第28話 使い潰す
準備を進めるうち、聞いていた。
「君が提案したのか。
ギルドを作る、なんて」
カレンは頷く。
「アスカなら私やミユキや、それにキノ君たちのことも、きっと引っ張ってってくれる。なんて甘えだよね……」
彼女は苦笑いし、アスカは沈黙した。
「俺はさ。人を従えるのが、怖いよ。
誰かを背負わなきゃならない、自分の指図ひとつ間違えれば誰かが死ぬ、そんな重荷を背負えない」
「ごめん」
「いいや、昔なら、間違いなくそうだったって話。
キノ君たちに出会って、なにかが変わったように思う。
ただ、放っておけない――それだけで、案外動けてしまうんだからさ。結局ただ指図するよりは、分かち合っていたい。
完璧とはいかなくてもいい、ただ、それだけ。
寧ろそういう、責任に形がある方が、いまはよほどしっくり来た。
だから、ありがとう」
そこへマスケットからの連絡が入った。
『見つかった。
で、印章が刻まれているのは、紙でも金属片でもない。熊の背中だ』
「ほう、そいつは。
……なるほど、出典からすると変化球ですけど、有り得なくはない話ですね。
仕方ない、熊くんには犠牲になってもらおう。
固定観念は捨てていきますかしら、ありがとうございます」
「真顔で酷いこと言うね」
カレンはアスカが契約紋を展開するさまを眺めながら言う。
「通常、モンスターの纒を展開した状態で調教行動を併用しようと展開すれば、纒のほうが解除されてしまう。
今までやったことはなかったけれど、それなら無生物の纒で同じことを試行したら、どうなるか」
結果――契約紋の蛍光な発光が、纒全体へ浸潤する。
「契約紋の効果が、災鴉の纒に拡大しているの?」
「思った通りだ。
調教行動のサポートに、無生物のこの特質は使えるかもしれない。具体的な効果は未知数だけど、媒介程度にはなるんじゃないかな。
……あとは攻撃や大技と、これを組み合わせたとき、実戦でどうなるか」
「普通なら、パーティ単位の支援攻撃で調教行動をサポートするのがセオリーなのに」
「またひとつ、発見だな。
半年てのは、あっという間だよ」
「そうだね。
私はアスカの契約紋を、調教行動用に一定時間、その出力を解放すると」
トランペットの音がした。柱の方からだ。ソロモン級の一部は騒音を携えて顕現すると言う話があったが、これがそうだと言うのか。
「物騒だな、とっとと終わらせてくるよ」
「うん、そうして」
カレンは平淡に彼を見送った。
*
「ソロモン級プルソンの印章を確認、目標へヤドリギと調教行動のアプローチをかける。
ミユキ、お前には接近した場合、本体の足止めを頼む。
……侍らせるなら、本体より、印章のついたやつの騎獣を確保する方が先決になる」
「アービターは、どうして召喚した悪魔を直接使役しようとしないんでしょう?」
「理由はいくらか考えられる。召喚したはいいものの、現れた軍団は調教にはリスクが高過ぎたんじゃないの。
それにこれはおそらくなんだが――ソロモン級の悪魔への調教行動は、上位調教になる可能性が高い」
「悪魔に、自我や知性がある?」
アスカは頷く。
「すると通常の調教行動に加え、知的な交渉術もときとして必要になる。従契約対象の意思を無視した契約、強制的な支配術による『下位調教』は、その本来、固有スキルなどの性能を制限され、発揮できなくなる。場合によったら結局、通常の調教よりも効率が悪い、だったら倒してしまうのが早い。
ヤドリギや無生物みたいな、特殊なアプローチでもできないなら、なおのこと。
ついでいうなら、悪魔級の交配や世代交代、資質継承の詳細がわからないのも、扱いづらさと不人気に一役買ってるんじゃないか?
マリエさんは、そこんとこを俺を通して知りたいのかもしれない。
プルソンには、知識に関する伝承も多い。
実際に対峙してみなきゃわからないけど、タカ派の連中は、本音で語っていたと思うよ――どうかした?」
ミユキが顔を伏せっている。
こういうときは大体疲れる話になると、長い付き合いからして知っていた。
「私には、やっぱり愛される才能がないんです。
兄や、私が縋りたい、信じたい人に、甘えてばっかりで、見透かされて」
「そんなこと、誰だってそうだろう」
アスカが言うと、彼女は首を横に振る。
「愛されるとか魅力って、結局大半は才能でしょ。
欲しいと言っても、それは最後の一押しであって、それだけ最初にあっても意味がない。誰かに必要とされたくて勝手に頑張ってるつもりで、疲れて――いやな女ですよね、カレンやネーネリア、ピシカにだって、私は嫉妬してる。
そんな自分が、ひとからどれだけのものを奪ってきたとか、まともに省みることもできないんですよ。
アスカさん、どうして私のものになってくれないんです?
カレンなんて、私よりずっと取り返しのつかないことしてるのに――」
「前提をたがえてる。きみは俺に
「っ……」
ミユキはアスカに口論で勝てるわけがなかった。
そうすることから、ずっと逃げている。
「人間に対等な関係なんて、本当にあると思いますか?
友達とか言っても、ひとは相手から、自分に都合のいいものを選んで使うだけじゃないですか!
そうやって私は、誰かのかけがえのないものになんてなれない!
烏滸がましいんですよ!」
まるでこっちに断罪されたい、口汚く罵ってほしいと言わんばかりである。返すアスカの口調は平坦だった。
「それで、なに。
俺にお前を否定させたいわけ?
自分は劣ってるから、選ばれないんだとでも?
馬鹿げてる」
「――、私にはほかに、なにもない」
「もっと、自分を誇れよ。
……俺に言えた口はないかもしらんけど、仕方ない。
じゃあ命令だ。お前はもっと、『自分を好きになれ』」
「酷いこと、言うんですね」
涙ながら、ミユキは笑った。
その道の先、けして逃れえない苦痛と、もしかしたら、ほんの楽にしてくれるかもしれない解放が待っていることを、想像できてしまうから。
いいや――きっとたどり着ける。
アスカの支配は絶対だ、その力が、いつも私を導いてきた。
そしてアスカとミユキは互いを尊重できても、けして『対等』な位置づけになりえないし、ミユキはそれをとうの昔から、信じていない。
自分より、アスカの言葉を信じてしまう。
だからアスカは、彼女の甘えにここで引導を渡す。
「俺はきみのおかげで、自分を価値あるものにしようと想えたよ。
だからきみを、今ここで解き放つ。
契約は捨ててやらない。――最後まで、使い潰してやる」
*
ネーネリアとピシカがやってきた。
「私たちも行きます」
「アスカさんたちの、従者ですから」
「なにができる、ついてこれるつもりか?」
口々に言う彼女らに、アスカは尋ねる。
「ミユキさんの援護に入ります、本体を攪乱する」
「俺たちはアプラスとエレキビッツで移動する。
として、お前らが移動できる手段なんて今からあるのか?」
「アスカさん、私がなんのために、あなたの従者として舞い戻ったと思います?
ご主人を、支えるために決まっているじゃないですか。
そのために、なんの努力もしなかったわけがないでしょ」
ピシカはそう言って、自身の右手を掲げる。
「猫人の固有契約紋?」
「えぇ!」
彼女が威勢よく頷くと、九つの青白い猫型分霊が現れ、その場の四人とモンスターらへ拡散して取り憑いた。
【NNN(猫人族固有選択式パッシブスキル):分霊を用い、憑依対象と連携・各種ステータスを向上する(※スキル使用者自身も含む)】
「NNNって――」
「なんて読むんですかね、えぬえぬえぬ、すりーえぬとか?」
ミユキは知らないらしい。
アスカにはおおよその見当がつく。
「ねこねこねっと……」
「え?」
よりにもよって都市伝説が出典かよ。確定じゃないが、Nみっつ、わざとらしく並んだものだ。まぁ使えるというなら、それに越したことはない。
ミユキが彼女のステータスパネルを覗いた。
「――『ナンバーナイン』、てルビがふってありますね、よく見ると」
「まじか」
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