第32話 イレーナ大臣の部屋

 イレーナ大臣の死体を運ぶため、城の警備兵を五、六人呼んで廊下に待機させる。彼らがフレイム王国の病院まで運ぶことになった。病院は城のすぐ近くにある。二時間もかけて人一人を運ぶのだから、警備兵のような、体力や筋力がある者でないと務まらない。

 結局、一人で残るのも微妙だということで、アクア夫妻とエリリカ、アリアの四人で部屋まで移動した。

 イレーナ大臣の部屋の配置も、フレイム王国の部屋の配置と線対称になっている。入り口から向かって右手に暖炉と水瓶と本棚、左手には机と椅子が二脚、それにベッドが置かれている。天井のシャンデリアは、ここでも眩しい光を放っていた。

 そう、この部屋の持ち主であるイレーナ大臣の死体さえなければ、快適に過ごせる空間なのだ。

「好きなように調べてくれて構わない。わしらはこの椅子に座って待っている」

「ありがとうございます」

 ダビィとミネルヴァは静かに腰を降ろした。早速、エリリカとアリアは捜索に取り掛かる。アリアは、できるだけイレーナ大臣と目を合わせないようにして周りを見た。死体を見ることに慣れなどない。

 扉の反対にある椅子の隣で、イレーナ大臣は暖炉を見る格好で倒れている。横向きなので、左手が頭の下敷きになっていた。左手の横には手紙の封筒が、右手の横には一欠けらのパンが、落ちている。机の上には、メモが一枚と別の封筒、一回分の薬の包みに、ラップのかかったおにぎりとお茶が、置かれていた。

 エリリカとアリアは、中腰になって周りを観察する。

「まずはイレーナ大臣の周辺から見ていきましょ。警備兵に運んでもらわないといけないからね。彼女は椅子の横に倒れているし、座った状態で亡くなったようね。隣には封筒に・・・・・・パンの欠片? なんでこんな物が」

「イレーナ大臣がお願いなさっていたのは、おにぎりですわよね」

 ダビィの話では、イレーナ大臣が注文したのはおにぎりとお茶。机の上にもそれしか置いていない。パンがあったかもしれない、空のお皿も存在しない。

「部屋に籠る前にパンを食べたのかもしれないけど、この大きさの欠片は気づいて捨てるはずよ。爪のサイズくらいはあるし」

「それから封筒ですわね。机の上の封筒がエリリカ様の送った手紙でしたら、こちらの封筒は誰が送ったのでしょうか」

 封筒に送り主の名前はなく、アクア王国の住所と「イレーナ・スノー様へ」という文字しかない。書かれている文字はお世辞にも綺麗とは言えず、辛うじて判読できる程度。これでは、筆跡から送り主を特定するのは無理だろう。

「送り主が書かれてないから、分からないわ。机の上の脅迫状が、この封筒で送られてきたのは間違いなさそうね。

 でも、変じゃない? メモか封筒、どちらを持って自殺するのかって言われたら、普通メモよね。送り主の名前があるなら、『その人を思って』とかでありそうだけど、書いてないんじゃ見てもしょうがないわ。脅迫文ではなく、なぜ封筒を持って自殺したのかしら?」

「封筒に意味があるのでしょうか」

 二人でもう一度確認したが、表にも裏にも封筒の中にも他の文字は見つけられなかった。

 エリリカはしゃがみ込んで、イレーナ大臣の周りを一周する。見落とした部分はなかったようで、アリアの方を向いて頷いた。

 イレーナ大臣の周辺は見終わった。死体をクレバ医師の元まで運ぶよう、警備兵に指示を出す。彼らは死体を担架に乗せて、ゆっくり階段を降りていった。イレーナ大臣のことは、クレバ医師の検死結果を待つだけになった。

 続いて、机の上に目を向ける。

「次は机の上ね。机の上にあるのは、メモと封筒、薬の包みにお茶とおにぎり。机の上にある封筒は、昨日私達が出した手紙ね。一応、中身だけすり替えられてないか、見ておきましょ」

 エリリカが机の上の封筒を手に取る。中から出てきた手紙は、彼女が昨日書いた物だった。手紙を封筒に入れて戻すと、次は飲食物に目をつける。おにぎりは皿が埋まる数だけ置いてあり、これ以上乗っていたようには見えない。お茶はコップいっぱいに注がれており、飲んだ形跡が見受けられない。おにぎりにもお茶にも、手をつけた形跡は一切なかった。

「お茶とおにぎりも念のために調べてもらいましょ。ダビィ王、これを持ち帰る入れ物を貸して頂けませんか」

「良かろう。クレバ医師の元まで運ばせようか」

「いいえ、これは私が持って行きます」

 執事が入れ物を持ってきたので、エリリカがお茶とおにぎりをつめる。気のせいか、アリアの角度からは他に何か入れたように見えた。アクア夫妻からは死角になっていて、気づいていないようだ。

 次に、エリリカは薬の包みを見た。

「これは薬の包みね。ダヴィ王、これはイレーナ大臣の常備薬でしょうか」

「違う。それがど―」

「常備薬ですわ」

 今まで黙っていたミネルヴァが、大きな声でダビィを遮る。勢いよく叫んだせいでピンクの髪が大きく揺れた。ダビィははっとして咳払いで誤魔化す。

「あらやだ。すみません、大きな声を出して。続きをお話しになって」

「ああ。いや、すまんな。常備薬か毒かはよく分からんのだ。イレーナ大臣に外傷はないので、毒で自殺したのは確かだろう。しかし、その毒が何かは知らん。もちろん、その包みが毒薬の物なのかも知らん」

「そうですか」

 エリリカはあまり興味なさそうに答える。目線は机の上のメモに向けられていた。裏返っているから、何が書いてあるのかは分からない。エリリカは右手でゆっくりとメモを裏返す。アリアの鼓動が一層早くなった。思わず息を止める。メモ一枚を裏返すだけなのに、何時間も経ったかのような感覚に陥った。

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