俺を殺しに来た天使が許嫁になったんだが……?
卯村ウト
第1章 ある日天使がやって来て。
第1話 目の前に天使があらわれた!
それは唐突だった。
とある晩秋の朝、俺は近所の小さな川の脇の遊歩道で、日課のランニングをしていた。
日が昇ったばかりの今、遊歩道の人口密度は非常に低い。小さな川だからか、それとも時間が早いからか、はたまたその両方か。いずれにせよ、人がいない方がランニングをするには都合がいい。
空気は冷たく、吐く息も少し白い。
自分の設定したゴールまではあと少し。そこまで走り切れば、今日のランニングは終了だ。
そんなことを考えていたその時、突然目の前の景色が歪み始めた。
俺は思わずその場に立ち止まる。まだ目が覚めていないのだろうか? そう思って目を擦っても、目の前の歪みは変わらない。いや、それどころかどんどん酷くなっている。
もしかして俺の体に何か異常が起こっているのだろうか? 例えば眩暈だったり、三半規管の異常だったり。そう思うも、別にだるさも眩暈も感じないし、平衡感覚を失っているようにも思えない。
歪んでいるといっても、自分の視界内の建物が歪んでいるのではなく、目の前の空間自体が歪んでいるせいで、奥の建物も歪んでいる、ように感じられる。そんなことを考えている間にも空間は渦を巻いているかのようにどんどん曲がっていく。
そして、次の瞬間、その歪みから強烈な光が迸った。
「うわっ……!」
思わず腕で目を覆い隠す。
眩しすぎる……。まるで突然太陽が目の前に現れたかのようだ。目との間に腕がある状態でも、明るさを感じる。少しでも目を隠すのが遅れていれば、網膜が焼かれていたかもしれない。危ない危ない。
幸いなことに、その光は数秒ですぐに収まった。また強烈な光が入ってこないかドキドキしながら腕を外す。
そして、さっきまで歪みがあったはずの空間を見て、俺は思わず目を見開いた。
「……これは」
俺の目の前には天使がいた。
風も吹いていないのにふわりとなびく茶色の髪。
この世のものとは思えない美貌。
頭の上十数センチには、光り輝いてゆっくりと回転している光のリング。
背中から生えている大きな白銀の翼は、昇ったばかりの太陽の光を受けて金色に見える。
目を瞑って両手を広げ、清楚な白い服に身を包み、背後に光を携えて宙に浮いているその人物は、まさに天使としか形容のしようが無かった。
天使は目を開き、俺を見つめる。
その明るい茶色い双眸に、俺の姿が映る。
綺麗だ……。
天使は数秒間俺を見つめると、突然微笑を湛えて俺に声をかけた。
「貴方が
「……」
……ハッ、いけないいけない。この天使、俺の名前を呼んだよな。
「は、はい。そうですけど」
天使はさらに微笑んで言葉を続ける。
「わたしの名はセラフィリ……。神に仕える天使セラフィリです」
予想通り天使だった。というかこれで天使以外であると言われたら、逆に何者なんだよ、という話なんだが。
俺は、この天使がどのような力で宙に浮いているのか、どのようにして何も無かったはずの空間から出現したのか、持っている知識では全く科学的に説明することができない。世界中の科学者もこの現象は説明できないだろう。
ならば一般的に科学的でないものの類とされる天使という説明で納得するしかない。それに、さっき本人もそう自称したのだから、天使で間違いないだろう。今はそう信じるしかない。
あれ? そういえばこの天使サマ、なんで俺の名前を知っているんだ? 天使だから当然っちゃ当然と言えるのだが……。神サマにでも教えてもらったのだろうか?
「あの、俺にどういった用でしょうか……?」
この状況に戸惑い気味になりながらも、俺は恐る恐る目の前の天使にそう尋ねる。すると、彼女(?)はよくぞ聞いてくれました、というように手をパチンと叩いて、笑顔のまま首を傾げた。
「雨宮慧君」
「は、はい」
名前を呼ばれ、思わず硬直する。いったいこれから何を言われるのだろうか? ガッチガチに緊張して直立不動の姿勢を崩せない。嫌でも天使の方へ視線が固定される。
「神の名において、わたし、天使セラフィリは、貴方雨宮慧を」
そんな俺の前で、天使サマはこう宣った。
「殺しに来ました」
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