第3話 お茶目な学級委員長「怖くないけど怖い⁉」

 二度と起こってほしくないイレギュラーがあってから、早3日。


 俺は、イレギュラーな日々をレギュラーに『戻す』――というより『変える』ために、努力を重ねていた。


 人間は、時の経過とともに“普通レギュラー”が変化していく。だから、できるだけレギュラーに近づけたり、新たにレギュラーを作ったりして、イレギュラーに対抗していく。


 イレギュラーだらけなのは、不安要素だらけで、危険だ。危険を冒して何になる。スリルを味わうのは、馬鹿なリア充どもだけでいい。


 俺はいつものように一人で昼食を食べ、休み時間はいつものように教室で本を読んで過ごす。


 俺にとってクラスメイト達か邪魔かと問われたら、そうではない。周りがうるさくたって別にいい。読書の邪魔になったってそれでいい。だって俺は彼らと関係がないのだから。


 同じ学校に通うクラスメイトではあるが、関わる必要はない。高校は義務教育でもないんだし、誰かと仲良くしてなくたって別に咎められたりしない。


 だから俺は教室で朝作った弁当を食べ、そして読書するのだ。ちなみに、漫画だ。どうせ他の奴らは難しい小説でも呼んでるんだと思ってるんだろうけど。


 俺は、ははは、と心の中で笑う。なんだか気持ちがいい。


 そうなんだよ。これが俺の日常なんだよ。いつもの……いつも通りの……



 ――――バン!


「なんだ心――」


 ……でも元の日常とは違う、新たな日常だ。


 いつもならで、心葉ここはが俺の机をぶっ叩いて、えりを掴まれて連れていかれそうになるところなんだが――無論、今日は、今日からはそれがありえない。


 ……誰かが俺の机にぶつかっただけだった。少しぶつかり方が大袈裟で、俺にまで当たって少し痛かったというのは別にどうでもいいことだ。


 いつもなら心葉に一緒にお昼食べようとか言われるんだが……先に弁当食べてるからもう腹いっぱいなんだよ。男ならまだいけるとか心葉は言うけど、男だからって皆同じじゃないんだから。例外ってもんがあるんだよって教えてやりたい。


 でも、心葉はいないんだ……いないんだ。頭の中で念じて、自分を騙しきる


 なぜか考えるほど心葉の姿が目に浮かんでくるようで、その心葉にはなぜか猫耳がついていて、不思議と庇護欲ひごよくをそそられて撫でたくなるような……。いやもう忘れろそんなの。


 くっ……。そんなこと考えてないで早く漫画の続きを――と、俺が漫画へ手を伸ばそうとしたその時、心葉から受けるのと同等の強い視線を浴びた気がして、ふと顔を上げる。


「ご、ごめんね照橋てるはしくん。私、自分の足を思うように動かせなくって。なんだか自分の足じゃないみたい。大体脳の命令に従ってはくれるけど、おおざっぱなのよね……って、ごめんね照橋くん! 言い訳みたいだよね……てか言い訳だよ照橋くん! ……いや言い訳じゃなくて本当なんだけど……ああもうよくわかんない! 自分で言っててこんがらがっちゃった。ええと、ええとね……ごめんなさい! ちょっとふらついちゃって」


「え? あ、まあ……全然、大丈夫だが」


 ぶつかってきた奴に謝られたようだ。美麗な黒髪ロングの女子だった。


 見覚えはあるが、たしか……学級委員長だったか。学級委員長がこんな奴で大丈夫なのか? 名前は……思い出せない。


「ええと、照橋くんとこんなに喋ったの初めてだね。前々からずっと喋ろうと思ってたんだけど、なんか気が乗らないというか尻馬に乗らないというか……ごめん! 気を悪くしないで。悪い意味じゃないの。なんだか一人だけオーラが違うというかオーロラみたいというか……やっぱりなんか怖いというか……」


「おいただの悪口だろそれ」


「違うの! えっと……そう! かっこいいオーラが出てるんだよ。はいかっこいい」


「嘘にしか聞こえないぞ」


「そ、そうだよね! 語彙力なくって……って! 勘違いしないでよね。かっこいいのは本当だよ! 心葉ちゃんといつもイチャイチャしてて……ってそれってかっこいいの? かっこいいって何? どういうこと? え、照橋くんはかっこいいんじゃなくて怖い⁉ 怖くないけど怖い⁉」


「一人で何やってんだよ」


「いやいやでもね! かっこいいって思ってるのは本当にほんとだよ」


「でもその理由はわからないと」


「…………はい……」


 しょんぼりした顔をして、彼女は言う。


「わたし、照橋くんに憧れてるんだと思う。心葉ちゃんをあんなふうにしちゃう照橋君に」


「あんなふう?」


「え? 自分でわかってないの? 心葉ちゃんは照橋くんのことが『好き』……なんだよね?」


「……え?」


 あまりに予想外の言葉に、脳の活動が停止するところだった。委員長は何を言ってるんだ? 『心葉が俺のことを好き』って言ったのか? なんでそんなことを俺に訊く? もしかして他の人から見たら、心葉が俺のこと好きって丸わかりなのか?


「……照橋君、どうしたの? ……え、もしかして本当に気づいてなかったの? ……え、どうしよう! 私、まずいこと言っちゃった? どうしよう?」


「大丈夫だ」


 ……大丈夫だ。この言葉が何を意味するのか。


 俺は心葉の気持ちに気付きかけてはいた。だが俺はこんな奴だから、そうではないと信じていたかった。しかし他人に当たり前のように突き付けられて、何とか動揺を誤魔化そうとしている……ということでしかない。


「おまえ、すごいな」


「ん? 何が何が?」


「いや、なんでもない」


 俺は特に理由もなく彼女を褒めてしまった。まあ強いて理由を挙げるならば……人の多いこんなゴミみたいな世界で、クラスの代表ともなる学級委員長を務めているから、だろうな。


 俺は彼女に憧れてい――――るのか? ……いや。これは憧れとは違う。俺は誰にも憧れないから、いつも平常心でいられるのだ。


「そういえばお前――名前なんだっけ?」


「……え? 名前も分からずに喋ってたの?」


「ああ」


「えー! これからはちゃーんと覚えて帰ってね! 私の名前は――夢野姫愛ゆめのめあり。よろしくね!」


「――ヒメちゃ~ん、ちょっと来て!」


「あ、は~い! ハイハイで徘徊はいかい! ……あ、また変なこと言っちゃった」


 名前を言ってすぐ、夢野は仲のいい女子に呼ばれたようだ。まあ、夢野はきっと俺以外誰とでも仲いいんだろうが。


「行って来いよ」


「あ、うん。ごめんね、照橋くん! また話そうね! るねるねるね!」


「あ、ああ……」


 つい、馴れ合ってしまった。なんだか今日は心が弱っている気がする。今日は心葉がいないだったのに。それではだめだ。


 新たな日常で塗り替えるために、心葉は一回忘れよう。そしてその新たな日常は、俺らしく誰とも関わらない日常にしてみせる。



 心にぽっかり空いたこの穴を、絶対に自分だけの手で埋めてみせる。










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