第3話 パウラ、再演防止策を練る
「私、もうセスラン様のものなんです」
聖女選定のための「試練の儀」も、終盤にさしかかった頃のことだ。
進捗確認の判定会で飛び出した、爆弾発言。
なんのことだかすぐには理解できずに、呆然とするパウラの前で、爆弾発言の主エリーヌ・ペローはさらに続けた。
「だから聖女オーディアナにはなれません。
ごめんなさい」
辞退すると言うのかと、我が耳をパウラは疑った。
ヘル厶ダールの縁戚とはいえ地方領主の娘に過ぎないエリーヌにとって、聖女オーディアナになることは家門の誉、その身に過ぎた幸いではないのか。
それを自ら放棄する?
正気とは思えなかった。
「自分がなにを言ったか、わかっているの?」
するとエリーヌは、しおらしげな口調で答えた。
「パウラの方が、相応しいんですもの」
今ならわかる。
あの時に感じた違和感の正体が。
エリーヌの明るい緑の瞳には、確かに負の感情があった。
それは自分のしでかしたことへの申し訳無さではなく、もっと下卑た色の感情。
ああ、あれは嘲りだ。
愛されて望まれて、だから聖女オーディアナの座を辞退する。
他人の幸せを守るためだけの清らかな人生を名誉だとありがたがるなら、そんなものいくらだってパウラにくれてやる。
かわいそうなパウラ。
愛されることも、望まれることも、生涯知らないなんて。
なんてかわいそうなんでしょうと。
生来の生真面目な性格は、パウラに手抜きを許さなかった。
課題には全力で取り組んだし、黄金竜の花嫁、竜妃ともなる
それをエリーヌは嘲り笑う。
そして極めつけは、エリーヌの男となったセスランの退任時である。
「ヘルムダールの当主様に言ってもらえませんか。
セスランと私を、迎えるように」
しゃあしゃあと、エリーヌは言った。
「ゲルラ公国に頼んでも良いんだけど、セスランがいた頃とはなにもかも変わってるでしょう?
ヘルムダールなら、聖女オーディアナの頼みを無碍にはしないと思うんです。
私だって、元は
確かにそのとおりだった。
セスランの生国、ゲルラ公国において期待できる待遇は、元聖使とその妻に対する礼儀を守った、いささか慇懃で気の張るものだろう。
その点、ヘルムダールはもう少し柔らかい。
階級制度があるにはあるが、かなり自由で気さくな風土の国である。
ただヘルムダールの血を国外へ出すことにだけは、寛容ではない。
竜后や竜妃オーディアナを生む血は、代々女系の当主によって守られてきたもので、1代に1女をもうけるのが普通、複数の女子が生まれることは滅多にない。
勢いヘルムダールの女子は希少であり、他の4公国からすれば願ってもない大公妃候補である。
だが欲しいのはあくまでも直系女子であり、血の薄くなった遠縁の女子ではなかったから、ゲルラ公国におけるエリーヌの扱いはそれほど尊いものではない。
一方ヘルムダールでは、遠縁とは言え一族の血を引くには違いないエリーヌを、粗末に扱うとは思えなかった。
まして当代聖女オーディアナからの頼みであれば、必ずや厚遇してくれるだろう。
「セスランも、そのように希望しますか?」
当代の聖女オーディアナであったパウラは、エリーヌには応えず、あえてセスランに問いかけた。
この図々しく自分勝手な願いを、良しとするのか。
「妻の願いを、どうかお聞き届けくださいますように」
だめだ、このヘタれ。
もうすっかりエリーヌの言いなりで、シャープで美しかった頬のラインも、いささかたるんで見える。
心中で深いため息をついて、パウラはともかく彼らの希望をかなえてやった。
温情からではない。
とにかくさっさと、目の前から消えてほしかったから。
そしてその後、気の遠くなる時を、パウラは清らかに高潔に生きて。
あー、思い出すだけでなんとも忌々しい!
ほんとに、貧乏くじ人生だったと思う。
飼殺しに至った前世の概略を振り返り、パウラはやり直しの今生を整理する。
【目標】
ヘルムダール公国次期当主として、穏やかな人生を送る。
【ゴール】
「試練の儀」不合格、返品されて実家へ戻る。
エリーヌに聖女オーディアナを押し付ける。
【ポイント】
エリーヌに「ヤラせない」。
聖使4人に対し、全方位外交をする。
*セスランには、早目の対応を。
成績を調整する。
書き出してみると、よくわかる。
1番のポイントは、全方位外交である。
聖使4人からエリーヌよりも好かれ、しかも好かれ過ぎてはいけない。
うっかり真剣になられて、告白などされたら後が面倒くさい。
ヘルムダールへ戻って、母の後を継ぐ。
平凡な当主としての人生こそ、パウラの願いなのだから。
「でもどうしたら、好かれるんですの?」
まずは、そこからか。
前世一度も考えたことのない課題を前に、誰か指導者が必要だと、小さな眉間にシワをよせた。
いる!
ごく身近に、二人も適任者がいるではないか。
いささか鬱陶しいほどの、はた迷惑な夫婦が。
まずは一人目。
「今日も美しいね、私のアデラ」
毎日朝食のテーブルで、心底うっとりと妻を見つめてパールシュガーの雨を降らせる、パウラの父である。
男心は男に聞かなくては。
高過ぎる椅子から飛び降りて、まずは父のもとに向かうことにした。
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