第2話 落界人の印があるようです。


 どれくらい経ったのだろうか。時計がないから時間の感覚が分からないが、起きた時はまだ朝焼けだったのが今では真上で太陽がサンサンと照らしている。

 おそらく今は昼頃なのかな。朝はカンパン1つだったしお腹が減ったなぁと思いつつ、私は彼の帰りを待つ。

 逃げ出すことも考えたのだが、逃げ出したところで私にこの世界で生きていく術はないのだ。だったら彼の帰りを大人しく待つ方が得策だと考えた。







「お前……人が出かけている間にのんきに寝るやつがあるか。危機感とかそういうのを持っていないのか」


 目の前の彼があきれた表情で言う。彼を外で待っている間、あまりの気持ちよさに私は眠っていたらしい。確かに異世界でのんきにお昼寝とは我ながらのんきなものだ。


「ごめんなさい……つい気持ちよっくって。それよりあなたはどこに行っていたの?」


「少し町に出ていた。ほら、これを着ろ」


 そう言って出してきた紙袋には女性用のシンプルな茶色のロングワンピースと白いシャツ、それに靴下とブーツが入っている。


「これを私がもらっていいの?」


「あぁ。さすがにその恰好は目に毒だからな」


 そう言う彼の耳が少し赤いのは気のせいだろうか。30手前の私の足を見たって得はしないだろうに。それともこの世界は足を出さない文化なのかしら。


「そういえば服も着替えさせてくれたのよね。ありがとう」


 そう私がお礼を言うと、今度こそ彼は顔を真っ赤にさせた。女性にモテそうな顔つきなのに、意外と純情なのだろうか。年相応の反応に少し可愛く思ってしまう。


「汚れていたから脱がせただけだからな! 俺は何もしてないから」


「うん、分かってるよ。この今着ている服も洗って返すね」


 先ほどの服はありがたく頂いてしまおう。今の私に返せるものは何もないのだが、無事に有益と認められた暁にはあかつきにはちゃんと返していこうと思う。

 私はテントに戻り、服を着替えさせてもらった。シャツの上から袖なしのワンピースを重ね着するようだ。ワンピースは足首まで丈があり、やはりこの世界では女性はあまり足を見せないのだろうと推測する。義替えが終わりテントを出ると、何やら良い香りがしてくる。


「ありがとう、サイズもちょうど良かったわ。今は何を作っているの?」


「昼飯だ。夜も同じになるがな」


 そういって彼はスープのようなものを作っている。


「これあなたが作ったの?」


「俺以外誰がいるんだよ」


「……」


 やっぱり可愛くないかも知れない。反抗期の息子か。

 スープが出来上がると、彼は器によそって私にも渡してくれた。一人で食べてしまうかと思っていたのでほっとする。

 彼が作ってくれたスープは優しい味がした。スープを食べ終えるとまた彼は出かけてくると言って森の中に入っていく。

 私もついていこうとしたのだが断られてしまい、近くの川で汚れた服と借りていた服の洗濯をして過ごした。石鹸もないからただの水洗いだが仕方ない。テントの近くの木の枝にロープがかかっていたので、そこに洗った服を掛けさせてもらう。

 森は危ないから近づくなと言われているので、その後もテントの中や外を行ったり来たりして暇な時間を過ごした。




 ◇




 夜になり戻ってきた彼とまたスープを食べる。暗い場所では気づかなかったが、火の近くにいくと彼の頬が切れて血が流れている。


「ここ、血が出ているわ。大丈夫なの?」


「これくらい日常茶飯事だ。後で顔を洗うから問題ない」


 そういえば私は2週間もの間お風呂にも入っていなかったのだ……。今さらになって自分の匂いが臭くないか気になって、腕をクンクンかぐ。


「お前は少し羞恥心を持てよ。匂いが気になるならそこの川で水浴びしろ。この辺りは誰も近づいてこないから安心しろ」


「やっぱりあそこで水浴びするのね……」


 贅沢なことは言いたくないが、やはり青空の下素っ裸で水につかるのは抵抗がある。今が夏だとはいえ川の水も冷たそうだ。私の抵抗を察したのか、彼がテントから使い古されたタオルを差し出してくれる。


「ほら、これを貸すからそれを濡らして体を拭けば少しは気にならなくなるだろ」


「ありがとう、色々面倒かけてごめんね」


 お礼をいうと私は川へ向かう。彼はテントの中で待っててくれるそうだ。絶対覗かないからなと言っていたが、私はそんなの気にしていないのに。


 私は川に着くとワンピースとシャツを脱ぎ下着姿になる。さすがに全部脱ぐのは抵抗があるが、水着だと思えばこれくらいの露出はセーフだろう。

 こんな状況なのだ、なりふり構っては居られない。私は勢いよく髪を川の水に浸すと、髪の毛を洗う。シャンプーもリンスもないけど汗臭いのよりはましなはず。

 髪の毛をしぼり、渡されたタオルで腕から順番に体を拭いていく。下着の中も拭こうと胸に手をあてようとすると異変に気付く。


「キャーーーーー」


「おい! どうし……お前、その恰好で近づくなよ!! おい!! 馬鹿!!」


「見て、胸のこれを見てよ!! 何この痣!!」


 私の右胸には、ツタのような紋様が浮かび上がっていた。怖くてパニックになった私は彼に胸をみてもらおうと詰め寄るが、ガンっと頭突きをくらわされる。


「馬鹿!! 説明するからまず服を着ろ!! 服を着たらテントに来い!!」


 そう言い放ち、彼はテントに戻っていく。服を着替えさせてもらっているので、私に羞恥心はなくなっていたのだが、彼の方はそうではなかったらしい。

 こんなアラサーの体を見せられても10代の彼からしたら逆セクハラだろう。少し冷静になった頭でそれは申し訳なかったなと思い、静かに服を着て彼の待っているテントに戻る。


 テントで話そうとしたのだが、何故か外に出たがる彼についてもう一度外の火の近くに座る。


「それでこの紋様が何か知っているの?」


「あぁ、それは落界人の証だ。落界人はそういった紋様が胸に出るとされている。だから別に命に関わるものじゃないから大騒ぎしなくていい」


「……大騒ぎして悪かったわね。いきなり自分の胸に変な紋様が浮かんでたら誰だってびっくりするでしょう」


「だからって普通は胸を異性に見せようとしないだろう!」


「胸って別に全部見せてる訳じゃないじゃない。鎖骨のちょっと下あたりだけだし。異性っていってもあなたまだ10代でしょ? 別におばさんの胸なんてみたってときめかないんだから良いじゃない」


「……もういい。先にテントで寝ていろ」


 彼が動く気配はないので、私は彼の言葉通り先にテントで休ませてもらう。こんな状況で眠れるかなと思ったが、私はすんなり眠りに落ちた。

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