第三十二話・固有魔法体現
「えっ、固有魔法について詳しく知りたいだって?」
大和の申し出にダンタリオンは目を輝かせて声高にそう言った。
数秒前までの眠たそうな目、面倒くさそうな声から一転した彼女は別人のようであった。
住民避難作戦を終えた翌日、大和はダンタリオン図書館を訪れた。
レラジェとの戦闘の後、現れた赤髪の女を前にしてひしひしと感じた実力不足。グレモリーが来てくれなかったら手も足も出ずに殺されていた。
いずれ赤髪の女と同等かそれ以上の実力を持つ敵とも必ず戦わなければならない。
大和は居ても立っても居られず行動に出た。
取りかかったのは固有魔法についてだ。
大和が使用している『結晶』はあくまで巨神器魔剣フルングニルの固有魔法だ。
もし魔剣フルングニルが離れた時は、巨神器による身体強化が受けられなくなり、固有魔法も使えなくなってしまう。
予想以上にデリケートな代物なのだ。
そこで思いついたのは
グレモリーは自身の固有魔法に加えて巨神器の固有魔法の二つを用いている。マルバスとサミジナも同じなはずだ。
固有魔法が戦闘において大きな意味を持つのは目の当たりにしてきた。
それが増えるとなると攻撃の幅が広がる。
だが以前ダンタリオンと話した時、「固有魔法の体現は偶発的」と言っていた。さらにそもそも只人の大和にその才があるのかも怪しかった。
淡い期待を抱きつつダンタリオンに相談した。
「固有魔法をな。生き抜くためには必要なんだ」
「魔剣フルングニルの物があるじゃないか」
「もしもの時さ。グレモリーだって二つ使ってる」
「おや? そういえば相方がいないじゃないか」
「寝てるよ。全然動かなかった」
昨夜、祝勝会で暴飲暴食の限りを尽くした身勝手の権化は酒の一滴すら飲んでいないのに眠ってしまった。
酒場から異様に重たいグレモリーをなんとか家まで運んでベッドに寝かせた。それから大和が家を出るまで起きていない。
「満腹になって眠気が来たんだろう。寝かしておいておくれ」
勿論そのつもりだ。爆睡している猛獣を起こすようなバカな真似はしない。
本題に入る。
「さて、固有魔法だけど前に説明したのを覚えているかな?」
頷く。あの日起きた出来事は始まりから終わりまで忘れる事はない。
「よろしい。知識は鍵だ。今後も頭に入れておいてくれたまえ。しかし頼ってきてくれたのは嬉しいけど固有魔法についてはわからない事が多くてね。私の知能を持ってしても未だ研究途中なんだ」
本棚に向けて指を振ると数冊の本が空中を漂ってダンタリオンの元へ降り立った。その内の一冊を手に取り、ペラペラとめくる。
「今まで何人も見てきたけど条件はどれも曖昧。体現するまでにかかった期間も一週間から数百年と幅広い」
「共通点とかないのか?」
「あるとすればそれなりに鍛練を積んできたという事ぐらいかな。一週間で体現させた悪魔も相当ストイックだったそうだよ」
「じゃあ俺も固有魔法が使える可能性は………」
「ないこともないね。だけど一つ問題点がある」
本を閉じてまた別の本を開く。
何の本を呼んでいるのか気になり題名を確認しようとしたが背表紙の部分がちょうどダンタリオンの手で隠されて見えなかった。
またページをめくる。手を止めて、記された文字に目を通して「うーん」と唸る。
「問題点?」
「ああ。大和君に魔力が宿っているのか、っていうね」
腰に下げた魔剣フルングニルに目をやる。
「今は彼の魔力を借りているだけさ。大和君自身の固有魔法を体現するには君が魔力を有している必要がある」
「わかってる」
「なら………」
「俺に魔力があるのかないのか、証明してほしい。頼む」
語気を強めた。
それに驚いたダンタリオンがビクリと体を硬直させる。
落ち着くように手で制された。一言詫びを言う。
「熱くなるのもわかる。君が追ってるのは得たいの知れない相手。対抗し得るために力を追い求める向上心があるのは感心だ。だけど常に冷静に物事を観察すべきだ」
「でも、早く欲しいんだ。強く、なりたいんだ」
出会ってきた敵、味方であるグレモリーやマルバスより強い敵と闘わなければならないのは重々承知。
思いの丈をダンタリオンにぶつける。
やれやれという風に溜め息を吐き、首を振ったダンタリオンは少しの間天井を見上げた。
再び向き直った彼女は何かを閃いたらしく、
「しょうがないな。私の秘蔵の研究を少しだけ教えよう。いいかい? 世の中はギブアンドテイクだ。大和君がその時になったら今から言う事を全て試してみてくれ。結果を私に伝えてくれればいい。出来るかな?」
「出来るさ。教えてくれ」
「いいだろう。しっかり記憶してくれたまえ。秘蔵なのでね、あまり他人に知られたくないんだ。まず一つ目は………」
※ ※ ※
全身を激痛が襲っている。前方にレラジェの気配を感じる。
トドメを差しにきたのだ。木の杭で串刺しか旋棍で滅多打ちか。どちらでもよかった。
一度負けた者がまた同じ怨敵と会った時は簡単には殺さず、出来る限り苦しんで死ぬよう仕向けるのは何となく予想できた。
自分の状態を改める。
うつ伏せ。頭からの流血は止まっていない。他にも体に線状の痛み。レラジェが操った大木の攻撃で裂傷が出来ていたようだ。
右の指先に液体の感覚があった。どこからか流れた血が床に澱みを作っていた。
「じゃあな」
レラジェの声。魔力が放出された。
ダンタリオンの言葉を思い出す。
曰く、逆境がもたらす危機的要素が魔力に変化を与える。
巨神器の恩恵がなくなった今の大和は人並みの身体能力しかない。それでも脳内でレラジェを倒す算段をつける。
いけるはずだ。
全身のバネを使って起き上がった大和はレラジェの腹を思い切り蹴り飛ばした。
身体強化がされていないため威力は期待できないが体重を乗せた蹴りは二人の距離を開いた。
余裕ができたところでダンタリオンの言葉をさらに思い出す。
曰く、自分が一番に親しみを持つ物が固有魔法の主軸となりやすい。
曰く、魔力に支配されてはいけない。常に魔力を支配しなければいけない。
とは言っていたものの、悪魔界に放り出された大和に一番親しみを持つ物があるのか。
そう思っていた大和はふと足元に視線を落とした。
そこには悪魔界に来る前から大和の物、生まれてから今まで片時も離れる事のなかった赤い液体。
流動体という特性を活かした多様な攻撃手段がいくつも巡る。
善は急げ。赤い澱みに手の平を浸す。
「何をする気だ?」
レラジェの疑問を無視して集中する。
曰く、魔力を一点に凝縮させ強制的に変化を与える。
曰く、大事なのは想像力と応用力。
「固有魔法だ。レラジェ、お前を倒す!」
大和の声に反応するかのように頭から流れる血、服に染み付いた血、飛び散った血が大和の右手に集まる。
只事ではないと思ったレラジェが杭を飛ばす。旋棍を構えて向かってくる。
焦っては水の泡だ。ひたすら冷静に魔力を練るイメージを崩さない。
その時、手を浸している血から鼓動のようなものを感じた。
段々と大きく速度を増していくそれは、やがて大和の鼓動と重なり合う。
そこで大和はイメージを変える。
血で頑丈で鋭利な剣を形成する。術者の意思によって形を変える事を可能にする。
「固有魔法『血液』」
転生者だからか第三者による手引きか。大和の言葉で血の澱みは一際大きな鼓動を伝えた。
確かな手応え。手の内には剣の柄が既に形成されていた。
地面に刺さった剣を引き抜くように、一息に腕を引く。
床に広がっていた血が一滴残らずなくなった代わりに大和の手には赤々とした艶のある細身の剣。
杭を全てを叩き落とす。そして、驚きの表情のレラジェに放った間合いギリギリの突きは惜しくも頬を掠る。
「お前……」
「決着をつけようぜ。レラジェ」
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