第6話 名前で呼んでる①

「「「いただきます」」」


 セラフィリの衝撃的な発言が飛び出してから約二時間後。

 急遽夕食を食べる人が一人多くなったせいで、普段よりもちょっと冷凍食品が多い夕食を、俺たち三人は食べ始める。


 流石に、食べさせて下さいと土下座までしてきた奴を追い返すほど、俺は薄情者ではない。もし仮に俺がそんな性格だったとしても、姉ちゃんが絶対に食べさせてあげるべきだと主張するだろう。


 それに、どうもセラフィリは、今朝と同じ用事、つまり俺を殺すためにこの家を訪ねてきたわけではないようだった。もし同じ用事だったら、人目を避けて、俺が一人で家で勉強している時に、部屋の中に現れて背後から殺す、みたいな手段を取るはずだ。少なくとも俺がセラフィリの立場だったらそうする。

 さらに言えば、そもそも、姉ちゃんがいる時点で『人目を避ける』ことができていない。


 というわけで、セラフィリを家に上げて、現在三人で飯を食っている。家に置いて下さい、という言葉の意味を問い詰めるのはその後だ。もちろん、何をしてくるか分からないので油断は禁物だ。


 ちなみに、雨宮家の台所を握っているのは俺だ。

 姉ちゃんに料理をやらせるとスゴいことになる。あの毒々しい紫色のシチューとか、真っ黒な見た目のナニカとかが出てくるのだ。


「美味しいです!」


 一口食べたセラフィリが俺の向かい側の席で言う。

 そりゃあまあ、料理には自信があるからな。


「ふふーん、私の弟だからねー!」

「はいはい」

「そういえば、お母様はどうされているのですか?」

「今は仕事。毎日結構遅いのよ」

「えっと、ではお父様は?」

「出張で今はカイロに行ってるわ」

「そうなんですか……」


 ウチは共働きなのだ。家事は、姉ちゃんと俺で分担している。


「それでさ、ひかりちゃんと慧ってどんな関係なの? やっぱ恋人?」

「姉ちゃん、さっきも――」

「はい。そうです」

「やっぱりそうだったの!」

「おい! セラフィ……じゃなくてひかり!」


 思わずガチャンと机上の食器を鳴らして勢いよく立ち上がる。

 だが、姉ちゃんの耳は俺の失言を聞き逃さなかった。


「しかも名前で呼んでるじゃない!」

「あ」


 俺は女子のことを、身内や親しい人以外全員名字で呼んでいる。逆に言えば俺が名前で呼んでいるということは、それだけ親しい関係にあるということを示すのだ。当然、姉ちゃんはそのことをよく知っていた。


 や、やらかした……! 俺は咄嗟にそう思うも、既に後の祭りだった。


「も~、二人ともラ・ブ・ラ・ブ・ね☆」


 語尾に☆つけてんじゃねぇよ!

 ああもう、姉ちゃんが変な誤解をしてしまった……。


 俺は盛大なため息をつきながら仕方なく席に座る。

 早速姉ちゃんが俺に耳打ち。


「も~、お姉ちゃんには秘密にしなくてもいいのに~。やっぱり恥ずかしかったの?」

「んなわけないだろ! そもそも俺とアイツは恋人でも何でもない!」

「またまたご冗談を~」


 ……もしかして姉ちゃん、恥ずかしかったから恋人関係だと言わなかったって思ってる? 俺はちゃんと否定したはずだが。


 いや、よく思い出してみよう。確か俺は『やかましい』と言い、そしてさっき五十嵐を名前で呼んだ。


 これって聞く人によっては『照れて言えなかった』とも解釈できるよな?

 しかも、きちんと否定していなかったのが姉ちゃんの勘違いに拍車をかけている。


 マジか……。


「……ごちそうさま」


 どうやって誤解を解こうか、一旦考えるのを棚上げして、飯を食い終わった俺は食器をキッチンへ持っていく。ちなみに、食器洗いは姉ちゃんの役割である。


「あの、結局わたしは……」

「ん? ああ、母さんが帰って来ないと何も決められん。雨宮家の主導権は母さんにあるから」

「そうですか……」


 俺は残念がる五十嵐を背に、二階の自室へ階段を上り始めた。

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