第21話 クロロス
お前がすべてを侍らせろ。
アスカはそう言うと、キノは最初、わけがわからずにたじろいだ。
「えと」
「既にそのための力を、お前はその手に担っている。
スノードール・クロロスは無生物だ。
そして絶対支配は副次効果がある――『自身よりレベルが5以上低い無生物なら、例外なく必ず侍らせる』。
今日ミユキがお前をここに連れてきたのは、つまりだ」
「!
――、いまクロロスのレベルはいくつです!?」
「68、それでお前のレベルは?」
ミユキの援護にスノードールを
「73でたった今、ちょうど、いける」
「あぁ、今のお前なら」
……自分のやっていることに、このゲームを通じて、初めて達成感、その足掛かりにたどり着いた気がする。
するとそれがアスカの言葉だって、もう構わなかった。
心強いとさえ、思うから。
「教えてください。
どうやったら、あの親玉を俺が侍らせられるんです」
アスカは言った。
「調教行動の基本だ。
その額に手を翳せばいい。
生物なら意思があり、そこから同意の約定を取り付ける過程だ。ようはスカウトシステムだが――無生物ならそこに意思はない、多少の自律こそあるが、霊長に使役される被造物に過ぎない。だから、お前の手で支配しろ。
……もっとも、あれのHPはそれなりに削って、動きを抑え込まないと、カウンター喰らうことになるから。
援護は任されてやろう」
「はい! ――相変わらず、厚かましいひとですね」
「言ってろ」
二人の掛け合いに、もはや蟠りはない。
(最初は半信半疑かもしれなかったが。
結局きみは、ここに来てしまったな――いやな因縁だ)
ミユキも万一、くらいの可能性で考えていただろうが、キノにならアスカと同じことができると期待していたのもそうだろう。
今のレベルで、グルジオをミユキが倒した後なら、ほかの障害はなしに、調教行動へ専念できる。
アスカが絶対支配で初めて調教したのも、クロロスだった。
嘗てのクロロスはその後どうしたか?
絶対支配に解放される、無生物用のスロットは最大解放時にふたつ。
そしてアスカのスロットに紐づけられたのは、現在災鴉とエレキビッツのみ。
最初のクロロスは、そのときグルジオの討伐に使ってから、自決させた。
(俺は二度と使えないけど――君には使いこなせるだろう、躊躇わずに)
キューリの死、あのような因縁が絡まなければ、到底たどり着けなかった力ではある。……使うなら、呪いではないほうがいい。アスカにはそうであっても、彼が使えば、きっとそうでも無くなる。
絶対支配そのものは、ただのゲームシステムに過ぎないのだ。ツールとして使い倒せばいい。
支援するのは、ミユキが使役するクロミュオーン・アプラス、全長1.5メートル大の猪、次いでキノ自身が扱う鉱石獣、ウパラ・ハンサ、鉱石を身に宿した、孔雀型の異形だ。
「手伝ってくれるか」
キノの求めに応じて、首を縦に振るや駆け出した。
そしてカリンが使役する、コンパス・アイオラット。
背中にコンパスが同化した、全長70センチ大のネズミ型である。
二人は契約紋のスロットにひとつづつ空きがあるが、後援職ということもあって、現在まで積極的な活用が難しい。
足りないものを、必死で追いすがっていく。
――オウリが死んだときのような思いを、二度としないために。無力な自分たちが願うには、傲慢なことかもしれない。
でも……届くなら、届かせてくれるなら。
アスカという人物を、キノは相変わらず嫌っている。
ただ、あの男が度々叫ぶ、「仲間を守れ」という一言の重みには信用……とは違う、これは脊髄に沁みて、動かなければならない、鬼気迫るものがあった。
(あんな男を信じてるわけじゃない。
ただ……いまの俺にそれしかできないなら!)
「迷ってられるわけないだろ、俺が!
オウリ――あの子を守る力を、俺に寄こせ!
今ッ!」
短剣を握り、クロロスの上空を取った。
結晶の腕が横薙ぎに迫り、受け流しながら前へ落ちる。
刀身は惨めに砕けた。
「俺の力じゃない……これは!」
オウリを代償にしてしまった。俺はオウリの尊厳を利用してしまう、それでも――それでも守りたいものがある!
腕が短剣に触れたとほぼ同じくして、クロロスは硬直する。
モンスターやミユキたち、そしてアスカによる援護のおかげだ。
「今さらもとが誰の力かなんて、関係ない!
ここで俺がお前を侍らせる!
ぁああああああああ――!!!」
【契約紋(拌)調教行動展開中:
パーセンテージはスロットマシーンのようにして小数点以下の明滅する。クロロスがその間も支援攻撃でダメージを受け、すると一桁の部分が徐々に上向いていく。
「絶対の支配なんだろう!?
お前が俺のものになるのは、必然なんだよ、クロロス!
来い! 俺の力になれ!」
「クロロスの動きが止まるまで油断するな、調教が完了する瞬間も、相手のモーションは終わっていない!」
たとえそれが絶対の権限だったとしても、そんなほんのポカでゲームをリタイアするようではお話にならない。
結局、この場で気を抜くことなど、許されていなかった。
そして――
【
一山を越えたなら、キノは氷の巨像から、華麗に離脱する。
「これで……俺のもの、なのか?」
肩で息をしていた。
動きの止まった全長4メートル大の巨像を、じっと見上げている。やがて再び、動き始めるまで。
そしてそれは――次に、彼へと接近すると、頭を前へ傾ける。
それがお辞儀だとわかると一同、顔がほころぶのだった。
少年は、拳を握る。
「これが俺の――カリンを守る、力っ……!」
カリンは照れながら、「ばか、かっこつけちゃって」などとぼやいているが、満更でもない様子。
それら一部始終を見ていたミユキは、和やかな顔だった。
やはり
彼の足跡をなぞりながらも、彼とは違う決意と情熱を担っている。第二次世代にとっては災難なことだが、彼らの到来は、ミユキに不思議な予兆への、期待を齎すのだ。
その健気さは、自分たちプレイヤーが、とうの昔に失ってしまった正気、だったのだろう。
もう縁もないかと想っていたが、そんなこともない。
私たちは望もうとしなかった、それだけ。
*
小休憩を挟んでのち、一同は洞穴から出て、移動を再開する。
「ソロモン級?
柱って、いったいなんです」
キノの問いに、多少青ざめながらミユキが答える。
ネーネリアに肩を借りているし、傷もアスカによって癒えていた。だが疲弊そのものは回復しきっておらずといった具合で、ふたりはアプラスの背中に騎乗して、揺られている。
今後の出来事への集中に備えて、英気を養うところだ。
「災害級ぐらいは聞いたことあるでしょう」
「えぇ、まぁ。
プレイヤーでは使役できない巨大モンスター、ですよね。
もっとも危険なレイド対象って」
「単体の脅威度で言えば、それに匹敵する。しかもこれの面倒なところは、単なる災害級個体とは違い、軍団を使役できるところにある。
柱と言うのは、ソロモン級の使役する軍団を吐き出す、召喚口。
おまけに軍団の一体一体も、通常のレイド対象ばりに、固有スキルなんかで身持ちが固い、まともにやりあってたらギルドがいくつあってももたないよ。
柱の顕現を止めるには、ソロモン級の本体を見つけ出し、早急に叩く必要がある」
「レベル90台のプレイヤーは、そんなもの相手にするようになるんですか」
個人では到底手に負えない敵との遭遇、それは必然だったかもしれない。
「今の俺たちにできることは、ありますか」
「まずはプレイヤーギルドに合流する。
レベル70台は末端だけど、作戦単位に割り振られるだろう。
人手は大いに越したことはない――いつでも動ける準備をしておくんだ。
あとは……駆け引きを憶えろ」
アスカは言う。
「君たちが、食い物にされないためのな」
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