5 異世界の沙汰もお金次第
一夜が開けて無事に見失った道を見つけた夜十彦の先導のもと、人里を目指す。
「夜十彦はどうして森にいたんだ?」
「だって、森の中のものは取っても怒られないから」
「怒られない?」
「食べ物。……これ、食べれるやつ!まずいけど!」
夜十彦は木苺に似た実を摘まんで口に含む。
「うん、まずい」
当たり前のように感想を述べながら、淡々と食べる。慣れているのか、眉一つ動かさない。
試しにクリフォードも一つつまんでみる。えもいわれぬえぐみが口内を襲う。甘味はまるでなく、えぐみの向こうから微妙な酸味がやって来る。
「ご両親はどうしたんだ?」
「死んだよ」
なんとなく察していたことを簡単に告げられて、予想していた以上にダメージを負う。二の句が継げない。
「クリフ様はここで何してたの?」
何もしていない。と答えるのも、おかしな話だ。
「森にはたまたま入ってしまっただけなんだ。本当は、人を探している」
「へー」
夜十彦がパッと顔を上げて破顔した。
「じゃあ、クリフ様がたまたま森に入ってくれたから、助かったんだね!俺、めっちゃ運が良いね!」
無邪気に笑ってもらえて救われた気がした。
「俺、クリフ様の家来になる!」
「ずっとここにいるわけではないよ」
「ここにいる間だけでもいいからー」
慕われると嬉しい反面、別れを思うと素直に頷けない。
森は低い丘になっていたようだ。なだらかな坂を下ると、人里が見えてくる。
「クリフ様どうしたの?考え事?」
腕を組みながらどうしたものかと考えていると、自然と歩みが遅くなる。
「実はお金をまったく持っていない」
「このピカピカしたの売ったらお金になるんじゃない?昨日、行商のおっちゃん見たよ。まだいるんじゃないかな」
夜十彦は袖についた飾りボタンを指差して言う。
田畑の中に数軒の家が立ち並んでいた。人通りもそれなりにある。
「ハゲたんだろー」
「違うって!こういう髪型なんだよ!」
「どう見てもハゲだろー?」
「陣笠とか兜被ってると、頭が蒸れるんだ!だから戦場ではこういう髪型にするもんなんだよ!」
「ハゲ隠しだろー?」
男性二人が髪型の話をしている。片方は頭頂部を剃っている。二人とも後頭部で髪を結っている。夜十彦も髪を結んでいるので、この国では髪を結うのが一般的なんだろう。道行く女性は首の後ろで一つに束ねていた。
服装は、ガウンのような作りの服を前で合わせて、腰の辺りで帯で留めている。男性は丈が短く、下半身には丈の短いズボンを合わせている。女性は足首までの丈が長いものをワンピースのように着ていた。
すれ違う人が、皆一度は振り返ってくる。クリフォードはとにかく目立っていた。服装の違いに加え、髪の色も目を引いている。この国の人の髪は大体が黒か、茶色らしい。
「でけえな」
「早川の旦那くらいあるんじゃないか」
体格も、大体の人がクリフォードより小さかった。だが、同じくらいの背丈の人もいるようだ。
「夜光貝を細工したものですね」
行商の男は冷静に指摘する。
「こちら、このくらいでいかがでしょう」
すっと指を立てて示されるが、どう反応していいものか分からない。
「あの、お客様?」
じっと考えんでしまっていて、怪訝な顔をされる。
「すまない。この国の貨幣価値がどのくらいか分からなくて」
クリフォードは正直に打ち明ける。
「ははあ、そうでしたか。こちらに米が一石あります。この一石に対し大体一千文ですね」
「米というのは、この国の穀物……」
「そこからですかぁ?」
呆れたような言い方に、申し訳なくなる。米一石で一体何食分になるんだろうか。
クリフォードは、そもそも自分で何かを買うという経験をしたことがなかった。街中をお忍びで歩いたこともあるが、会計は付き合ってくれたナルミスがやってくれていた。
今売ろうとしているそのボタンも、自国での貨幣で払った場合の値段も知らない。
堤防を直すのに幾らかかるとか、軍隊一部隊の兵糧一ヶ月分はどれくらいかなど、大きい額のことは考えたことはあっても、自分の服がどれくらいの額で仕立てられたかなど考えたことはなかった。
「ふざけんなよ!こんなきれいなのに、そんなはした金なわけないだろ!」
横で聞いていた夜十彦が怒り出した。行商の男は一つため息を吐くと、懐から小さな箱を取り出した。
滑らかで艶のある黒い入れ物に、光る素材で装飾がされている。花の咲いた木の枝に鳥が止まっている意匠で、細やかな仕事振りが見事な代物だ。
「美しい」
自然と感嘆の声が漏れる。
「これも夜光貝を使ったものですね。螺鈿細工は確かに素晴らしいものですが、特別珍しいものというわけでもないんですよ」
行商は小物入れを再び懐に仕舞った。夜十彦はむう、と不満げに口をつぐむ。
クリフォードは自分の経済観念の無さに悲しくなってしまった。
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