第二十七話・禁書は此処に

 スラオシャで一泊した大和とグレモリーは翌日、別行動していた三人と合流し結果を報告し合った。


「私達の方も見つかりませんでした」


 しょんぼりとしたアミーがそう呟いた。

 見つからなかったのは大和達も同じ。アミーを責める謂れはない。

 その事とまだ一つ目の街だという事を持ち出してアミーをフォローした。

 萎れた花が水を得たかのようにアミーは元気を取り戻す。

 二日目に突入した本探し。スラオシャの次はラシュヌへ向かった。地方か都市かで言えば地方のラシュヌにある小学校は幸いな事に一校。

 五人で探すが見つからず無駄足に終わる。

 まだ時刻は昼過ぎだったため続けてアールマティに向かう。

 到着したのは夕方。あと小一時間で日が沈もうとしていた。

 ラシュヌ同様、一校しか小学校がない事が幸いした。

 だがこちらも禁書は見つからなかった。

 気付けば、本探しに二日を費やしてなにも得られていない。

 焦りが募るのに比例して、グレモリーの機嫌が悪くなっていくのは全員察していた。

 移動時の貧乏ゆすり、探している時の溜め息に舌打ち。悪態が減った代わりに、それらが多くなっていた。

 迎えた三日目。

 ミスラの街中央にあるエレイステ校は小中一貫校であり、故にこれまで訪れた学校の倍の面積を誇る。

 案内図を見ると図書室はなく、四階建て第一校舎と第二校舎の間に二階建て一棟の図書館が建てられている。


「ダルいぞ。我はもう探しとうない」

「一々寄り掛かるな! 重たい!」


 げんなりとしたグレモリーは図書館の文字を目にしただけでやる気をなくしている。

 グレモリー程ではないが、他の面々の士気は低下していた。見つからないのもそうだが、なによりベルゼブブに間違った情報を教えられたと、僅かに頭によぎっているからだ。


「我は最初からそんな都合のいい話はないと思っておったのじゃ。ベルゼブブを信じすぎじゃよ」

「いや、俺は師匠を信じる。焚書が行われたのは大昔だ。なくても仕方がない」


 図書館へ一人歩き出したマルバスを、サミジナとアミーは追う。


「私も先生を信じるわ。間違いと嘘は違うもの。アミー、行きましょ」

「はい! サミジナさん!」


 大和は彼女らに続こうとしたが微動だにしないグレモリーのせいで動くことが出来ない。

 街に向かうまでは意気揚々としていたのが幻のように、気が変わるのが早すぎる。

 彼女の予想ではすぐに見つかると思っていたようだ。だが現実はそう甘くない。


「ほら行くぞ! 置いていかれる!」

「嫌じゃー。我は動かんぞー。連れていきたくば我を背負え」

「お前重いからヤダ」

「デリカシーないのう。異性に好かれんぞ」


 デリカシーに関してはグレモリーに一番言われたくない事だ。自身がデリカシーからかけ離れているのに、他人にはそれを強要する。身勝手の集合体だ。

 結局、グレモリーを無視して進むと、渋々ながらもついてくる。後ろからごちゃごちゃ言っているのは聞こえないふりをした。

 図書館へ着くとマルバス達は中に入らずに入り口で待っていた。

 愚痴を溢しながらもグレモリーが来る事はわかっている。長らく同期でいるからこその信頼が垣間見える。


「ここになかったらすぐに帰りましょ」

「そうだな。ダンタリオンが待ってる」

「ダンタリオンさん、怒ってないですかね?」

「あの知恵袋は短気じゃからのう」

「グレムが言う? それ」


 いつも通り扉の鍵をグレモリーが解き、入館する一行。

 ダンタリオン図書館には及ばないが、かなりの広さを持つ。

 全体が白い石材で造られた館内は手前は机が並び、奥の方に本棚が多数置かれている。

 左右の壁際にある階段の上にも本棚があるのが確認できる。

 また机も本棚も階段も全て白色に対して、色とりどりの背表紙が窓からの陽光を反射して煌めきを放っていた。


「うわぁ! 綺麗ですね!」


 生徒の憩いの場であったはずの図書館は今となっては無人。綺麗な館内だが賑わいがないせいで空虚感がより際立っていた。


「多いな……」

「ああ。だがこれで最後だ。見落としのないようにな。手分けして探そう。俺は二階に行こう」

「じゃあ私も二階に」

「私も行きます!」


 お決まりのように分けられたが、やる気なし機嫌悪い女悪魔とは今は一緒に行動したくなかった。グレモリーはその辺をうろうろしたりして探そうとはしないことは承知で、実質一人で一階部分を探すことは目に見えていた。

 上が終わってから手伝ってもらえばいいと思っていたので、グレモリーと一緒である以外特に不平不満はなかった。

 適当に選んだ本棚から探し始める。


「あーあ、面倒じゃ面倒じゃ。発狂するわいこんなの」

「うん」


 膨大な本の数に目も眩むが発狂するまではない。


「ダンタリオンに聞けば知っておるのではないか。『一成る者』の事ぐらい」

「うん」


 それならベルゼブブは最初からダンタリオンの元に行けと言うだろう。そうしなかったのはダンタリオンですら知らない、または知ってる可能性が低い事柄であるという裏返しだ。


「留守の間にウォフ・マナフが襲撃されたらどうするのじゃ。言い訳出来んぞ」

「うん」


 話を聞いて街に戻りもせずに本探しに行くよう仕向けたのはどこの誰だ。責任転嫁は勘弁願いたい。

 こちらに非が全くないとは言えないが九割はグレモリーの非だ。


「『うん』以外言えぬのか」

「うん」


 口を動かすなら手を動かして手伝ってほしい。そうすれば早く帰れる。せめてその無駄に高い身長で一番上の段を確認したら多少の助けにはなる。

 悪い意味で時間を忘れて本を探し四つの本棚を見終えて、五つ目の本棚の下段を確認していた時だった。


「なにこれ?」


 宗教関連の分厚い本と本の間。それはあった。

 押し潰されてしまいそうな薄さ。ポケットにちょうど収まる高さ。背表紙は半分剥がれている、使い古されたメモ帳。

 生徒の忘れ物かとも思ったが、そのメモ帳からは微弱な魔力が感じられた。


「大和、なにか見つけたか?」

「これを見てくれ。確実に本じゃない」


 しゃがんで大和が指差す先に目を細める。


「それに魔力がある」

「ふむ。異様じゃの。中を改めるか」


 まずは挟んでいる分厚い本を取ろうとした。が、寸でのところで手と本との距離が開いた。

 グレモリーが大和の腰に手を回しかっさらったのだ。


「グレム! なにす……」


 外から響く発砲音で大和の声はかき消された。グレモリーが大和を抱えて走り出さなければ銃弾を数発受けていた。


「クソ! 間が悪い!」


 連続で発射される銃弾は二人を追う。石の床にめり込み、多くの本を穴だらけにする。

 進行方向からも銃弾が迫り挟み撃ちにされると思ったグレモリーは直角に曲がり、机が並ぶ読書スペースに出る。

 そこに来るのを見越していたのか、割れた窓ガラスが広範囲に渡って二人に降り注ぐ。


「グレム!」

「動くな!」


 グレモリーは姿勢を低くした。コートの裾を持ち自身と大和を覆う。

 ボスボスボスと窓ガラスはコートを切り裂こうとするが、見た目によらず厚い素地を前に傷一つ付けることなく床に落ちる。


「そんな使い方あったのかよ」

「特注で作ったからな。いざという時のためじゃ」


 窓ガラスの雨が止む。コートの外は悲惨な光景が広がっていた。

 机や椅子は穴だらけ切り傷だらけ。棚から本が散乱して、千切れたページが舞っている。

 マルバス達は大丈夫だろうか。心配していると二階からマルバスが叫んだ。


「グレモリー! 大和! 無事か!」

「問題ない。お主らは?」

「俺達も平気だ!」


 三人が階段を下りて駆け寄る。怪我はなさそうだ。


「学校の周囲に魔力を感知しました! バルバドスさんの『障壁』です! さらに魔力が六つ確認できます!」

「障壁に閉じこめて全員討とうとしておるのじゃろ」


 ――ああ、あの顔だ。

 グレモリーの気持ちの悪い笑み。からかっている時か闘争心剥き出しの時にする顔。今回は後者だ。

 数十分前までのげんなりとした様子は見る影もなく、手のひらに拳を打ちつけて気合い充分。

 彼女の戦闘態勢だ。


「返り討ちにしてくれようぞ! 各個撃破したらこの場で落ち合おう!」

「グレモリーお姉様! カッコいいです!」


 変わらず元気なのは二人だけだ。

 しかし状況が状況。手を抜けば死もあり得る。


「そうね。やるしかないわ」

「ああ。敵勢力をここで削っておくのも悪くない」


 サミジナは大弓を手に弦の調子を確かめる。

 マルバスはあくまで冷静な様子で感情の起伏を見せない。


「大和。準備はいいか?」


 悪魔達の戦闘準備は整っている。大和一人のために全員待たせるのは気が引ける。

 禁書らしき物を手に入れる寸前で邪魔してきた敵。どの道倒さないとアミーが感知した『障壁』は解除されないだろう。銃弾の被害を受けていないかが気掛かりだが、しばしの目的変更だ。

 一応準備万端の合図に剣を抜く。


「大丈夫。やれる」

「よし! それでは悪魔合戦校内の陣開幕じゃ!」


 グレモリーが強く踏み出した一歩は足元の割れた窓ガラスをさらに粉々にした。

 絶対に生きて禁書を手に入れよう。

 大和も強く前進する。

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