第13話 告白


 ルナに不審がられたことをきっかけにミドリは話を切り出すことにした。


 ルナの方が分かる話もあるかもしれないので、ミドリはどちらにせよこの場で話をしようと思っていたため覚悟を決めた。それにずっとこの気まずい空気を続けるわけにはいかない。お互いやましいことが無くとも何となくで気まずくなってしまうことはあるだろうが、アンリやルナと今そうなるのは好ましくない。


 「問題ない。今日話すと言ったのは僕の方だからな」


 アンリはそれを承知した。


 が、そこでやはりルナは不思議そうな顔をした。それも当然の反応で、この会話だけで何かを察せたのであればエンパスか、もはやテレパシーの類である。


 「ちょっと待って二人とも。話ってどういうこと?」


 このルナの問いには隣に座っていたアンリとミドリはどちらが答えるか顔を見合わせたが、アンリが無言で頷いて見せたのでミドリが答えることにした。これから質問をする側としてもそのきっかけを話すことは円滑に会話を進めるためにきっとその方が良いだろう。


 ミドリは大きく息を吸ってからゆっくりと吐き、話を始めた。

 

 「俺が記憶を失ってあの森の近くで倒れていたのはもう説明したから二人とも分かっていると思うけど、とはいえ俺はこの場所、というかこの世界の住人ではそもそもなかった気がするんだ。記憶が無いとはいえ、知識はある。井戸の汲み方も知っているし、教会も村も、食べ物の種類も味も知っている。だけど妖魔については知らなかった。それに天にまで届きそうな、ずっと見えているあの建物、それも知らない。俺の知っている世界で一番高い建物はせいぜい800メートルくらいなものだ。だから、ここは俺の元居た世界とは違う場所なんじゃないかと思ったんだ」


 ミドリは話の導入として自分のいた世界とはここが違う場所であることを前提にしてもらうために今の彼の考えを示した。二人ともそれに異論はないらしい。彼らとしてもミドリの様子から薄々感じているのかもしれない。


 そしてミドリは続けた。


 「だから俺は二人にこの世界について一から教えて貰わなければ何一つ分からないんだ。それで昨日部屋でアンリに質問をしようとしたんだけど、昨日は疲れているし結局今日質問を聞いてもらえることになったんだ。それで、ルナの方が分かることもあるかもしれないし、この場で二人に教えて貰いたいんだけどいいかな」


 アンリからは承諾を貰っているため、このお願いはほとんどルナに対してのものだったが、アンリは再度了解をして、ルナもそれならばと快く頷いてくれた。


 「それで早速一つ目なんだけど、あのずっと遠くに見えている有り得ないほど高い建物は何なんだ。この村は良い意味でアルカイックというか、木と石でできたような小さな村に見える。水は井戸から汲むし、食べ物は基本的に自給自足、弓矢を使ったり、生活がプリミティブ、要するに原始的なんだ。気を悪くしないで欲しいんだけど、俺のいた世界はもっと文明が発展していた。この村には無いものがたくさんあった」


 ミドリのこの言葉はアンリやルナの育ったニルディの村を後進的な文明だと言っているように聞こえて反感を買ってしまうような言い方だったが、二人は怒らずに聞いてくれている。それも何か知っているような雰囲気をミドリは感じ取ったが、そのまま続けることにした。


 「ただ、このニルディの村だけでなくこの世界全体としてこのような文明を進んでいるのだとしたら俺もそこまでの疑問は感じなかった。だけどその考えは否が応でも否定される。だって視界には常に超高層の、それもとても木や石でできているとは思えないビルディングが遠くに見ているのだから。あれだけの建築物は俺の世界にも存在しなかった。だからあれを完成させるほどの技術力を有していながらまるでその恩恵を受けていない村もある。この差に違和感を感じたんだ。だからまずはあの建物について知っていることがあれば教えて欲しいんだ」

 

 ここでまずミドリの一つ目の質問を終えた。


 逐一受け答えをするのは鬱陶しいと感じられるかもしれないので、できる限りミドリは今自分の感じていること、考えていることを一度に話すことでルナやアンリから一度にそれらの疑問に回答してもらえるようにした。


 ルナやアンリはミドリのこの質問を受けると、途端に真剣な顔になった。この二人の表情を見るとやはり何か知っているに違いないとミドリは感じた。


 ルナはアンリに回答を任せたのか全く話し出す様子が無かったのでミドリはアンリの方を見ると、彼は目を瞑って何かを考えるポーズをとって、たっぷり30秒ほど考えてから目を開いて質問への回答を語りだした。


 「あの建物、あの忌々しい建築物。あれの話をするに付随して僕たちのことも話さなければならないだろうな……。ルナ、いいね?」


 「うん、仕方ないわ。それに、これからこの村で、ミドリの言うこの世界で生きていくなら知っておかなければならないと私も思うわ」


 きっとこれから話すであろうミドリの知らない話をするに当たってアンリはルナに許可を取った。二人について、と言ったのできっと彼らはあの巨大な塔と関係があるのだろう。ミドリはそう解釈をした。


 「ミドリ、まず重要な事実を一つ開示しなきゃいけない。……僕とルナは、元々孤児なんだ」


 「孤児…………」


 アンリが最初に言ったのはミドリの予想しないものだった。


 ルナはアンリの言葉に悲しそうに目を伏せている。


 「これはセンシティブな話題に触れると思ってミドリが気を遣って聞かないでくれたのかもしれないけど、おかしいと思わなかったか?僕とルナの両親はどこにいるんだって」


 その言葉を聞いてミドリはハッとなり、そして思い出した。確かに彼は最初に二人が森で助けてくれた後に彼らの村に連れて行ってくれるという話になって、その際に教会を「自分たちの家」と紹介されたことに違和感を感じていたことを思い出した。


 言葉の綾ということもあるし、普通であれば気にしない程度のことなのだが、案内された場所が教会であるならば違和感を感じてもおかしくはない。そして確かにミドリは感じていた。二人の両親はどこにいるのか、と。だが、それもアンリの言う通りセンシティブな話題に触れるし、出会って直ぐの関係値で無暗に踏み込んでいい問題ではないと感じて聞かなかったし、それに他にも考えることが多すぎて今の今まで忘れていたが、教会に住んでいて親がどうしているのか分からない二人の男女というのは考えてみればこの上なく不自然な事ではないか、と今更ながら感じた。


 「確かにそうだった、そんな顔をしているね。そう、僕たちに両親はいない。こうして生まれているわけだからどこかにはいる、若しくはいたのかもしれないけれどね。でも僕たちは物心ついた時には教会でターニャの手によって育てられていた。だから両親を知らないんだ。僕とルナは別々の親から同じ時期に捨てられたか、両親とも同じような事故か何かで亡くなったかで教会に預けられた子供だったんだ」


 「でも勘違いして欲しくないのはそれで私やアンリは同情して欲しいとか言うわけじゃないのよ、これは本当。私たちは本当の親を知らないけれど、親の愛情は知っているわ。ターニャは私たちのことを実の子供同様に育ててくれたの。そしてそれは普通の家庭よりも深く愛情をもって育ててくれた。だから何不自由なくここまでこれたの」


 ルナは本当にターニャを慕っているらしい。彼女の言葉にアンリもミドリの目を見て頷いていることからきっと共通の意見なのだろう。


 ミドリも二人が孤児だからと言って見る目を変えるほど人格が破綻してはいないし、彼自身も親子の絆というのは血よりもかけた時間や愛情の方が優先されると考えている人間なので彼らの考えには賛同する。


 それに、ミドリ自身も記憶をなくして親の名前すら思い出せない状態なのである。そんな人が孤児だと聞いても今更である。同じような境遇、もしかするともっと酷い。


 彼らが見ず知らずのミドリに優しくするのはそんな境遇に同じ匂いを感じたのかもしれない。


 「そうだ、僕たちは孤児だが同情する必要はない。それに、僕たちが孤児であろうとミドリにはほとんど関係のないことだから安心して話せるわけなんだけどね。この年まで成長すればそんな事実も呑み込んで上手くやっていける。幸い、同じ境遇のルナが側にいたから辛くもなかった。だけど…………」


 アンリはそこまで言って言葉を詰まらせた。ルナにはきっと彼が何を言おうとしているのか分かるのだろうが、ミドリにはまだそれが分からない。孤児であるという、ともすれば一生抱えていかなければならない心の傷が霞んでしまうほどの事実、それがきっとあるのだと予想した。


 「だけど、僕たちには、僕にはどうしても許せない、耐えられないことがある。その時ばかりは僕が、僕自身が孤児であることをただひたすらに恨んだよ」


 彼は悔しそうに唇を震わせて言った。肩や拳に力が入っているのが良く分かる。温厚な彼にしては珍しく、というか初めて憤怒している様子を見るかもしれない。


 アンリはきっとその先の言葉をきちんと言う、話すと言った約束はきちんと守る人間なのは知っている。だからミドリもルナも黙って待っていた。


 「…………ミドリは昨日言ったよな、どうして空き部屋がたくさんあるのに僕と同部屋なんだって。勿論、ミドリが一人部屋がいいとか、僕と一緒の部屋が嫌だとかそういう我がままを言っているわけじゃないことは分かっているよ。確かにあれを見れば誰だって疑問に思うはずだ。あんなに並んでいる空き部屋を見ればね」


 ここでミドリの昨日聞きたかった話題へとシフトした。これが彼らが孤児であることとどう結びつきがあるのかは分からないがきっとあるのだろう。教会だから孤児を受け入れるというのは真っ当に見える。なので孤児である二人が教会で生活させてもらっているというのは納得である。


 しかし、特別にあの教会で孤児を色々な場所から集めて育てているという事情が無い限り孤児というのはそうそういるものではない。なのであれだけの空き部屋を埋めるほどの孤児がいるとは思えない。だからこそ違和感感じるのである。使用中でもないにもかかわらず使えない部屋。それでは部屋の意味をなしていない。


 「敢えて聞くけど、ミドリ。村を散策して他に違和感を感じたことはなかったか?」

 

 「いや、二人が村の人たちから凄い好かれてた、ってことくらいしか思わなかったな……。いや、僕のことを紹介するたびに驚いた表情をしていたけど、それが何か関係があるのか?」


 「そう、それだよ。どうして村の人たちは僕たちのことを可愛がってくれるのか。ミドリ、この村に来てから僕とルナ以外に子供を見ていないんじゃないか?」


 「そういえば…………」


 ミドリはそう言われて村を散策したときの記憶を遡ると、確かに村に子供の姿は一つもなかった。成人以下と思われる子供は一人も見ていない。村をくまなく歩いたのにそんなことは有り得るのだろうか。


 ここでアンリが話題に出すということは間違いなく事情があるのだろう。


 そして次の言葉はルナから放たれた。


 「いないのよ。この村には私たち以外に子供は一人もいないの」


 それまでのアンリの口ぶりからルナが何と言うかの予想は出来ていたが、やはり言葉にされるとよりその意味を重く感じられる。


 子供がいない、それは少子化だというのであればそれはまだ優しい方だろう。だがこの村はさらに致命的な状況に陥っている。子供が少ないのではない、ルナとアンリ以外に子供がいないのである。


 「いや、ルナの言葉には少し語弊がある。確かに今は僕たち以外に子供がいないけど、昔はたくさんいたんだ。僕たち以外にもね。そしてその子たちは僕たちと一緒に教会で生活していたんだ」


 ミドリの勘はやはり当たっていた。あれだけの空き部屋があって他に誰もいないなどおかしな話である。となれば今は人がいないくとも誰かが過去に使用していたに違いないということなのだ。


 要するに過去にあの並んだ部屋の数々で子供がアンリやルナと同様に生活していて、その名残りとしてきっとその部屋たちは使わないのだろう。何かがあってその子供たちは今はいないのだろうが、ターニャもアンリやルナもそれらの部屋は使用者がいたために使いづらいのだろう。


 「じ、じゃあ、その子供たちは今はどうしているんだ?何か事故のようなものがあったとしても全員が全員ということは……」


 ミドリはまたしても疑問に思った。仮に事故のようなものがあったとして船の事故か、火事か、そういった類の集団で巻き込まれるような事故だったとしても、だとしたらどうしてアンリとルナが例外なのかが気になる。


 奇跡的に二人という数字が生き残る場合もあるのだろうが、それがたまたま同い年の男女、孤児ともなれば偶然とはいかないだろう。


 「まず、勘違いしているといけないから説明しておくと僕たちのほかにいた子供たちは別に孤児ではない。これはとても重要な事だった。このニルディの村では子供たちは成人になるまでの間を、正確に言うと乳離れをしてから成人するまでを教会で過ごして教育を受ける決まりがある。こればっかりは村の古くからの風習らしいから話を円滑に進めるためにもその意味とか由来とかに疑問を持つことはここでは一旦止めてくれ。教会に住み込みをするような形にはなるけれど休日には家に帰ることも許されているし村の人間も誰も不満を抱いていなかった。そして子供たちがいなくなった原因もこの教会が原因ではない。ただ、そういう制度が村にはあって、あの教会には他にも子供がいたって話をまずは理解してくれ」


 「なるほど、そういう理由であの教会にはあんなにもたくさんの部屋が用意されていたのか。あの無人の部屋の謎は解けたよ。じゃあ次はどうして子供たちがいなくなったのか教えてくれるか?」


 「あぁ、そのつもりだ」


 アンリはルナの方向を見ると、彼女は思い出すことも辛いというような表情をしている。ミドリの思い描く最悪の事態は集団で事故に遭って死亡した、ということだ。するとルナがミドリの心を読んだように言った。


 「ミドリはきっとさっき言ったみたいに集団で事故に遭ってみんな死んでしまった。それが最悪の事態だと考えているのでしょう。でも違うわ、もっと最悪よ。良識を持った人間の考えられることではないわ」


 彼女は声を震わせて言った。もっと最悪な事だと。


 ミドリには想像もできないことだと。


 「そう、僕もこんなことが許されると、現実に起こることだとは思わなかった。もしみんながいなくなったのが不慮の事故であったなら悲しみこそすれ僕もルナもこんなに悔しい思いはしなかった。そしてその答えは最初にミドリが言ったあの巨大な塔に関係している」


 アンリはそう言って遠くに見えている天を突くような塔を指さした。ミドリの視線も自然とそこへ向けられる。


 その塔は限りなく高く、どこまでその頂点があるのかが目で見て確認することができない。雲よりも山よりも高いその建造物は異様な雰囲気を放っている。はるか遠くにあるはずなのにも関わらず視認できることから高さだけでなくその幅も相当でかいことが伺える。


 「あの巨大な塔がある場所は世界の中心で、そこには巨大な都市があるんだ。ミドリの予想した通り、この村なんか目じゃない、というか僕やルナ、村の大人たちでも知らないような技術が既に多く開発されたりもしている発展した都市らしい。というものの、僕は行ったことが無いからその内部については限りある知識でしか語れないけど、その都市の名前は『皇都アスハラ』。あの巨大な塔はその機械的な見た目に反して『世界樹』と呼ばれている。この世の全てが集まる場所だと言われているんだ」


 「皇都アスハラ……。あの塔を作ることからとんでもない技術力があることは確かに疑いようもないけれど、どうしてそれはその都市だけなんだ?その技術を普及させれば周辺の村や街も発展してもっとよりよい世界になるはずなのに……」


 皇都アスハラ、巨大な塔『世界樹』を持つ世界の中心に位置する都市。この世の全てが集まる場所。


 ミドリは皇都アスハラについて簡単に説明を聞いただけだが、何かとてつもない場所であることは直ぐに理解できた。そしてやはり皇都アスハラにはニルディの村にはない発達した文明が存在するらしい。でなければ『世界樹』の説明がどうしてもつかない。逆に言えば発達した文明が存在するのであれば世界樹建造も現実味を帯びてくる。ただ、誰がどのような理由でそれを作り出したかは未だ分からない。


 「どうしてその都市だけが発展していて、どうしてその都市だけが技術を独占しているのか、それは当然の疑問だと思う。同じ世界に住む以上、協力し合う方が理にかなっている。というか、協力し合う方が誰にとっても利益があることは火を見るよりも明らかだ。だけどそれをしない。なぜだと思う?」


 アンリはここでミドリに質問をした。


 協力し合って知識という財産を共有しない、これは現代における特許のようなものが作られた根底にある精神に関係があるのだろうか。この世界に特許という概念はないかもしれないがミドリはそんなことを考えた。的外れかもしれないが利益を独占したいと思う気持ちは同じである。何かしらの通ずる部分があるのではないかと感じた。ただ今回の件の特許申請と違う部分はその技術を公開して技術の発展に全く貢献していないところにある。


 「利益を独占したい、から。なのかもしれないけど、利益を独占したいだけなら他にも方法はある。醜い発想にはなるけれど、より利益を独占しようと思ったら技術を売ったうえで税金を課したり周りの生産量を高めつつ自分たちはさらに儲かるような仕組みを作れるはず。そしてそれを思いつかない程愚かでは無いと思える。むしろ、何故それをしないのか不思議に思うくらいだ…………」


 ミドリは自分の考えを示して二人に投げかけた。


 ルナは無言で首を振っている。


 「それは違うんだ。利益を得るというのは副次的な効果に過ぎない。聞いてはみたけど答えは分からないと思うから正解を言うけど、それは貴族の存在にある」


 「貴族の存在!?」


 あまりの突拍子もない発言、聞きなじみのない単語にミドリは思わず声を大きくしてしまった。


 ミドリは自分のいた世界がここではないということも分かるし、頭に残っている知識から、恐らく2000年代の日本にいたということももうすでにおおよその予想はついている。ただそれをルナやアンリに言っても分からない話なので言うことはしていないが、その恐らくミドリの元居た世界であっても貴族制というのはほとんどなかったはずである。正確にいうなら貴族制度はヨーロッパの方には現存するにはすると聞くが、日本では貴族制度というのには疎いためにその実情を知る機会は中々ないうえに、興味のある人間も多くはないだろう。


 「そう、皇都アスハラには貴族が住んでいる。否、貴族以外の人間は皇都で居住することは許されない。さらに街や村の長でない限り入ることも一般には許されていない。だから、その貴族と庶民との区別、いや、差別と言ってもいい。差別を明確に、目で見える形として残すために皇都は著しく他の街や村よりも発展していると言われているんだ」


 「酷い、話だな」


 「そう、だけどこれは現実なのよ」


 貴族は利益を得るためでなく、明確に庶民との違いを目で見て分かるように、その違いをまざまざと見せつけるために皇都は存在する。


 確かに、皇都に存在する人間が貴族という前提を知っているならばその答えは容易に出たかもしれない。貴族である以上、これ以上の富は必要ないものではないが副次的な利益で十分である。となれば彼らの心を満たすことができるのは彼ら自身の自尊心を肥大化させることに他ならない。


 「それで、皇都アスハラに貴族が存在することと子供がいなくなったことにはどう関係があるんだ?」


 「簡単な話よ。皇都アスハラには貴族しかいないの、だけど文明は発展している。生きていくのに食料も困らない。だけど、それらの産業は誰によって行われているのかしら」

 

 ルナは静かな怒りをあらわにしている。


 ミドリもここまで言われれば嫌でも理解できた。


 「労働力は庶民からってことか…………」


 ルナの言う通り考えてみれば簡単な話である。皇都に畑があるとは思えないし、貴族が汗水たらして物を作っている姿は想像できない。しかし、生きている以上毎日お腹は減るし、皇都内の物も誰かが整備しなければ生活が滞ってしまう。それは皇都であろうがニルディであろうが変わらない。


 となればその労働力はどこからか調達しなければならない。


 そしてその矛先は当然のように庶民へと向く。


 労働力として相応しい人間とはどのような人材か。勿論年老いた人間ではすぐに使い物にならなくなってしまうし、体力に心配がある。大人の人間では既に心が成熟していてそれらの人間を大量に労働力としてこき使えば反乱の火種となりかねない。貴族の人間が働き盛りの大人の男たちの反乱を受ければかなりの痛手を負うに違いない。


 つまり残るのは子供である。逆らえないような年齢の時から子供たちを皇都の貴族の元で教育(勿論、ここでの教育というのは察する通りである)することで従順な労働力として育ち、生涯をそこで終わらせることによって外部へ皇都内の情報が洩れる心配もない。


 ミドリは言葉にせずともすぐにそれらを悟った。ルナとアンリ以外の子供たちはそれで醜い貴族たちの労働力としての徴収に合ってしまったのだろう。

 

 だが、やはりここで問題となるのはどうして二人は貴族からの徴収を逃れることが出来て今ここに居るのだろうということだ。


 「大体、分かったよ。じゃあ二人はどうしてその徴収にかからなかったんだ」


 「それは僕たちが孤児だったからだ」


 アンリは淡々と事実を述べた。


 「その当時僕もルナもまだ8歳だったから、これは聞いた話だけど。ニルディだけでなく、定期的に皇都から子供たちの徴収が行われているらしいという情報は噂としていろんな国や街、村で以前から囁かれていたらしい。それが実際に、皇都からは限りなく遠いニルディまで手が伸びてくるまでとは誰も想像していなかったみたいだけど、それは現実となった。皇都から子供を徴収するために来た官兵たちは大きな護送車を馬に引かせてやって来たらしい。それで僕たちは皇都へと連れていかれるはずだった。だけどそうはならなかった」


 これから遂にアンリとルナが連れ去られなかった理由の答えが開示される。


 ミドリは黙って先を目線で促すと、アンリもそれを了承して一拍置いて答え合わせを始めた。


 「村にやってきた官兵たちはまず集会所で村に住む人間の戸籍を確認したんだ。その意味はもう言わずもがなだね。村にいる子供たちを確実に全員皇都へ連れていくためだ。だけどその村の戸籍に乗っていない子供が二人いた、それが孤児である僕とルナだったんだ。村のほとんど全員、もちろん村長も僕とルナが教会に引き取られたことは知っていたよ。だけどこれは本当に偶然村の戸籍に僕たちを新しく登録することをまだしていなかったんだ。だから皇都の官兵は村の子供たちを全員連れ去ったつもりだろうけど、僕たちは残されたんだ。その際、ターニャや村の大人たちが必死に戸籍に載っていない僕たちだけでも助かるんじゃないかと必死に隠してくれたよ。結局僕たちは官兵からは見つからずに済んで他の子供たちだけが連れていかれたんだ。あの時は、どうして自分も連れて行かなかったんだって恨んだよ…………。だけどその時はただ震えて隠れていることしかできなかった……」


 アンリは語り終えるとようやく役目を終えたと言わんばかりに肩の力を抜いて深く息を吐いた。ルナもあまり話すことはしていなかったが話がひと段落ついてホッとしたような表情を浮かべている。


 ミドリはようやくルナとアンリが抱えている問題、そしてこの世界の持つ病巣を垣間見た気がした。貴族制度、奴隷的労働力、皇都だけ高度に発達した文明、世界樹……。


 「辛いこともあったのに話してくれてありがとう。おおよそ何があったか分かった気がするよ」


 「いや、いいのよ。これから一緒に生活していくのにこういった隠し事があるのはあんまりいいものじゃないわ。それに、言うのが遅くなればなるほど言いづらくなるもの。それに辛い境遇はミドリも同じでしょ?」


 「そうさ、僕たちはこれから隠し事は止めようって決めただろ?」


 二人はミドリに対して気持ちを切り替えて明るくふるまってみせた。


 あの話の後でそう簡単に前向きになれるとは思えないが、とはいえずっと気落ちしていても仕方がない。この辺りの切り替えの早さは二人の性格の元々の明るさであったり、芯の強さを感じる。


 「そうだな…………」


 堅い話に少し疲れてミドリも空を見上げて力を抜いた。


 空は底抜けに明るく快晴だったが、遠くに見える世界樹の周りだけは不穏な雲が立ち込めていた。

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