第26話 パウラ、召喚される
ついに来た。
来てしまった。
パウラ17才の春。
「姫様が竜妃聖女オーディアナに。
これでヘルムダールには、ますますの平穏な日々がつづきましょう」
まわりの人々は皆喜んで、口々に祝いの言葉を述べた。
いや、今回はもう一人
そう言うと、彼らは皆一様に首を振る。
「ヘルムダール直系の姫様に、誰がかなうでしょう。
姫様が選ばれるのは、決まったようなものです」
それでは困るのだと思うが、口には出さないで曖昧に微笑んだ。
周りがみなこうしてお祝いムードなので、表立っては本音が言いにくいと、人払いをした上で両親に挨拶の時間をとってもらった。
母の執務室に防音の結界を張ると、さっそく父がその端正な顔を不機嫌に歪めた。
「欲の深い!
わたしのパウラを側室にだと!
正気か!」
父がこうも負の感情をあらわにするのも、珍しい。
イライラとその長い指先で、ローテーブルのふちを叩く。
「竜后がいるんだから、もう他の姫は要らないだろう。
わたしのアデラだって、大公の仕事をしている。
竜后も仕事をすれば良いだろう?
それだけのことじゃないか」
竜は1人の妻のみを愛して、他には一切目もくれない。
そういう
その竜の長、黄金竜オーディが側室などありえない。
側室たる竜妃が名のみの妃、寵愛など望めないことは、竜ならば誰でもわかることだ。
水竜ヴァースキーの血を継ぐテオドールには、我が娘が粗末に扱われることがどうにも許しがたいようだ。
表立って
これは前世にはなかったことだ。
前世の父は、あまりパウラに関わらなかった。
だから召喚の知らせがあった後も、特にこうした話を家族でした憶えがない。
6才からやり直したことで、少しづつ「過去」が変わってきたのだろうか。
「今回は、どこかの地方領の娘も一緒だそうだね。
わたしのパウラと競おうなどと身の程知らずも良いところだけれど、今回だけは都合が良いよ。
その娘にまかせて、パウラはさっさと戻ってくると良い」
外に漏れたら大変な、かなり物騒なことを言う。
この父にとって、妻アデラと娘のパウラに勝るものはないのだと、今更ながらよくわかる。
比較対象がたとえ
「ヴァースキーのリューカスがね、どんな良い縁談にも首を縦に振らないのだそうだよ。
どうも心に秘めた姫君がいるようだと、兄がこぼしていたよ。
跡継ぎは降りられないのかとダダをこねているとか」
無理やり側室にされるくらいなら、まだ兄の息子にやった方が良いとあからさまだ。
ヴァースキーのリューカス公子とは、何度か会っている。
悪い印象はない。
パウラよりたしか2つばかり年上だったと思う。
最後に会ったのは、彼がヘルムダールの祭典に来訪した時だったから、もう3年前になる。
肩で切りそろえられたまっすぐの髪はヴァースキーらしい青銀で、その瞳は透き通るようにきれいな緑色。
背の高い美しい青年だったように、記憶している。
「今はそう言ってるけど」
ここまで黙っていた母が、笑いをかみ殺しながら口を開いた。
「本当にリューカス公子が求婚してきたら、追い返してしまうだろうね」
そうかも……。
映像が見えるようだ。
ゆらゆらと憤怒のオーラをまとった父が、ヴァースキーの使節をたたき出す様。
「パウラはヘルムダールの女子なのだから、今回のこれは断れる筋の話ではない。
けれどね。
行って、ダメだと向こうが言うのなら。
その時は笑顔でお礼を言ってね、さっさと帰っておいで」
いつもより贅沢なコーヒーを口にしながら、母は嫣然と微笑む。
父より怖い。
さっさと帰っておいでとは、
胸にじわりと、温かい熱がたまる。
「ありがとうございます。
お母様、お父様」
「いいね?
本当に帰ってくるんだよ。
わたしのパウラなら、
父はうぅと小さく唸って、たまりかねたかパウラを抱きしめた。
「どうしてこんなかわいいのに、
あーーーーーーーーー!
腹が立つ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しい。
それでもパウラは嬉しかった。
「帰っておいで」の一言で、どれほど気分が楽になったことか。
もとよりそのつもりであったが、それにはどこか後ろめたいものがあった。
ヘルムダールの血を継ぐ女子として、両親はパウラが立派に竜妃聖女オーディアナの任に就き、全うすることを望んでいるのだと思っていたから。
両親を裏切る後ろめたさから自由になって、今やパウラに怖いものはない。
(ええ、もちろん。
頑張って、
頑張る方向が前世とまるで違うのだが、今回の方がよりハードルが高いとパウラは知っている。
恋愛偏差値35のパウラが、70越えの難関に挑もうというのだから。
けれど劣等生は劣等生なりに、できうる限りの努力はしてきた。
後は実戦で勝負。
覚悟を決めて、もう一度お礼を言った。
「ありがとうございます。
お母様、お父様の娘として、恥じることのないように頑張りますわ」
神殿の転送の間では、母と父、それにナナミの他に数名の神官が、パウラを見送った。
「それでは行ってまいります」
短くそれだけ言うと、銀の光の粒子がパウラを包む。
ぱぁっとかすむ辺りの景色の中に、
「身体にだけは気をつけるんだよ」
ありふれた、だからこそ心のこもった言葉が、ふんわりと溶けていった。
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