第26話 意趣返し
両者つかみ合いになって、互いを突き飛ばす。
「なんなんだよあんた一体!?」
「お前にとって、ミユキとは何だっ!
なぜ侍らせた!?
そうなったのは、そうなる必然があったはずだろうが!」
「今さら兄貴面か!」
「そうしろと言って、訪ねてきたろうが!」
「こんなときに本気にされるとはな!?」
そう、エピタフのピラミッドへ再び足を運んで、支援を仰いだ。
――あの子の兄として、微塵でも責任を感じるなら、今からでも遅くない。あの子を守る、手伝いをしてほしい。
……綺麗ごとを言った先だっての自分こそ、いよいよタコ殴りにしたくなってきたぞ、おい。
どのみち、このままだと数分でプルソンの柱が出すモンスターどもに接触する。
村の避難誘導は問題ないようだが、できればここでとどめておきたかった。
デバフはしばらく解けそうにない。しんどい。
*
マルチネスとの交渉後――アスカ達が、初めてミユキと出会った頃のこと。
「放っておけないなら、ペナルティを用意すべきだ。
これ以上、彼女がプレイヤーに危害を及ぼさない保証がない」
アスカは親友を前に、そんな進言をした。
「俺はそんな奴、捨ててけと言ってる」
「ひどいこと言うんだな、アスカちゃんは。
本気じゃないくせにー」
「茶化しても無駄だ、早く決めろ。
捨てるか、連れていって“どうしたい”のか」
「……わかった、ちょっと考える。
二分だけくれ」
アスカはキューリの言葉に、眉間を抑える。
それから脇目で、ずっとふさぎ込んでいる少女を見た。
時々うわごとのように、助けてお兄ちゃん、などと呟いているが、もろに聞こえているのが悲壮だ。
自分はこの女が、心底苛立たしい。なにかを自分で決断することをしないから。人に流され、結果こんなところで、膝を抱えている。
「アスカの契約紋、チュートリアルのまま、まだモンスターと契約はしてないよな」
「それが?」
「彼女に使ってみてくれよ」
「鬼か」
ペナルティを最初に言い出したのはアスカだが、実際に
あいつは単にお調子者なだけでなく、禁忌をすすんで冒したがる悪癖があった。
「ペナルティを言い出したのはアスカじゃん」
「人間をテイムなんて、そんなシステムあるわけない」
「どうせできるわけないなら、ダメ元で、な?」
「……ちゃっちゃとやればいいじゃないですか」
そんな投げやりな一言が、癇に障る。
だから契約紋を、彼女の頭に翳すのだった。
以来、アスカの契約紋には、上位調教の契約しか入れていない。ほかの獣を入れたい余地がない、彼女を獣と同列に貶めることはできないと思った。
*
「どいつもこいつも――俺が好きで女を侍らせたとか言いやがる。
……っふざけるのも大概にしろッ!
俺はいつも、あんたの妹なんて嫌いだった!
大嫌いだったに決まってるだろうが!
自分でなにも決められない、決めようともしない!
そのくせキューリの馬鹿は、いつもこいつを甘やかして!
自分が言い出したことのくせに、なんの責任も取らずに、俺にそのバカ女押し付けて勝手に死んで!
どこまで俺をお前らは振り回せば気が済むんだいい加減にしろ!」
次に殴られたとき、アスカは頬で拳を受け、濁った瞳でアキトを睨み返す。アキトの動きが止まった。
「ミユキはバカじゃねえよ。
それでこれは、いったいなんの悪ふざけだ」
彼に掠れる声で問われ、アスカは哀しげになる。
「システムで侍らせたこと、責任はあるだろうね。
それで、なんだよ。
もう俺を……楽にしてくれない?」
アスカはミユキに向けて、そう言った。
それからまた、何度目かアキトを突き放し、互いが拳を固めて対峙すれば――、
ミユキが割って入り、グルカナイフで交錯する二人の腕を刈り取っていった。
地面に落ちたアスカの腕を拾い上げ、
「ぁ゛」
アキトの腕を踏んでいる。
そんな彼女に、アスカは言う。
「今なら俺の腕ごと、契約を奪えるかもな」
ミユキは首を横に振った。
「捨てられるわけない。
私が負担なら、いつだってそう言ってくれりゃよかったじゃないですか」
「俺は、言わなかった?」
彼女はまたも首を横に振る。
「私は誓いを果たせてない。
キューリさんを取り戻すって、そのための剣になるって!」
「……んなもの、今更。
本気でキューリが生き返るとか、考えてる?」
「それは」
物音がして、皆が振り向くとキノがいた。
「……、やっぱり、無理なんですか。
死んだ人間を取り戻すなんて、あれだけ人に発破かけておいて」
アスカは結界越しに、彼をじっと見る。
「正確には『わからない』。
俺達にはこの仮想ゲームの世界を、外側から観測することはできない。肉体と意識のどちらが先かは知らん、ゲームオーバーした先で現実の身体がどうなるか、誰も確たることはわからないよ。
……見込みのない救済に、きみは何処までペイできる?」
「星辰の契約紋は、どうなんです」
「それは世界の支配権だ。
別段それが命を再生させるという話は聞かない、見込み薄だな」
「可能性は、ゼロではないんですね」
代わりにアキトが答えた。
「そういう見方もできるという話かな。
賢明かは、知らんが――選ぶのは君たち自身だ。
失ったものを数えるだけで、君たちが物足りるとは思えないが」
キノが、アスカへ向けて歩み寄る。
「俺は……手に入れた力を、今は少しだけ納得できた気がします。認めていい気がしたんだ。
苦しいこと、辛いこと、許せないこともありますけど、ここまで足掻いてきた時間がいきなりなくなっても、困ります。生き残ったことを、自分に価値があるんだと信じたいんですよ。
だからアスカさん――そんな草臥れた顔されると、困ります。
アスカさんたちがなにを味わってきたか、わからない俺が言うのは、違うかもしれないですけど。顔を上げてください。
あなたにはまだできることが、やるべきことが、残っているんじゃないですか?」
アスカは呆然と宙を向く。
獣たちの足音が、地響きと共に迫る。
「ミユキ。
……まだ俺に、扱き使われたいか」
「使ってくれなきゃ、怒ります」
「怒るの、もっと違うとこだろ」
アスカは言ってから、軽く吹き出した。
「あーあ。
やっぱり俺、お前を異性としては見ないな。
俺とお前と、感性が全然他人なんだって感じちゃうもん。
お前に魅力がない、とかいう話じゃないよ。
お前はいま、大いに魅力的な女だよ――逞しくて、お前は自分の生きることに、お前自身が想ってる以上に貪欲なんだ。
……ずっとお前のこと嫌いだったけど、キューリがいなくなったあの日、お前が剣になると誓ってくれたあの時、普通に感動した、ウルッときたというか。お前は自分から強くなることを選んだよ。
尊敬する。ありがとう、強くなってくれて。
誰かのために強くなりたい、そんなありきたりの願いを、おかげで恥ずかしがらなくなったから」
そう言って、右腕の付け根を前へ突き出す。
アスカの左手に、彼女は付け根の向こう側を渡した。素直に付け根同士に合わせればいいものを、彼女の意趣返しらしい。仕方ない。
「ごめん。わりといつも、馬鹿にしてた」
「知ってます。
器用じゃないですもん、アスカさん」
「……だな」
「もっと私をバカにしててくださいよ。
必要だって、かけがえのないって、言ってくださいよ」
「それはないわ。しんどいことのが多かったし」
ながらく連れ添ってきた主従というのに、アスカはどこまでも、ミユキを甘やかさない。
アスカにミユキは、『仲間であって、身内ではありえない他人』、にしかなりえなかった。
契約紋という物理的な繋がりに、爛れることはしない。
「ありがとうございます。
私を守ってくれて――それとごめんなさい。
手を汚させるばかりで」
「そんなこと、考えてたの。
後者は今回で初めて聞いた」
「そうでしたか?」
「そうだよ……言ってくれなきゃわかんないことばっかだな」
そろそろアキトも、踏まれた腕を返してほしい。
まごついていると、ミユキが言った。
「返してほしいなら、条件があります」
「条件?」
「アスカさんと――私たちが作るギルドに、来てください。
あなたの力が、私たちには必要です。
兄さん」
「それ、また初耳なんだけど」
当のアスカが唖然としていると、ミユキが彼に向いて笑った。
「カレンと、私は――あなたがギルマスなら、どこまでもついていける。
最初に聞いたとき、いいなって、思ったんです」
「いいだろう。面白くなりそうじゃん」
アキトは乗り気だった。
勝手に持ち上げられているアスカは、一同のツッコミ待ちだったが――みな、異論がない、だと?
「アスカさん。ギルドの名前、考えておいてくださいね。
ここを越えたら、そのときに」
「お前ら……ほんと俺を楽にしてくれないね」
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