第20話 新人訓練
-冒険者ギルド-
『小娘などに、触らせるわけございませんわ!(ニャン)』
プイッと顔を横に振ったベルを見て、やっぱりねと思いながら、クルスは話しかけてきた女の子がキズ付かないように誤魔化した。
「触られて喜ぶ猫が多いけど、人に近づくも触らせない猫ってたまにいるでしょ。この猫はその典型なんだよ」
女の子は少しガッカリした表現をしたが、すぐに持ち直した。
「ツルツルして気持ち良さそうなのに・・・残念。あ、わたしは今から新人講習を受けるんだけど、あなたも?」
「うん。昨日この都市に着いて、さっそくギルドに登録したんだ」
女の子はクルスが自分と同じだとわかって微笑んだ。
「そっか。つまり同期ということね。わたしはマリア、よろしく」
「クルスだよ。その猫はベル」
自己紹介が終わると同時に、セーラが休憩所に近づいてきた。
「新人講習を受ける方は付いてきてください」
セーラの言葉を聞いて少年少女達が椅子から立ち上がった。もちろんクルスとマリアも立ち上がる。
「こちらです」
歩いていくセーラの後を、全員が続いていく。なぜかベルも付いてきた。
※※※
セーラに案内されたのはギルドの裏手にある練習場だ。練習場は高い壁で覆われており、近接戦闘用の人形や弓矢の的がいくつか並んでいる。今は練習場を使用している冒険者は誰もいない。
練習場の中央には冒険者の格好をした男性がひとり立っており、セーラが近づいていく。
「連れてきました。よろしくお願いしますね」
「わかった」
男性が頷くとセーラは練習場を去っていった。
男性がクルス達を見回す。
「俺の名前はジャン、銀級冒険者だ。これからお前たち新人の講師を務める。まずは自己紹介してくれ。お前から順にだ」
ジャンはひとりの少年を指差した。この順番だとクルスは最後になる。
「バスールの隣村ミールから来たカイルです。魔物と戦った経験があります。片手剣が得意です!」
「トールだ。カイルと同じミールから来た。カイルと一緒に魔物を倒したことがある。この斧が武器だ」
「私の名前はシーラです。カイルやトールと同じミールから来ました。彼らと一緒に魔物と戦いました。ムチを使います」
「僕は・・・バーナードです。ここバスールに住んでます。薬草の採集が得意です。武器は特にないです」
「マリアよ。バスールの東にあるトレーク村から来たの。小さい頃から狩りをやってたから、弓は得意よ」
「クルスと言います。バスールから南にあるミナル村出身です。得意なのは・・・」
『魔法(ニャ)』
「魔法です」
ベルに言葉につられて、クルスは思わず口走ってしまった。
「魔法だと?」
ジャンが驚いた顔をしている。少年少女達もクルスを見つめている。
「あ、いや。いつか魔法が得意になりたいなと・・・」
「・・・魔法使いになるのは選ばれた人物だと聞くが、まあいい」
一瞬呆れた顔をしたジャンだが、すぐに持ち直して全員を見る。
「冒険者の基礎知識は、お前たちに渡してある冊子に全て書かれているから、ここでは説明しない。俺が教えるのは冒険者の覚悟だ」
冒険者の覚悟と言われて全員が困惑する。
「何のことかわからんという顔してるな。おいおい判る。まずは練習場の周りを走れ!武器を持ってる奴はそこに置いておけ」
クルス達はザックに言われた通りに走り出す。体力に自信があるカイルとトールは全力で走り出した。シーラとマリアもそれに続く。それとは逆に持久力を測るのかと推察したクルスは一定のペースで走る。バーナードはクルスと同じ考えのようで、クルスよりもゆっくり走る。ベルは練習場の端に行って彼らを見ていた。
「・・・」
すでにかなりの時間が経った。それでもジャンは腕を組んで見えいるだけで止めさせようとしない。カイルとトールは最初から全力で走ったため、かなり体力を消耗していた。それでもなんとか止まらずに走っている。シーラも同様だ。マリアは狩りをしているせいか、彼らよりも余裕があるようだ。バーナードは最初からゆっくり走っていたが、それでも苦痛の表情だ。クルスはというと、もう限界だった。
(冒険者になる前に死ぬ・・・)
「・・・」
それからまた時間が経過する。
「そこまで!」
ジャンの終了の合図でカイルとトールそしてシーラが倒れ込んだ。マリアはなんとか倒れずにいた。バーナードは座りこけている。クルスはジャンが合図する前からとっくに倒れていた。
「集合だ。早くしろ」
ジャンの無情な言葉に全員が顔をしかめる。それでも何とか身体を起こし、立ち上がった。クルスもヘトヘトになりながらも立ち上がる。
ジャンは近付いてきた全員を見回す。
「全員持久力が足りなすぎる。クルス、お前は特にだ」
返す言葉もなくクルスはジャンに無言で頷いた。離れた所からも何か聞こえてくる。
『わたくしと共にいるのに見苦しいですわ(ニャー)』
「今から戦闘訓練を行う。向こうに武器があるから好きなのを持ってこい」
ジャンが壁の方を指差した。そこには練習用の様々な武器が置かれている。全ての武器が殺傷力を無くしてある。クルス達はそこに向かい武器を選んだ。カイル、トール、シーラ、そしてマリアは得意な武器を選ぶ。得意な武器がないバーナードは片手剣を選んだ。クルスは考えた挙げ句、ナイフを手にする。刃を潰したナイフではあるが本物である。走ったすぐ後のせいで、クルスはナイフといえども、ひどく重く感じた。
「1人ずつやる。剣と斧とナイフは人形、弓とムチは的を狙え。まずはカイルだ」
自己紹介をした順に訓練を行った。結果は全員ボロボロである。カイルトールは人形に大した損傷を与えられずに終わった。バーナードとクルスに至っては傷を着けた程度だった。
シーラの鞭はことごとく的を逸らした。マリアも今回も射ってひと矢だけ、それも的の端に当たっただけだった。ジャンが気落ちしている全員を見る。
「見ての通りの有り様だがどう思う?」
「・・・」
全員が沈黙する中、マリアが口を開いた。
「体力を出しきった後で戦うのは無理よ」
「その通りだ。だが、仮にお前たちが依頼で強い魔物を倒しに行ったとしよう。全力を出し切って何とか魔物を倒し、貴重な結晶を手に入れた。そして帰りの道中、運悪く魔物に襲われる。こんな状況に陥ったとしたらどうする?」
ジャンの問いかけにマリアも他の皆も答えられずにいる。ザックは全員を見ながら話を続ける。
「危険なのは冒険者に限った事ではない。しかし自ら危険な所へ
ジャンはひとりひとりの目を見ながら続ける。
「最初に言った冒険者の覚悟には2つある。命を落とす事態に遭遇してもいい覚悟と、絶対に生き残るという覚悟だ」
全員が深く頷いた。
「最後だ。2つの覚悟を迫られない為に、訓練や鍛練を怠るな。絶対にだ」
ジャンは全員をもう一度見渡した。
「よし、解散」
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