第36話 突破
二人はタヌキの処理をしている手を止めて顔を上げると、目の前には20人を超える集団が向かってくるのが見えた。
煙たい匂いが風に乗ってやってきたのは、恐らく集団の先頭にいる人間が火のついた松明を持っているからに違いない。
「また盗賊か??」
「かもしれない…………」
ミドリとアンリはお互い弓と剣をいつでも動かせる態勢に整えてから集団が近づいてくるのを木の陰に隠れて待った。
すると集団の中から森中に響き渡るような大きな声が発された。
「そこに居るのは分かっているんだぞ、二人組のガキがな!」
(アンリ、ばれてるぞ、出ていくか?)
(いや、まだ駄目だ。本当に向こうにこっちの位置がばれているのかは分からない。こっちを誘い出すために言っている可能性がある)
二人は木の陰に身をかがめたまま声を潜めてどうするかを考えているが、その間も集団の中から隠れる二人に対して語り掛ける声は続いている。
二人の位置が集団にばれているかは分からないまでも、足取りは確かに二人が隠れている木陰へと向かっている。
「出てこないのかー?分かってるんだぞ?素直に出てきた方がいいんじゃないかー?」
(何者なんだ、あの集団は。俺たちのことを探す理由が分からない)
(ただの盗賊、なら隠れてる人間二人をあんな大所帯で追うとは思えないよね。そうなると、まさかとは思うけど、この前の盗賊の仲間ってこともあるのか……)
「どうしたー?出てこないのなら森に火を放っても問題ないよなぁー?そうしたら流石に出てくるのかなぁー」
一人が再び大きな声でそう言うと、集団から笑い声が起こった。著しく気分を害する反吐の出そうな声である。
(アンリ、駄目だ、もう行こう)
(まて、ミドリ。………おい、待てッ)
気持ちの悪い笑い声を聞いたミドリは頭に血が上ったのか堪えきれなくなってアンリの制止を無視して木の陰から飛び出した。
ミドリが飛び出すと、賊のリーダーと思われる人物が右手をスッと上げて集団の行進を止めた。
「お、ようやく出てくる気になったか。まずは先にこれを言っておこう。………世話になったな、うちの仲間が」
集団の間をかき分けて先頭に出てきた男はそう言った。
一人だけ来ている服が鮮やかで、おそらく集団のトップだということは直ぐに分かった。
「お前らやっぱりこないだの盗賊の仲間か。だけどな、言っておくがあれは俺たちから仕掛けた戦いじゃない!お前らの仲間が勝手に仕掛けたんだ!」
ミドリは賊のリーダーに対して言ったが、それを聞いた賊の集団からは再び笑いが起こった。
「甘い、甘すぎるッ!フハハッ、自分たちから仕掛けたかどうかなど事の問題ではない。重要なのは貴様らが俺たちの仲間をやった。それだけだ。だが誉めてやろう、最初に俺たちの仲間をやったのがガキ二人だって聞いた時は自分の耳を疑ったよ。……どうだ、今なら貴様らが俺たちの仲間をやったことは忘れてやる。その代わりに俺たちの仲間に入らないか。強い奴は歓迎するぞ」
賊のリーダーは飛び出したミドリと、遅れて出てきたアンリに対して言った。
先日出会った盗賊の頭がトップなのかとミドリとアンリも思い込んでいたが、賊は大きなグループだったらしく、以前倒したのは分隊のリーダーに過ぎなかったらしい。今目の前にいる賊のトップは前に見たそれとは雰囲気が全く違う。
「入るわけないだろう。僕たちはお前らみたいな蛮族の仲間には入らない!」
アンリは隠れていたところから飛び出してしまった以上は覚悟を決めて賊のリーダーの言葉に抵抗した。
またしてもアンリの言葉を賊たちの笑い声が包み込む。
「ハハハ、面白い。勇敢だな、小僧。だが、もう少し賢くなるべきだ。お前らは二人、俺たちは二十人を超えている。簡単な計算だ。5人には勝てたかもしれない、だがな、二人ではこの大人数にはどうにも手出しは出来まい。二人で頑張って5人を倒して気分はいいかもしれないが現実を見るべきだ。それでもお前たちは仲間に入らないというのか」
言葉にはしていないが、それは仲間に入らなければ攻撃をするという脅しそのものだった。
アンリは少し怯んだが、ミドリは怯まない。
そしてアンリはこういう場合にミドリが決して悪に対して屈服する人間ではないことはもうすでに分かっていたため、静かに矢筒と弓に手を伸ばした。
「それでもお前らの仲間に入るつもりは無い!」
「…………そうか、それは残念だ。話の通じるやつかと思ったんだがな。所詮はガキってことか。身の程をわきまえるってことを教えてやろう!やれ!お前ら!」
賊のリーダーがそう指示をすると、気負いよく20人を超える賊たちが激しい声を上げながら前に立つミドリに対して飛びかかった。
ミドリは素早く剣を抜くと、どこから攻撃を繰り返されてもいいように隙なく構えた。
まず最初にミドリの元にたどり着いて飛びかかってきたのは7人程度だった。
(まずは右、そしてそのまま奥。次に体を反転させてから左、右…………)
ミドリは頭の中で飛びかかってくる賊との距離感を素早く計算してどのような導線で動くかを反射的に理解した。
そしてその通りまず右の賊の攻撃の前に棒を振り上げてがら空きになった脇腹に蹴りを入れ、そのまま奥の相手に剣の柄を勢いよく顔面に押し付けるように叩きつけ、素早く体の向きを変えると、左の相手に剣を持っていない方の腕でラリアットを食らわせ、押し倒す勢いそのままに右手から来る相手にはドロップキックを腹にお見舞いした。
流れるような速さで素早く四人を地面に落とすと、そのまま外側から向かってくる三人も同じようにしてほとんど剣を使わずに土を舐めさせた。
あっという間に7人も落としたミドリの様子をみた賊のリーダーはさすがに驚いたのか言葉を失っている。
「そういえば、賊のリーダーさん、さっき言ってたよね。二人で頑張って5人倒したって。だけどそれは情報違いだよ。五人をやったのはほとんど全てミドリ、彼ただ一人だ。何人束でかかろうと彼は負けない!」
アンリはそういうと、ミドリが倒した賊の手下たちの足を次々に射抜いていった。
そのため、完全に戦闘不能になっていないとはいえ、再び動き出して攻撃に転じることはほとんど不可能な状態になっている。
「……これまでとは…………もういい!お前ら下がれ!行け!ゾンダン!」
賊のリーダーがそういうと、ミドリに向かっていた手下たちは下がり、その代わりに大柄な鉈のような太い武器を持った男が前に出てきた。
見た目からもこの賊の中でも随一の実力を有していることが容易に想像できた。
「貴様、少しはやるようだな。だが、このゾンダン、容赦はしないぞ」
大柄な体格で、ゆっくりと向かってくる様子から素早くは無さそうである。大柄な男は鉈のような武器を器用にくるくると回して歩いてくる。
ミドリは息を整えてゾンダンが向かってくるのに備えようとしたが、それは遅かった。
ゾンダンはミドリとの距離がある一点を過ぎると一気に加速し、ミドリまでの数メートルあった間合いを一息で詰めると、そのまま鉈をミドリの首を一振りで落とせるような勢いで振り払った。
あまりの速さに咄嗟に足が動かなくなったが、ミドリは間一髪で何とか剣で鉈の攻撃を受けることにだけは成功した。目の前のほんの数ミリまで迫った武器の刃と刃のぶつかる衝撃にミドリは思わず目を瞑り、あまりの重い一撃にその衝撃で後方に勢いよく吹き飛ばされた。
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