キューブ

 宇宙空間を漂い続ける正六面体構造物キューブ。

 キューブは、ヒトにより作られた巨大建造物だ。一辺五十五キロに達する巨体は無数の、一辺一メートルの正六面体をした金属パーツが集まって出来ている。六面全ての中心部には赤く輝くライトが一つあり、これが定期的に明滅していた。ただし全ての金属板のライトが同じタイミングで光る訳ではなく、一列の金属が光ると、その上の列の金属板が光る。あたかも脈拍のような光の移動が見えるだろう。

 一辺五十五キロにも達する大きさだけでも君達の世界の地球文明……一般的な二十一世紀前半のヒト文明と比べて、想像を絶する高度なテクノロジーの産物だと分かるだろう。二十一世紀の科学力では到底作れない巨大建造物キューブだが、しかし元々これ単品で作られたものではない。

 キューブは本来、七つの同規格キューブと結合した状態を基本とする構造物なのだ。ならば何故現在は一個で宇宙空間を漂っているのか? その理由について説明するには、まずキューブとは何かについて語らねばならない。

 キューブの正式名称は『多目的生活空間型恒星間航行船』。つまり、恒星間を移動するための宇宙船という事だ。乗員数は二十~三十万人を想定。地球からレーザー推進により打ち出された勢いで前進し、その後は表面で受けた光エネルギーを推力にして方向調整と速度維持を行っている。イオンジェットという自前の推進機関も持つが、大量の水素原子を放出する必要があるため普段は慣性を利用した省コスト推進を活用しているのだ。

 そして多目的生活空間という名前通り、キューブ内には長期間ヒトが生存するのに必要な機能……衣食住を賄うための仕組みが備わっていた。

 例えば居住エリアとして住宅が用意され、食糧生産のための畑や牧畜区画、憩いの場としての公園区画なども用意されていた。内部は昼夜が設定されており、十二時間間隔で切り替わる。重力発生装置があるため地球上とほぼ変わらない感覚での生活が可能だ。またこれらの区画は『縦』方向に区切られており、キューブ内には大まかに五つの階層が存在している。他六つのキューブも同じ構造だ。六つのキューブに囲まれた中心部の一つだけは、ヒトが快適な生活をするための物資(例えば衣類の原料であるポリエステル類など)の合成や、全体の稼働状況を確認するための処理中枢となっているため、他の異なる構造をしていたが。

 更にキューブを形成する一辺一メートルの正六面体パーツ、厳密にはその素材である金属部品はナノマシン集合体である。このナノマシンは小惑星などに含まれる金属を摂取、または老朽化したナノマシンをリサイクルする事で『成長』し、自己増殖を行う。これによりさながら新陳代謝のように、キューブ表面を常に新しい状態に保っておく。またこのパーツのエネルギー源は光で、宇宙のあちこちからやってくる輝きを糧にして稼働し続けている。キューブ内の照明やコンピュータの動力も、このパーツが集めた光エネルギーが元だ。

 これらの仕組みをフル活用し、キューブ内で長期間……それこそ世代交代を行うほどの時間を掛けて星間を移動。様々な惑星を調査し、その中で環境の良い惑星を発見したら、第二の地球として乗組員は移住する。キューブは、ヒトの移民船として作り出されたものだった。

 二百年ほどは問題なく稼働していた。世代交代で知識が失われないようデータベースに必要な情報は乗せ、工具等のリサイクルも問題なく行われていた。地上での隔離実験なども何度も行われ、起き得るトラブルを幾つも認識し、予め解決策を用意している。勿論事故を完全にゼロにするのは不可能で、十数年に一度ぐらいは何十何百もの犠牲が出る大事故が起きる事もあった。しかしそれすらもキューブにとっては想定内。大事故後は復興が行われ、普段通りの生活が戻る。運用して二百年はキューブ自体の存続を揺るがす問題など起きなかった。

 しかし何百年間も運用を行えば、何時か取り返しの付かない事も起きるというもの。

 運用開始から二百十八年。人的ミスを発端とし、キューブで大規模な事故が起きた。不幸の連鎖が無数に起きたそれは、やがてキューブの一つをさせてしまう。本来七つ揃っていなければならないキューブが、一つ外れてしまったのだ。

 分離自体はキューブの機能として備わっていたのも、問題を引き起こした一因だ。それは小惑星の衝突など破滅的要因により崩壊したキューブをパージし、全体を安定させるための仕組みだったのだが……事故においては最悪への引き金を引いてしまった。

 かくして分離したキューブは、中に残されたヒトの苦労も虚しく六体のキューブ達から遠く離れてしまった。キューブには推進用のイオンジェットがあるものの、事故時は破損していたため使用出来ず。ナノマシンによる修復が終わった時、他キューブとの合流は不可能になっていた。

 かくして単身宇宙空間に放り出されたキューブは、しかし壊れてしまう事もなかった。ナノマシンによる自己修復で外壁は常に新しくなり、光発電で内部にエネルギーは常に供給されている。照明は維持され、気温は保たれ、空調も最低限稼働し続けている。

 『地球生命が生きていける』という性質だけは、何時までも変わらなかった。

 これから私達が見るのは、事故による分離から二十万年後のキューブだ。

 二十万年の月日を経て、キューブ内の環境は激変した。五つの階層は一部の床が抜けるなどの形で貫通し、多少の苦労はあれども行き来が可能な状態になっている。昼夜の時間を示す照明はナノマシンによるメンテナンスで変わらず内部を照らしていたが……照らされるものの中に人工物の姿はない。いや、ヒトが作り上げた環境はない、というべきか。

 ある場所は高さ三メートルもある巨大な植物が、ジャングルのように地上を埋め尽くしている。

 ある場所は広々とした平原となり、緑色の草に覆われた丘が幾つも並んでいる。

 ある場所は深さ百五十メートルもの深さを有す湖となり、浮遊するプランクトンにより真緑色に水が染まっている。

 どれもヒトが暮らすには少々辛い環境ばかり。そして此処に暮らす生物は、どれも地球では見られないものばかりだ。

 されど彼等は宇宙生物に非ず。間違いなく彼等彼女等の祖先は地球の生命。しかし二十万年という歳月が、この箱庭に運び込まれた生命を新たな姿へと進化させた。閉鎖された人工の空間という、地球にはない環境への適応をしたのである。

 さぁ、いよいよこの箱庭に暮らす生命を紹介するとしよう。

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