第4話 変化



秀雄たちが若返って半年が経ったころある異変を感じた。生活は全く誰とも接点を持たないという意味では変わってないが彼らの体調が変わったのだ。正確には和代の身にだ。なんと和代は妊娠したのだ。身体が若返ったということは必然的に身体能力も若返る。もちろん和代は妊娠が初めての経験であるから、最初は風邪であるとか心は年を取ったままであったので更年期障害かとも思っていたがやはり女の勘というべきか最終的には本能的に妊娠したとわかった。和代は秀雄に報告したが秀雄は一瞬、狐につままれた顔を浮かべその次に顔を赤らめた。ただ、今まで生きてきた中でこれほど嬉しくて幸福感に包まれたことはなかった。



彼らの課題は山のようにあった。まずは産むか産まないかという問題である。もちろん二人とも待ちに待った子どもであったから育てたい思いで一致していた。しかし、時代が時代である。人類が支配されている今の時代に生まれて果たして幸せになれるのか。一番恐れたのが子どもから恨まれることである。「こんな時代と分かっていたのに僕を生むなんて無責任すぎる。」といわれてしまうのではないか。贅沢までとは言わないが不自由なく暮らしていける保証がない現代に引き込んでしまっていいのか。二人は大いに悩んだ。悩んだところで答えが出る気もなくただただ時間が過ぎていった。時間も限られていて、それでも決められず寝ても覚めてもそのことばかり考えていた。

秀雄は時間を忘れて農業にいそしんでいた。こうして土に向かって一心不乱に耕していると心が真っ白になる。こうやって少しでも真っ白のなる時間があると心に微かな隙間ができる気がしてその隙間が余裕を作る、そんな気がして意識的に真っ白にしている。

ある日、いつものように一心不乱に農業をしていたら、時間が過ぎても帰ってこない秀雄を心配した和代が麦茶を片手にやってきた。なぜ麦茶か聞くと、急な病とかなにか動物とかに襲われているとか考えたのよ。麦茶にはミネラルとかマグネシウムとかが含まれているから身体にはいいと思って。と下を向きながら恥ずかしくつぶやく。

「それはさ、熱中症とかならわかるけどさっき言ってたみたいに動物に襲われてたらどうするの?」

「それはその時よ。麦茶を目にかけて目玉をえぐり取ったり耳の中にいれて鼓膜を破ったりして何とか退治するわよ。きっと私なら大丈夫。私は出来るって私を信じているから。」

と先程とは真逆の顔つきでキラキラこっちを見つめ返した。その時、秀雄は思った。子どもを産んで育てようと感じた。それは決してなげやりになったわけではなく。純粋にこの人の子どもを心から愛して大切に育てたいと本心から思えたからだ。将来生まれた子どもにはなんて説明しよう。きっと大丈夫。困難や不安は常にまとわりつくかもしれないがきっと乗り越えられる。それらを乗り越えた先にしかない幸せもあるだろう。それに二人より三人の方が楽しいはずだ。いったん決めると次々ポジティブに考えられるのが秀雄のいいところである。それにしても目玉をえぐるなんてとても野蛮だと思い、目玉をえぐるのに麦茶をかける必要もないだろうと和代の意外な残忍さを発見するが、なんだかそれもピュアな部分に感じ、今はそんなことすら楽しく感じていた。

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