第55話 気づいた理由

「警備兵が通したのだから、あの場を通っても怪しまれない人物であることは確かです。また、城内の構造や事情、グラスの色をよく知る人物であることも条件です。城内の構造は、王族と一部の使用人しか入れない四階以上も含みます。平等にいきましょうか。私、メイド長のアリア、執事長のトマス、ライ大臣、勤続年数の長いかつ住み込みメイドのローラとアスミ、ダビィ王、ミネルヴァ女王、セルタ王子、イレーナ大臣。

 ライ大臣の事件を思い出して下さい。犯人の条件が分かりますね。それは、犯人がアリバイトリックを使ったからです。誤認させていた犯行時刻は、『私達が墓地に行った時』。実際の犯行時刻は、『大広間で弔いの歌を歌った時』。なので、誤認させていた犯行時刻には一緒にいて、実際の犯行時刻には一緒にいなかった人物が、犯人です。

 条件一、『弔いの歌を歌っている時には、大広間にいなかった』。条件二、『墓地に移動した時には、一緒にいた』。条件一に当てはまるのは、トマス、ローラ、ライ大臣、イレーナ大臣。条件二に当てはまるのは、私、アリア、ローラ、アスミ、ダビィ王、ミネルヴァ女王、セルタ王子。

 お分かり頂けましたね。あれだけ苦労したアリバイトリックが見破られ、犯人の条件に気づかれてしまいました。そして、二つの条件に当てはまるのは、メイドのローラ、ただ一人なんです」

 部屋中に歓声が上がる。犯人たる条件を踏まえた人が、きっちり一人しかいない。逆に言えば、条件が分かってしまえば簡単なことだった。アリア達は、エリリカの推理を受けて、初めて気がついた。

 歓声を浴びたのが気持ち良かったのか、エリリカは上機嫌になっている。

「条件に当てはまったから、ローラについて考えてみたの。

 十五年前の戦争で、親と死別。終戦後、お父様達が引き取ることになったわ。ローラは私と同い年だから、今年で十八歳。戦争が始まる十五年前は三歳よ。過去の資料を見ると、マーク大臣は死亡時、つまり戦争が始まった年で三十歳。もし、ローラがマーク大臣の子どもだったら、二十七歳の時に生まれたことになる。二人の年齢やローラの境遇を考えて、親子でも不思議ではないと思った。おまけって言ったら失礼かしら。二人は瞳も髪の色も同じよ。栗色の髪に紫色の瞳。遺伝ね。容疑者の中に、髪と瞳の色が完全に一致する人はいない。

 これで、動機との辻褄が合う。ローラはマーク大臣の娘で、父親を殺された復讐のために殺人を犯した」

「あの、ローラさんの苗字が『スタン』ではないのは、どうしてでしょうか。前大臣は、マーク・スタンさんですよね」

 セルタはローラが引き取られた時の状況を詳しく知らない。引き取られたのは戦争が終わったすぐで、国同士の交流がなかったからだ。当然、子どもを一人引き取ったなんて情報、わざわざ教えには行かない。

「ローラを引き取った際に、私の父が別の名前をつけたからです。『ローラ・ウェル』は、本名ではありません。そういえば、あなたの本名は何て言うの」

 自分の話題だと言うのに、ローラは話を振られて驚いていた。大きな瞳を何度も瞬かせている。

「え、本名ですか。リリー・スタンです」

「あなたにとって『ローラ』は、父親を殺した人がつけた名前でしょ。リリー呼びに変えた方が良いのかしら」

「いえ。この呼び方も好きになれたので、ローラで良いです」

 ローラはアリアの方へ視線を向けた。アリアとローラの視線が合う。エリリカは面白くなさそうにそれを見ていた。

「あっそ。じゃ、ローラ。一つ聞かせてよ。毒を盛った時、どうやってアスミが花瓶を倒すように仕向けたの」

「それも、お嬢様の推理で合ってますよ。アスミさんが通る直前、机の端に花瓶を移動させたんです。もちろん、警備兵に怪しまれませんでしたよ」

「これも合ってたのね」

 エリリカは妙に納得した顔をしている。しかし、セルタはまだ質問が終わっていないようだった。エリリカの方を向いて口をパクパクさせている。セルタが質問した後に二人の会話が始まったので、続きが言えなくなったらしい。仕方がないので、アリアが助け舟を出す。さっきまでの強気な態度はどうしたのだ、とアリアは情けなく思った。

「エリリカ様。セルタ王子のご質問が、まだ終わっていないようですわ」

「え、あ、ごめんなさい。何ですか」

 アリアが間に入ったお陰で、セルタが質問しやすくなった。どこかほっとした表情をしている。

「あの、失礼を承知でお聞きします。コジー王達は、どうして殺した人の子どもを引き取ったのでしょうか。名前を完全に変えてしまう理由も分かりません。お二人はローラさんを、自分の子ども同然に可愛がっておられましたよね。それに・・・・・・」

 セルタは言い終わらない内に、自分の両親を見た。やっとアクア夫妻の反応に気づいたらしい。セルタの瞳は、不安一色に塗りつぶされている。

「セルタ王子がこう仰っておりますよ。ダビィ王かミネルヴァ女王のお口から、直接伝えるべきです。正直、私もあまり分かっておりません。説明をお願いします」

「ううむ」

 ダビィは低く唸った後、観念したように話し始めた。青色のおかっぱ髪が小さく揺れる。

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