第57話 セルタの話

 セルタの態度の意味がようやく分かった。彼はアスミが疑われていると勘違いして、怒っていたのだ。エリリカに挑むように質問しては、やり返されていたけれど。

 それに、アスミがアリアやエリリカを避けていた理由も分かった。エリリカはセルタの婚約者。セルタと付き合っていることが知られたら、と怯えていたのだ。それほど二人は思い合っている。結婚まで考えていても不思議ではない。セルタがエリリカの申し出をすぐに承諾したのだって、元から結婚する気がなかったからだ。

 セルタとアスミは数分間、視線だけで会話をしていた。

「セルタ、まさか・・・・・・」

「申し訳、ありません。お父様、お母様、僕はアスミさんが好きで、こっそりお付き合いしておりました」

「も、申し訳ありませんっ!」

 セルタとアスミは頭を下げた。それを見て、ダビィは頭を抱える。二人の間に流れる空気は、紛れもなく本物。

 ミネルヴァが穏やかにダビィを諭す。

「良いじゃない。私達が誰かにどうこう言える立場じゃないわよ。それに、アスミさんの仕事ぶりを見ていたけど、とても真面目に働いていたわ。彼女は良い子よ」

「お前がそう言うのなら。確かに、アスミさんは真面目な方のようだし。おい、セルタ。お前はアスミさんを幸せにする覚悟があるのか」

「も、もちろんです」

 こうもあっさり認められるとは思わなかったのか、返事が慌ただしかった。堂々と言い切らない辺り、セルタらしい。

「アスミさん。セルタは頼りない息子ではあるが、心優しい人間に育った。どうか、見捨てずに一緒にいてあげて欲しい」

「は、はい。お任せ下さい。セルタ王子を不幸にはさせません。お支え致します」

 アスミはダビィの目を見て堂々と誓った。おどおどしているセルタよりも、彼女の方がはきはきしている。その姿に、全員が笑ってしまう。それが収まってから、アスミがおずおずと尋ねた。

「お嬢様、どうして私達のことに気づかれたのですか」

「パーティーの日に、城門前でセルタ王子を待っていたの。彼が来るほんの少し前、あなたは城門前にある木々の間を走っていたでしょ。それからすぐに、セルタ王子がお見えになった。若干遅刻して走ってきたわ。お見えになる時間は決まっていたし、簡単に密会できたでしょうね。まぁ、この段階ではあまり気にしてなかったんだけど。

 確信が強くなったのは、アスミが抜け出したことよ。あの時はセルタ王子と会ってたんでしょ。あれだけ遅かったのは、関所まで行っていたからね。それなら、往復だけでも二時間は掛かる。アクア城一階の窓が開いていたのは、セルタ王子が抜け出したから。アスミと同じように、関所まで行ってたんだわ。

 ここからは想像になるけど、何かしらの方法で関所を通り、話でもしたんじゃないかしら。自分が疑われてて不安だったから、セルタ王子に会いたかったのね。私達がアクア城を訪ねた時に、セルタ王子が眠そうだったのは、アスミと夜遅くまで会っていたから。あの時慌てて部屋に戻ったのは、寝不足なのを怪しまれると思ったからね。最悪、アスミとの関係に気づかれると思った」

 セルタが見つからないように出入りできたと聞いて、ダビィは理解できないという顔をした。あの日、警備兵からは怪しい人物は見ていないと報告されている。それは、セルタだって同じ。彼は王子であって怪しい人物ではないが、出入りをしたら名前が上がるはず。

「待ってくれ、城の警備に抜かりはないぞ。毎日同じように警備をさせて―」

「それが原因です」

 エリリカはダビィ相手に臆することなく断言した。もはや遮る勢いだ。というか遮った。

「あの時も、ダビィ王は『いつもと同じように見回っていた』と仰いましたね。ダビィ王と同じように、セルタ王子もお城に住んでおります。いつもと同じ警備なら、どこを通れば見つからずに出入りできるか、知り尽くしているはずです」

「エ、エリリカ姫の言う通りだ」

「警備の方法を何パターンか作り、ランダムにした方が良いですよ。それで、お二人はどうやって関所を超えたのですか」

 急にセルタとアスミに話を振ったので、セルタは驚いて何も言えなくなる。それに苦笑しつつ、アスミが代わりに口を開いた。

「関所の警備兵の方に、正直にお話したのです。そしたら、こっそり通してくれました。今も秘密を守って下さっています」

「さすがは信頼できる警備兵ね。そして、これが本当に最後の質問よ。ローラ、次はあなたに」

「あたしですか」

 ローラは何を言われるのかと身構えた。自分はエリリカの両親を殺している。何を言われても、どんな罰を言い渡されても、受け入れようと。

「もし、お父様やお母様、ライ大臣が罪を認めて発表していたら、殺すのを辞めていた?」

 少しの沈黙。ローラは何かを考え始めた。想定していなかった言葉に、困惑しているようにも見える。

「発表したくらいじゃ、許せないです。こっちは父さんを殺されてるんですから。実の親を殺されて、やれ罪を認めた、やれ謝った、くらいで許せるはずないですよ」

「そうよね」

 セルタとアスミへのお祝いムードが消え、ただただ重い空気が空間を支配する。今回の殺人事件について、全員が思い返しているようにも見える。

 エリリカは招集した代表として、全員に呼びかける。明るい声を出したので、皆が一斉に顔を上げた。

「それではここで、私達からもご報告があります」

「報告って何かしら」

 重い空気を払拭すべく、ミネルヴァはいつにも増して明るい声を出す。エリリカは視線を一身に集め、大きく深呼吸をした。アリアは、嫌な予感がする一方で、どこか期待をしている自分に気づく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る