第30話 自分の気持ち

 風が吹いて髪が乱れると、副所長は鬱陶しそうに髪をかき上げる。


 髪をかき上げる姿でさえ、絵になる副所長がシェルロン国にいる事が未だに不思議だ。



 シェルロン国に帰って来てから、色々な事があった。



 エドワードとの婚約破棄も、副所長と二人で捜査をする事も。



 ラミア国では、婚約者がいる身だから、異性とは節度のある距離感を保ってきた。


 副所長とも仕事上でしか関わった事がないし、街を二人で歩く事もなく、たまに見せる優しさは部下に対してのものだと思っていた。



 でも、ウィリアムと話して、副所長と距離が近くなっているのに気付いた。



 それは、シェルロン国に来てから、私がエドワードと婚約破棄をしてからだ。


 副所長は私に婚約者がいる事を知ってはいるけど、婚約破棄を知らない筈だ。


 でも、知っていたら?


 副所長が婚約破棄を知っていたら、距離が近くなったのも納得がいく。



『私の事をどう思っているんですか?』



 聞いたら副所長はどういう反応をして、どう答えるのだろうか。



 副所長を見ていると、私の視線に気付いた副所長が優しく笑う。



 見ていた事を気付かれた事も、副所長の笑顔を見た私はパッと顔を逸らす。



 そんな筈がないわ。

 でも、副所長が私の事を、そう思ってくれていたら私は……。


 ーー嬉しい。


 そう自分の中で答えが出た事に驚く。


 エドワードに対して、何も思っていなかったとはいえ、婚約破棄をして数日して経っていないのにこんな事を思うなんて。


 私は自分が最低な人間になった気がした。



 顔を赤くしたり、青褪めさせたりしていると、副所長が心配そうに聞いてくる。



「シャーロット、大丈夫か?」



 副所長の顔を見ると、自分の気持ちの変化に泣きそうになる。


 私の目に涙が浮かぶのを見た副所長はギョッと慌てる。



「本当に大丈夫か?どこか痛いのか?」


「大丈夫です……。少し、寒くなってきただけです」


「あぁ、確かに肌寒くなってきたな」



 私の言葉を信じた副所長は、泉に視線を向ける。


 泉に反射する日を映す副所長の瞳は、夜の空を溶かしたような、美しい色をしていた。



 副所長の目を見ていると、副所長が視線を私に向けた事で目が合う。



 いきなり視線が合った事で、私は驚く。そんな私に、副所長は言った。


「シャーロットに話す事がある」


「何ですか?」


「違法魔法道具の情報を手に入れた。違法使用した者達について、早ければ明日には記事になるはずだ。それから、追加の人員が来るから、その後の仕事を任せるつもりだ」


「そう、なんですね」



 捜査していた違法魔法道具の情報を得て、解決に進んで嬉しい筈なのに、私は素直に喜べなかった。


 私の薄い反応に副所長は、不思議そうにしている。


「怒らないのか?」


「怒る?私がどうして怒るんですか?」


「シャーロットには言わずに、捜査をしていたから」


「あぁ…確かに、そうですね」



 どうして教えてくれなかったのかと、怒ってもいい場面なのに、私はそんな感情はなかった。

  

 むしろ、捜査が終わってしまう事に対して、寂しさを感じていた。


 力なく言う私を、副所長は心配そうに見ていた。


 

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