第50話 イレーナ大臣の事件の真相①

「最後に、イレーナ大臣の死について説明していくわ。

 最初にも言ったけど、イレーナ大臣は毒殺された。この毒は、お父様とお母様を殺した物と全く同じ。これについても、クレバ医師に検死してもらったから確実よ」

 クレバ医師が再び笑顔で手を振っている。

 アクア城へイレーナ大臣を尋ねた日、彼女は帰らぬ人となった。部屋にあったパンの欠片を検分してもらい、同じ毒であることが判明した。これも、動かしようのない事実。

「毒は粉末状だから、普通は飲み物と一緒に飲むわね。それなのに、イレーナ大臣の部屋にあったお茶には、口をつけた形跡がなかった。では、どうやって毒を飲んだのか。いいえ、飲んでいなかったのよ。イレーナ大臣は、手から毒を摂取したの」

「手から摂取? 口ではなくて、ですか。意味が分かりません」

 毒を手から摂取した、と言われても理解できないのは当然。さっきのミスが効いたのか、セルタからは敵意のようなものが感じられなくなった。いつもの調子で会話をしている。

 エリリカはクレバ医師の方を向く。

「毒の性質の説明をお願いします」

「分かりました。

 あの毒は非常に危険な代物です。アクア王国の市販薬を三種類混ぜれば、誰でも簡単に作ることができます。簡単に手に入る材料で、簡単に作れる毒だからと言って、侮ることなかれです。この毒は、飲む以外、触るだけでも死に至ります。直接触ってしまう、毒の染み込んだ物を触ってしまう、といった方法でも助かりません」

 クレバ医師は、おほんと咳払いをした。白い口髭が少しだけ揺れる。

 毒の説明が終わったのを確認し、エリリカは推理の話を再開する。

「イレーナ大臣の部屋で、クレバ医師に説明されたことを思い出したわ。犯人がイレーナ大臣に渡した物、かつ、毒薬の液体を吸収させやすい物は何か。答えは、パンの欠片だった。パンの欠片が落ちていれば、使用人が捨てるはずよ。あの場で『普段は部屋にないけど、あっても違和感がない物』といえば、パンの欠片くらいしか思いつかなかった。それに、パンなら液体の吸収率も良いわ。毒の液体だって簡単に染み込むはず。

 部屋に落ちていても、たいして怪しまれない。毒薬の吸収率が良い。あの部屋で、この条件に一番合う物はどれか。これを踏まえて、私はパンの欠片を疑ったの。持ち帰ってクレバ医師に鑑定してもらったら、大当たりよ」

「この時点で自殺じゃないって分かっていたの?」

 ミネルヴァが不思議そうにしている。彼女達は、エリリカに言われるまで、イレーナ大臣の自殺説を信じていた。いつから他殺説を疑っていたのか、気になるのも無理はない。

「ライ大臣の事件に関する七つの謎を、間違った方向に推理していました。なので、イレーナ大臣が犯人で、三人を殺した可能性もあると思っていました。半々ですね」

「他殺説も考えていた理由は何かしら」

 相変わらず、ミネルヴァはゆっくりとした口調で話している。まるで、気持ちを乱されないように。アリアには、自分のペースを崩さないように、わざとやっているように見えた。クールなダビィの横で大人しく笑っているイメージはあるが、ここまでおっとりした喋り方はしない。

「理由は三つです。

 一つ目は、粉末状の毒薬で死んだにも関わらず、飲み物が減っていないこと。これは話しましたね。

 二つ目は、イレーナ大臣へ送られた脅迫文に、犯人からの要求が書いてないこと。イレーナ大臣が犯人で、脅迫文を送られたから自殺した、と仮定して下さい。メモは部屋にあるため、イレーナ大臣を発見した際に見つかります。メモが見つかれば、そこに書かれた脅迫者の名前や要求によって、自分のしたことがバレます。それを考えれば、二に関しては変じゃないかもしれません。でも、疑う要因の一つにはなります。

 三つ目は、脅迫文と思われるメモではなく、封筒を持って死んでいたこと。イレーナ大臣が犯人で、脅迫されて自殺したのなら、持つのはメモの方です。相手の名前があるなら別ですが、城の住所だけが書かれた封筒を持っていても仕方ないですよ。

 他にも、遺書がないとか色々考えましたけどね」

「封筒を持っていたことは、私も疑問に感じていたわ」

 ミネルヴァは頬に右手を当てて呟いた。このミネルヴァの表情は、本当に不思議そうに見える。

「次は、イレーナ大臣がどうやって殺されたのか。あの場所で重要な物は、謎の人物からのメモと封筒、パンの欠片と薬の包み。犯人は、これらを封筒に入れて、イレーナ大臣に送ったのよ。薬の包みは、毒薬を飲んで自殺したと思わせるため。毒薬を飲んで自殺したのに、すぐ近くにゴミがないとおかしいでしょ。

 イレーナ大臣の死亡推定時刻は、発見された日の前夜。この手紙は、発見前夜の二十三時以降に配達された物になる。ここで覚えておいて欲しいのは、この日、アクア城を担当した配達員は足に怪我をしていたということ。彼自身、配達はいつもより二十分から三十分遅れた、と言っていたわ」

「配達の時間が遅れたことに、何の意味があるのだ」

 ダビィの瞳は今度こそ答えてもらうぞと訴えている。

 事件と配達員が足に怪我をしていたことの繋がりは、アリアにも分からない。確認したいというエリリカについて行ったが、繋がりどころか、確認したいことにすら気づけなかった。

 さすがに申し訳なくなってきたのか、エリリカは眉を下げて笑っている。

「順番に説明します」

「わしの質問だけ後回しにしてないか・・・・・・」

「本当に偶然なんですよ」

「う、うむ」

 ダビィは珍しく残念そうな顔を見せた。

「イレーナ大臣は、二十三時半以降に封筒を開けた。二通あった内の一通は、私達が訪問することを伝えた手紙。そして、問題はもう一通の方。これが、メモとパンの欠片が入っていた封筒ね。

 犯人から届いた封筒を開けて、最初にメモを読んだ。その後、パンの欠片を素手で取り出した。クレバ医師から説明があった通り、あの毒は触るだけでも死に至るわ。右手の親指と人差し指に毒がついていたのは、パンの欠片を摘まんだからよ。

 片手に封筒を持って、片手でパンの欠片を取り出した。この時に毒が回って死んでしまったのね。だから、手に持っていたのは封筒だったのよ」

 イレーナ大臣も、封筒にパンの欠片が入っているとは思わなかっただろう。それも、毒が染み込んだ。

「いくら毒性が強いからって、そんなにすぐ死ぬもんなんですか」

 ローラは面白くなさそうに口を挟む。

「クレバ医師にも確認を取ったわ。これだけ染み込んでいれば、素手で触った場合、ほぼ即死だそうよ。それに、お父様達だってワインを飲んですぐに死んだわ」

「しっかり鑑定したので間違いありません。あれだけ染み込んでいれば、ほぼ即死です。取り出してすぐ、封筒を持ったままお亡くなりになっていても、不思議ではありません」

「へ~」

 途中、ローラがクレバ医師の方を見たので、彼は簡潔に説明した。クレバ医師の表情は真剣そのもの。彼が優秀な医師であることは周知の事実なので、疑う者は一人もいなかった。

「納得してくれたみたいね」

「ま、待って下さい。確かに、パンの欠片は部屋にあっても違和感がありません。パンを食べ零したのか、と思われるくらいです。でも、今の推理みたいに、目立って気づかれる可能性はあると思います。もっと別の、怪しまれない物を使おうとは思わなかったのでしょうか」

 セルタは自信なさ気に手を挙げた。完全に、いつものセルタに戻っている。

 パンの欠片なら、部屋に落ちていてもそれほど気にはならない。サイズは爪くらいだから、どちらかと言えば小さい方だと思う。しかし、全く目立たないわけでもない。現に、あの場の全員が気づいた。犯人はそれで良かったのだろうか。

 エリリカは質問したセルタの方を見る。

「犯人は、パンの欠片を回収する手段を、ちゃ~んと考えていたんですよ。犯人が考えていた回収手段、それは鳩です」

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