第20話 第2の事件、その現場

 聴こえてきた声に驚き、エリリカとアリアは振り返る。廊下には、血相を変えたイレーナ大臣が立っていた。

「わっ、イレーナ大臣!? どうしてここへ」

「食堂にいたら凄い音がしたので、見に来たのよ。ライ大臣は残念でしたね。念のために、クレバ医師に来て頂いた方が良いわ」

 イレーナ大臣は顔の皺を寄せ、悲しそうにしている。エリリカが何か言おうとした時、階段を上る音がした。次に顔を出したのは、セルタ王子だった。彼は失礼に当たらないよう、開いている扉を二度ノックする。

「あの、何かお手伝いできることはありますか。父から言われたので来ました。えっと『エリリカ姫のお手伝いを』とのことです。それと、あの、墓地にいる国民は父が指揮するとも言っていました。でも、僕にできることなんて無いですよね」

「セルタ王子も来て下さったのですね。アリアにライ大臣の脈を確認させます。お二人はその様子を見ていて下さい。脈の確認以外は何もしていないという、証人になって頂きたいのです」

 イレーナ大臣とセルタが返事をしたので、アリアは周辺を荒らさないようにライ大臣の横にしゃがむ。そっと手首を掴んで脈を測った。

「止まっております」

「そう・・・・・・」

 エリリカは辛そうな顔でライ大臣を見た。倒れているだけではなく、確実に死んでいる。フレイム城で三人目の犠牲者。すぐに犯人を見つけられなかった自分に、不甲斐なさを感じた。両目をきつく閉じ、大きく深呼吸をする。今の自分ができること、するべきことを脳内で反復する。エリリカが両目を開いた時、再び松明の火のような輝きが灯っていた。

「まずは、二手に別れて行動しましょう。私とイレーナ大臣で五階から、アリアとセルタ王子で三階から、それぞれ四階に向かって部屋を捜索します。犯人がどこかに潜んでいるかもしれません。報告後、セルタ王子はクレバ医師を呼びに行って下さい。病院の場所は分かりますよね。イレーナ大臣とアリアは、私と一緒にこの部屋を見ていきましょう。犯人の痕跡があるかもしれません」

 アリアの指示通り、二手に別れて三階から五階までを細かく捜索した。結果は収穫なし。二人ずつで部屋を見ていったが、どちらにも怪しい人物は発見できなかった。

 報告後、セルタは音を立てて階段を降りていった。フレイム王国とアクア王国の街並みは、線対称になっている。病院の場所はすぐに分かるはず。

 エリリカが死体周辺の検分に当たり、アリアとイレーナが彼女を見張る、という分担になった。エリリカは死体に触れないよう、部屋中を見て回る。

 エリリカは視線を暖炉に向けた。暖炉に面している壁部分には、一本の火かき棒が掛けられている。暖炉の両脇には松明が一本ずつ飾られている。松明は、この国の守護神がもつ大切な物。松明自体も国民にとっては宝とされている。それはアクア王国も同じで、水瓶は国民にとっての宝である。

「窓が開いているのに暖かいなと思ったら、暖炉を焚いていたのね」

「ライ大臣は明らかにお顔の色が優れないご様子でしたわ。寒くなって暖炉を焚かれたのではないでしょうか」

「それなら、窓を閉めるはずよ。もし寒くて暖房を焚いたのなら、どうして開けたままにしたのかしら」

 今は春先。まだ肌寒さが残る季節。体を温めるために暖炉を焚くのは分かるが、窓を開けては外の冷気が入ってしまう。暖炉を焚く行為と窓を開ける行為が、矛盾しているのだ。

「椅子や机を見る限り、争った形跡はないようね。ただ、ベッドが使われていないのが気になるわ」

「執事が朝整えたままの状態ですわね。皺一つありません」

「あれだけ体調が悪そうなら、普通はベッドで寝るわよね。本人が体調悪くて休みたいって言ったんだから」

 ベッドメイキングは、メイドや執事の初歩。メイド長のアリアは完璧にこなせる。そのアリアが見れば一目瞭然で、ベッドは朝整えられたままだ。明らかにベッドは使われていない。

「それからあの箱ね」

 エリリカの指さした先には、赤色の箱が二つ置いてある。サイズはそれほど大きくない。誰でも運べる大きさだ。

 アリアはまた謎が増えたと頭が痛くなった。が、二つの箱に関しては、意外なところから意外な答えが返ってきた。

「その箱、私達が頼まれて運んだものなの」

「私達、ですか? それって」

「あなたのところに昔からいるメイドの・・・・・・確か、そう。ローラさんよ」

「イレーナ大臣とローラがっ!? すみません、そのお話詳しく聞かせて下さい」

 エリリカは前のめりになってイレーナ大臣に詰め寄る。その勢いがあまりにも強かったので、イレーナ大臣は珍しく吹き出した。しかし、すぐに真剣な表情になって記憶を遡る。

「誰かは分からないのよ。ごめんなさいね。ただ、私が休んでいると、食堂に人が入ってきたの。『これを四階まで運べ』って、その箱を持ってきたわ。お城にいる人なら安心だと思って、箱を持って行ったの。そしたら、四階でローラさんに会ってね。同じ箱を持っていたから、理由を聞いたの。私と同じだったわ。先に箱を置いたローラさんは、すぐに持ち場へ帰っていったはずよ」

 イレーナ大臣の答えに、エリリカとアリアは顔を見合わせる。死んでいるライ大臣の部屋にある箱。それをイレーナ大臣とローラで運んだ。解明しないといけない謎が、またしても増えた。それでも、エリリカはめげずに突き進む。

「その人の特徴は覚えてますか」

「長いローブにフードを被っていたから、姿が見えなかったの」

「ローブの色とかはどうですか」

「ごめんなさい。私ももう歳ね」

 イレーナ大臣が残念そうに首を振ったところで、階段を上がってくる音がした。セルタ王子とクレバ・アルト医師が入ってくる。

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