第6話 バトルは一時休戦で「ただの仮説の検証だからっ」
先日の宣戦布告(?)。忘れたわけではないが、そんなのどうでもいいことだ。
そもそも、俺にとってはこの世のほぼ全てがどうでもいいと言ってもいい――だがしかしだ。
「あと数ページじゃんかー」
今までクラスメイトの声を聞き流すのは容易だったが、彼女の声だけはなぜか耳に残る。名前はもう……忘れたが。
休み時間。弁当を食べながら漫画を読んでいた俺に、不思議な彼女は話しかけてきた。特に理由があるわけでもないのだろうか。俺が読む漫画をのぞき込んで耳元で話す。鬱陶しい。
「……やめてくれ。何度言ったらわかるんだ」
「何度もやれば印象に残るでしょー。で、名前は忘れてると思うけど、あたしの名前は角原喜雨。角原、喜雨。やっと、ついに、覚えたー?」
「…………………」
無視して読み進める。現実の会話なんてつまらない。人によってきちんと考えられた二次元の会話の方がよっぽど面白いに決まっているのだ。
「ねえー」
「…………」
「聞いてるー? みことく〰〰ん」
「………………」
聞きたくないけれど、なぜか頭の中に入り込んでくる。うぜぇ……。
――バッ!! 俺は立ち上がった。
「どこ行くのー?」
「………………ついてくんな。トイレ行くだけだし」
俺は教室を出て、裏庭に出た。トイレなんてもちろん嘘だ。そして、
「ねえ裏庭なんて何もないでしょー」
――こいつが付きまとってくることも想定内。……このストーカー女が。裏庭に来た俺は振り向くことなく角原に尋ねた。
「お前さ、心葉や委員長は死んだって言ったら信じるか?」
「え? 信じないけどー」
「やっぱりそうだよな。信じたくないよな」
「え、何。そんな物騒な話だったの⁉」
「いいや違う。もっと可愛い話だ」
「可愛いー?」
そこで俺は少し間を開けてから言う。
「ああ。そういえば、裏庭には小屋があってそこで飼育委員がウサギを飼ってるだろ」
「あれ、キミがなんでそれ知ってんのー?」
「俺が飼育委員なんだよ。それでな、俺が今、このウサギと合体してみてくれ、って言ったら?」
「何言ってんのこいつって思うかな」
「そうだろ。だが本当のことなんだ。心葉は猫と合体して、委員長は犬と合体した。それならお前はウサギと合体してみろ」
「何それー………………いや。でもそれなら信じるよ。信じられるよ。何て言ったって君の言うことだからなー。ほとんどのことに興味がない君のねー。で、それが本当なんだとしてさー、なんで私は合体しなきゃいけないのかなー?」
「はぁ…………」
俺は大きくため息をつく。めんどくせえからもうお前も学校来んなって思っただけだが。まあそんなこと言ったら絶対やってくれないだろう。
「理由はない。だがこんな機会、めったにないぞ。なんか儲かるかもしれないし」
「金で釣る気ー?」
「いやいや。えっとぉ……まず、ウサギになったら心葉や委員長と同じになるだろ」
「それでー?」
「そしてお前がウサギになれば、対照実験ができる。何かわかるかもしれない。何かわかれば、きっとそれは大きな発見だ」
「わかったー」
角原は軽くそう言うと、何も疑う様子はなく、ウサギに――触った。
「………………」
「何もならないけどー?」
「うん……」
そりゃそうだよな。触れただけで変身するなら、ペットに触れあうだけで人間皆合体しちゃうもんな。……何か条件があるはずだ。この学校の人間だけが変身するとか……ではないか。何か、何かないか? 心葉と委員長の共通点……。
「ねえ」
俺が考え込んでいると、角原が声をかけてきた。そして、唐突にこんなことを言うのだ。
「二人とも、信くんと関わりがある人物じゃないかなー?」
「は?」
「だから、二人の共通点。探してるんでしょー。だったらそれが一番あるんじゃないのー?」
「いやいやそんなの意味が分からなすぎる。それに俺はお前と関わってるけど合体しなかったじゃないか」
「それもそうだね。やっぱり愛が足りないのかもねー」
何を言ってるんだこいつは。そんな得体のしれない〝愛〟なんてものの話に付き合ってる時間はないぞ。はぁ……。とりあえず教室に戻るか……。
俺が歩みを進めると――
「――待って!!」
彼女は俺の手首を掴んで、引き寄せた。そして、俺の体を抱きしめた。
「ちょっ、まっ……。お前、何すんだっ!」
「ただの仮設の検証だからっ」
俺が彼女を振り払おうとすると、案外すぐに振りほどけた。それからムカついて彼女を睨め付けるが、彼女の頬が少し紅潮しているのを見た俺は、なぜだかドキっとしてしまった。
この野郎、と言いかけた口が、その発音の仕方を忘れたように、動かない。その代わりに、唇がどんどん渇いていくのが分かった。
俺が冷静さを取り戻すころにはもう――――彼女はウサギに触れ、そして…………合体していた。先ほどまでそこにいたウサギの姿はどこにもなく、異世界にいそうなウサ耳の女が、そこにいた。
無論、コスプレではない。彼女も試しに耳を引っ張てみているようだが、取れる気配はない。それは尻尾も同様で。こいつは完全に、ウサギと融合した。はて、これからどうすべきか。飼育小屋のウサギもいなくなってしまった。
…………いや、いるじゃないか、ここに。
「よし、今日からお前が飼育小屋のウサギだ。安心しろ。俺は飼育委員だ。お前にニンジンをたらふく食わせてやる」
「…………」
「どうした?」
「まじでやばい。そこまで考えてなかった」
「ぷっ」
焦った顔の彼女に、笑いが堪えられなかった。いつもの不思議な口調はどこへ行ったのやら。
「私ウサギになってみたいってことしか考えてなくて。信くんと接触すれば合体できるかなってところまではよかったんだけど、その先を考えてなかった」
冷静な情報分析、とでも言えばいいのだろうか。いや、このぽかんとした顔で冷静なわけがない。空気を見つめるようなその顔を、俺は一生忘れないだろう。きっと、忘れないのだろう。
――とりあえず。結論から言うと、逃げた。あの不思議な女(名前なんだっけ?)はどこかへ行き、俺も何事もなかったかのように生活をしている。飼育委員のミスでウサギが脱走してしまった、ということになっている。その時当番だった飼育委員は、身に覚えがないのに叱られたりしたんだろうか。もちろん俺とは関わりのない野郎だろうが。
しかし何事もなかったように生活している――とは言ったものの、クラスメイトからしたら大きな変化が訪れたことだろう。だってクラスの三人もの女子が行方不明になったのだ。心葉にいたってはもうかなり時間が経過し、皆が命の危険を心配するのは当然のことだ。
だがあの黒い車――心葉の家はあんな車に乗れるほど裕福ではないはずだ。それに行方不明というのだから親も行方がわからないということなのだろう。それは委員長と不思議女も同じで。
どうしてだ? 不思議女に至っては、あの後家に帰ったんじゃないのか? もしかして、その道中で誰かに攫われたとか? まさか黒い車の奴に……でもそれだと、心葉が嫌な顔をせずに自分からあの車に乗っていたのは不自然だ。いったい何があったのだろう。
あれ、これって、どうでもいいことじゃなかったけ。考える必要なかったんじゃなかったっけ。あれ、どうして俺は、こんな推理ゲームみたいなことをしているんだ?
……自分の感情ですらわからないのに、他人の『好き』とか『嫌い』とかの感情なんてわかるはずもないだろう。客観的に見たらわかる? ……バカかよ。そんな定義の曖昧なもの、自分自身ですら判別できないのに、どうやってほかの奴に分類できるんだよ。
たぶんきっとこんなつまらないこと考えずに、『好き』だと自分を騙して感情を植え付けて、恋愛できる奴が一番幸せなんだろうな。そんな俺にとって無縁な存在、憧れもしないけど。
もういいや。面倒だから、これでいい。でも、無駄なことには干渉しない。
「これでいいだろ?」
俺は、自分の中の別の自分に問いかけるように呟いた。
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