝からの目線で止められていた。少し不服そうではあったが、そのまま口を閉じた。
帝の命を拒否することは出来ないが、それが終われば毒小町を終わらせることが出来る。悪くない条件であると、菫子は感じた。
「さて、そなたは正月の件を知っておるか」
「噂程度には、存じております」
宮中での出来事は、家にいたとしても侍女たちの噂話などから耳に入ってくる。だいたいは数か月遅れた情報なのだが、今回は事が事なだけに早かった。
「正月の儀式の最中、主上に毒を盛ろうとした者がいる、と」
「ふむ。ひとまずは、それだけ知っておればまあよい。毒が何か、そしてそこから犯人を見つけ出せ。それが命である。私を助けよ」
宮中の頂点たる帝が、自らの口から、助けよ、と言ったのは意外であった。正月に起きた事件だというのに、未だ解決していないことに起因するのだろうか。先ほどの蟲毒の件といい、帝は命を狙われておいでなのかもしれない。しかもあからさまに。
「詳しいことは、この俊元から聞け。そなたの調査の相棒として遣わす。俊元は毒が効かぬ体質だ、丁度よかろう」
「はい、ありがとうございます」
「む、驚かぬな」
菫子が、俊元の体質について驚かないことに、帝は眉をひそめた。確かに初めて聞かされれば、驚愕するところだろう。
「主上、実は先ほどの騒動の中で見抜かれまして。主上の毒が効かぬという虚偽も同様に」
「なんだと……自信満々に言うて、恥をかいたではないか」
機嫌を損ねた、というわけではなく、少し拗ねただけのような口調だった。先ほど他の側近たちがいた時よりも、俊元といる時の方が表情や言葉が柔らかいように感じる。心を許しているのだと、初めて会った菫子でも分かった。ここで謝罪を口にするのは、違うと察し、頭を下げるだけに留めた。
「調査は、明日からでよい。私も色々とあって疲れたでな」
「かしこまりました」
話がひと段落するのを待っていたかのように、年若い役人が俊元を呼んだ。
「
「はい。毒小町が本物であると報告を受けた、大臣あたりが認めないと言ってきたようです」
「早いな……他のあては?」
「他への根回しもすでにされていました」
「そうか」
どうやら、菫子が住まう局の話をしているようだ。毒小町を近くに置きたくないというのは、まあ当然のことだろう。
「
「蔵人所の裏の念誦堂? あれは記録にない荒れ果てた堂だろう」
念誦堂とは、仏や位牌を安置し、念誦を唱えるためのお堂である。多くは六角形の建物で、身内が亡くなった際に弔うために使われる。宮中にとっての念誦堂は、清涼殿北側に、
「だからこそ、使えるやもしれません」
「いや、しかし」
菫子は、検討してくれている二人に声をかけた。
「そこで構いません。用意してくださるだけで、ありがたいことでございます」
「しかし、位牌を置くところで寝起きをするというのは……」
「今までも、そうでございましたから」
菫子がそう答えれば、俊元は言葉をなくした。同時に菫子の住まいが決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます