2.異世界転移からの定番

「うーん……いい天気だなぁ」


 俺は見知らぬ平原で目を覚ました。


 辺りを見回すが特に危険なことはなさそうだ。

 右手に山、左手に海、正面には集落、そして集落の奥には……


 「富士山!?」


 どういうこと!? 異世界転移したんじゃなかったの? 全部夢?


 確かに普通の異世界転移ならもっと森の奥でモンスターに囲まれたり、襲われている人を助けたり、モンスターに生まれ変わったりしてるもんだよな。

 いや、普通の異世界転移ってなんだよ。

 しかも、モンスターに生まれ変わってたら転移じゃなくて転生だよ。


 何か頭が混乱してきたな。

 そういや10円玉召喚スキルをもらったはず!

 それが使えれば確かめられるな。

 えーっと、確か10円玉をイメージして……


 「10円玉召喚!」


 ぽとっ


 おぉ! 本当に10円玉が出てきたぞ!

 年号なんかは書いてないが、デザインはほぼ同じだ。


 なぜ異世界に富士山みたいな山が存在するのかわからないが、異世界転移は本当だったみたいだな。


 さて、ここでぼーっとしていても仕方ないし、身の回りのものを確認したらあの集落に行ってみるか。


 まずは服装を確認する。

 死んだ時に着ていたシャツとジーパンではなく、麻のようなごわごわした感じの服装に変わっていた。

 これがこっちの世界の標準的な服装なんだろう。


 その他には鞄などもなくポケットにも何も入っていなかった。

 もう少しサービスしてくれてもよかったのでは? 女神様……


 あとは10円玉召喚スキルが本当に1日1回しか使えないのか確認してみるか。


「10円玉召喚!」


 しーん……


 やっぱりだめか……

 もう諦めて集落目指すしかなさそうだな。


 言葉とか通じるだろうか……不安だ。



 ―◇◇◇―



 木製の柵で囲われた集落に近付いてみると、門のようなものが見えてくる。

 門には"ニミノヤ村"と書いてあった。


 文字はちゃんと読めるな、よかった。

 これなら言葉も多分通じるだろう。


 うーん、しかしニミノヤ村ってどこかで聞いたことある気がするなぁ。

 そんなことを考えているうちに門までたどり着いてしまった。


「あのー、すみません」


 門番に話しかける。


「なんだ?村に入りたいなら、ギルドカードか住民カードを見せろ」


「すみません、持ってないのですが……」


「それなら入村料100円かかるがどうする?」


「今10円しか持ってなくて……」


 俺はなけなしの10円玉を見せる。


「それじゃあダメだな。ルールはルールだか……」


 そう言いかけた門番の目の色が変わった。


「それは! ギザ10じゃないか! ……こほん。そうだな、それを渡せば俺が代わりに100円払って村に入れてやってもいいぞ」

※ギザ10とは縁がギザギザになっている10円玉のことである。


 なんだ? ギザ10が貴重なのか?

 前の世界ではそこそこ人気はあったが、価値はそこまでなかったはずだが……


 ギザ10の価値がわからないが、いきなり全財産無くなるのは避けたい。

 ここはプッシュだ!


「あー、もう少しなんとかなりませんかね?」


「むむ……それなら100円追加で渡してやる。これ以上は出せんぞ」


 村に入れて、さらに100円に増えるならありがたいな。

 ギザ10はレアなのかもしれないが、これ以上欲張って村に入れてもらえなくなったら困るし。


「わかりました、ありがとうございます。それでお願いします」


 俺はギザ10を渡し、100円を受け取る。


「ちなみに冒険者ギルドとかってありますか?」


「あそこの少し大きい建物だよ」


「ありがとうございます」


 ふぅ……なんとか村に入れた。

 10円玉がギザ10だったのはラッキーだったな。

 言葉も問題なく通じたし、冒険者ギルドなんかのシステムもあるみたいだ。

 当面は冒険者になって生活するしかないよな。


 冒険者ギルドまでの道の両端には露店がいくつか出ている。

 俺は冒険者ギルドに着くまでの間、露店の値段を見てなんとなくの相場を確認していく。

 10円の価値がわからないと、10円玉召喚スキルがショボいかもまだわからないからな。


 串焼きが15円、屋台の食事が20〜50円、野菜が種類によって1〜10円って感じか。

 大体だけど前の世界の100円がこっちの10円に相当しているもよう。10倍の価値だ。


 10円の価値がわかったのはいいけど、10円玉召喚スキルがショボいのに変わりはなかったな……



 ―◇◇◇―



 さて、お待ちかねの冒険者ギルドだ。


 冒険者ギルドといえば、先輩冒険者に『お前みてぇな弱そうなやつが来るとこじゃねーんだよ!』とか絡まれるのが定石だよな。

 気を引き締めて入らねば。


 えいっ!


 カラーン


 扉にはベルが付いていたのか、小気味良い音が鳴り響く。

 その音に反応した冒険者が一斉にこちらを睨み、俺は身構え……あれ? 全然冒険者いないじゃん。

 特に絡まれることもなく受付までたどり着いた。


「いらっしゃいにゃ〜……」


 受付にはまぶたが半分降りた、気だるげな女性が座っていた。

 猫耳も生えているが、あれは本物だろうか。

 異世界なんだし獣人がいてもおかしくないよな。


「すみません、冒険者になりたいのですが……」


「登録料50円になりますにゃ〜」


 そうだよな。登録料かかるよな。

 門番さんにプッシュしといてよかったー。

 これがなかったら詰んでたよ。


「わかりました。お願いします」


「ここに名前、年齢、スキルなんかを書いてにゃ〜。文字は大丈夫かにゃ〜?」


「はい、大丈夫です」


 名字は書かなくていいよな。

 イヒト、28歳、10円玉召喚スキルは特別っぽそうだから書かない方がいいよな。特になしっと。


「できました」


「その歳でスキルなしかにゃ〜。厳しいと思うけどがんばるにゃ〜」


 今の反応から察するに、冒険者はスキルを結構持ってるんだろうな。


「最後にこの水晶玉に手を触れて登録完了にゃ〜。理由は忘れたけど触れる決まりなのにゃ〜」


 こういうのは犯罪歴調べたり魔力を登録したりするものなんじゃないのか……?

 まぁ、ギルドの人が知らないんじゃ仕方ない。

 拒む理由もないので水晶玉に手を触れる……が、特に何も起こらない。


「これで登録完了にゃ〜。これが冒険者ギルドカードにゃ〜。ランクはF、E、D、C、B、A、Sの7段階。なんかたくさんクエストクリアするとランクが上がっていくにゃ〜。ファイトにゃ〜」


 おー、これがギルドカードか。

 説明が適当だった気もするが。

 まぁ、俺の能力じゃ上位は無理だろうけど、少しはランク上げてみたいよな。


「ギルドカードを持っていると様々な恩恵があるとかにゃいとか。入村料も免除になるにゃ〜。ただし、依頼に失敗し続けたり、犯罪を犯したりすると没収されるから気をつけるのにゃ〜」


「あのー、お金ないんで手っ取り早く今日稼ぎたいんですけど、薬草採取とかあんまり危険じゃないクエストってあります?」


「それなら、アズーマ山の麓で薬草取ってくるのがおすすめにゃ〜」


 アズーマ山……? ニミノヤ村……思い出した!

 神奈川県の二宮町に吾妻山ってあったぞ!

 俺も小学生の時に遠足で行ったわ。

 富士山のような山といい、絶対日本をモチーフにして創られただろ、この世界……


「ちなみに薬草っていうのは……?」


「こういうやつにゃ〜」


 完全に菜の花だわ。

 二宮町といえば吾妻山、吾妻山といえば菜の花。

 これは神様やってますわ。


「できれば花が咲いてるやつが効果が高いにゃ〜。1束10円くらいで買い取れるから、30束くらい採ってくれば宿屋に泊まって食事もできるにゃ〜」


 30束……意外と多いな……

 まぁ他に選択肢がないからやるしかないが。


 それから少し薬草採取の注意点を聞いて、冒険者ギルドをあとにする。


「いろいろありがとうございました。いってきます」


「いってらっしゃいなのにゃ〜……ふぁ~あ」


 何か最後にあくびのようなものが聞こえた気が……気のせいか。

 気のせいということにしとこう。


 そういや鞄の類を持ってないから、採った薬草入れるのに欲しいな。

 露店で見ていくか。50円以内で買えるといいな……



 ―◇◇◇―

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