第3話 美味しいの詰まったおでん 2
そうお願いしたあと彼の執拗な強い勧めでシャワーを浴びて待つこと二時間、届いた食材を前にあたしは途方に暮れていた。
まあ途方に暮れているだけだと埒があかないのでノートパソコンをキッチンへ持ってきてショータくんを呼び出す。
「はいはいショータくん? ご注文の品が届きましたけどー?」
『はろはろショータくんだよー! 注文票に欠けは無いかな?』
「ばっちり大丈夫よ。それで、これなに作るの?」
薄切りベーコン、うずらの水煮缶、手羽元、油揚げ、薩摩揚げ、白身魚、結びしらたき、エリンギ、えのき、大根、等々。そして仕上げに大きな鍋だ。
なるほどなんにもわからん。
『みんなが大好きなやつさ!』
「みんなって言われたとき心当たりがないと凄い疎外感あるんだけどそういう経験ない?」
『ないなー。ボクってそもそも
「腹立つわあ」
『そんなことより調理を始めないとエリちゃんの到着に間に合わなくなるよ』
「そういうのはもっと早く言って欲しいわね」
『さっきまでは間に合う予定だったから言う必要が無かったんだよね』
「カツカツ過ぎるんですけどこのデジタル野郎があああああああっ!?」
ともあれ数刻後。
呼び鈴は鳴らず、勝手に鍵が開いて静かに入ってくる気配。エリちゃんだ。
「邪魔してるぞ」
赤いポニーテールにサングラス、引き締まった長身の彼女はほんのり煙草の気配を纏って現れた。
「はあいエリちゃん、また玄関前で一服キメてきたわね」
あたしの嫌味に彼女は眉をひそめすらしない。
「宅内で吸ってもいいならマンションの廊下でくらいは遠慮するが」
「許さない。絶対にだ」
「お、おう。だから外で吸ってくるわけだ」
あたしは嫌煙者、彼女はヘビースモーカーだ。うちの敷居を跨いだら煙草はベランダ。このルールだけは厳守して貰っている。室内で吸うことはキッチンの換気扇下であっても許さない。
「それで? キョーコが手料理を振る舞ってくれると言われて来たんだが……いい匂いがするな」
エリちゃんがその話題はこれ以上したくないと言わんばかりに話題を振り替えた。まああたしとしても我が家の決めごとを守ってる彼女を執拗に糾弾する理由は無い。
「でっしょー? ちょっと味見したけど結構イケてるから期待してていいわよ。ビールにする? ザトーのパックでよければごはんもあるけど」
「ふむ、お勧めは?」
「清酒」
「何故ビールを勧めた……」
「無いからかな」
彼女は溜息を吐いて数秒考えてから答えた。
「ビールで」
タネをひとつずつ盛ったお皿をふたつ用意してひとつをエリちゃんへ、ひとつを自分の前へ置く。和からしと柚子胡椒を用意してお互いまずは缶ビールの構えだ。
「ほう……おでん、か……」
「え、もしかして苦手だった?」
神妙な彼女の言葉にあたしがひとりでザワつく。まさかここまで来て好き嫌いの把握不十分で頓挫では目も当てられない。
「いや、ずいぶんと手が込んでるなと感心していただけだ」
「そ、そうでしょー? えへへへ」
ああびっくりした。レシピは全てショータくんの提供だけれども、これは敢えて口にはするまい。
彼女はあたしが腰を下ろすのを待ってまず手を合わせて「いただきます」と呟くように言う。
あたしも彼女に倣って、それからふたりして缶ビールのプルタブを開けて改めて乾杯した。
おでんのタネはぱっと見ただけで大根、手羽元、薩摩揚げ、結びしらたき、縦切りのエリンギ、牛筋串にアカニシ貝串、卵はうずらでエノキは薄切りベーコンで巻いて爪楊枝で刺してある。
油揚げで作った巾着は白身魚と小柱を詰めたものだ。
「こんにゃくではなくしらたき、卵はうずらか」
「こんにゃくって結構クセのある味がするじゃん? 煮込みにも時間かかるしさあ。卵もうずらのほうが食べやすいし味の染みもいいかなって」
「なるほど。つぶ串も家で作るおでんには珍しいな」
「つぶ串?」
彼女はアカニシ貝串を持ち上げで言う。
「違うのか?」
ん? それはアカニシ貝では? パニクっているあたしのスマートウォッチにショータくんからメッセージが飛んで来る。
『アカニシ貝はトップシェルって名前でも流通してるけど、見た目が似てるからつぶ貝だと思ってるひともいるよ!』
な、なるほどー!
「そ、それはアカニシ貝だよ。つぶ貝とは違うやつ」
「ほー? 言われてみると確かに色味が少し違うな」
彼女は訝しむこともなく口に含んで咀嚼する。
「確かに味も違う。これはこれで美味いな」
「で、でしょー?」
あ、焦ったあっ! いやあたしだってアカニシ貝もトップシェルも知らないけどね!? 聞いてた話と感想で違う素材が出てくるとこう、びっくりするじゃん!?
危うく付け焼刃が露呈してしまうところだったわ。
「巾着の中身も変わってるな。白身魚と小柱か。こういうのはモチが定番だと思っていたが」
「お餅はほら、ご飯にもお酒にもあんま合わないかなと思って。煮崩れしやすいものを詰めてみたの。美味しいでしょ?」
「ああ、そうだな。美味いよ」
よし、これだけ美味いって言ってくれればご不満も無いでしょ!
あたしは心の中でガッツポーズを決めた。
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