第21話 匂い


 「ミドリがやったの?…でも、あそこからどうやって……」


 二人は目の前に広がる光景が信じられずに戸惑いを隠せなかったが、ビッグロープは倒れ、ミドリは立っている。この意味を少しずつ理解し始めた。


 ミドリは突き刺した結晶の剣から手を離すと、全身の力が脱力したようにビッグロープの頭部からずるりと落下し、洞窟の地面に落ちた。


 「ミドリッ!」


 二人が駆け寄るが、ミドリは完全に気を失っている。


 「ルナ!ミドリは!?」


 ミドリの体を自分の腕を脇の下に差し込んで起き上がらせたアンリはルナに聞いた。


 「大丈夫、脈はあるし心臓も動いているわ。だけど、血を失いすぎている…。早くここから出て治療しないと!」


 「あぁ、もう僕が担いで行ける!この化け物も倒れているし、今はとにかくミドリを助けることを優先させよう!」


 二人は協力してミドリをアンリの背中に乗せ、出口を探そうとしてビッグロープの前を後にしようとしたとき、目の前で何かが動いたような気がした。


 「…………フフフ。ハハハハハ…………。…………愚かなニンゲンの子らよ」


 二人は聞こえてきた声にまさかと思い足を止めると、そこには再び起き上がろうとするビッグロープ姿があった。


 「そんな、動けるはずはないッ!頭に剣がぶっ刺さっているんだぞ!」


 「……そんなはずはない、か。それはニンゲンの価値観であろう。既に言ったはずだ、私は妖魔も、ジンルイをも超越した存在である、とな。病気や寿命、傷、体力という概念を捨て、死という恐怖を克服した存在なのだ」


 「し、死なないなんてありえないわ。た、倒せない、無敵だわ。こんな化け物……」


 「ミドリもこんな状態だ。僕らだけじゃ戦えっこない!」


 アンリとルナは立ち上がったビッグロープを前に蛇に睨まれた蛙のように動けなくなって固まっている。


 「動けぬか。その背中に背負っているニンゲンとは違うようだな。確かに先程の頭に食らった一撃も効いた、私の拳を受けるニンゲン離れした力には驚かされた…………」


 ビッグロープゆっくりと二人に近づき巨大なサイガの不気味な顔を近づける。


 だがアンリとルナには見向きもせずに、アンリの背中に背負われたミドリばかり見ている。


 「このような力をもったニンゲンは久しく見ない。……ここで失うのは惜しいがとどめは刺さねばならない。油断し、身を滅ぼすのは利口ではない…………だが、この匂い…………」


 ビッグロープは固まる二人を他所に首を伸ばして特徴的な鼻をミドリにこすりつけるようにすると匂いを気にするように鼻をヒクつかせた。


 「…………この匂い…………いや、まさかな……」


 ビッグロープはミドリの匂いを嗅ぐと突然動揺し訳の分からないことを呟き始めた。


 「アンリ、あの化け物は何を動揺しているの?匂いって何のことを言っているの?」


 「分からない、僕にはさっぱり分からない。分からないと言えばこの洞窟に入って化け物に出会ってから何もかも分からない!」


 「…………貴様。どこの生まれだ…………」


 「僕は生まれは分からないが………育ちは、ニルディだ」


 「違う、貴様ではない。その背負っているニンゲンだ」


 ビッグロープは巨大な人差し指でミドリを気を失っているミドリを指さした。


 「ミドリは、分からない…………」

 

 「ミドリはこの世界の人間じゃないわ!記憶を失って倒れていたのよ!」


 要領を得ないアンリに変わってルナはビッグロープに向かって叫んだ。


 その透き通った声は洞窟内に響き渡り、静寂が辺りを包み込んだ。


 ビッグロープはルナの言葉を聞くと驚いたような顔を見せ、俯き、体を震わせると突如不気味な笑みを浮かべて何かわかったような表情をしている。


 「…………なるほど。これでようやくそのニンゲンの力の源泉たる所以が分かった。…………観測者であったか…………。ならばそのニンゲンの行く末を見てみたい………」


 ブツブツとアンリとルナには訳のわからないことをビッグロープは呟き始める。


 「…………その者の行く道が、魑魅魍魎、悪鬼羅刹の蝟集する険道かどうか………それはきっと異形のものにも分かるまいな。否、予測の仕様がないといったところか。……なるほど、であれば、ここで私が手を下すのは天に唾する愚考というわけか…………」


 そしてビッグロープはアンリとルナに対して言った。


 「貴様らニンゲンの子よ!…………私も手負い、お互いここは手を引くのがいいだろう。…………いずれ縁(えにし)に導かれし連鎖の果てに再び相対することになるだろう…………」


 ビッグロープはそう言い放つと両こぶしを地面に叩きつけて地面を崩壊させ、激しい土煙を巻き起こさせた。


 そして再び土煙が収まるころにはアンリとルナの目の前から巨大な化け物は消え失せていた。

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