第9話「謎のゲーム」
「フッ……」
文夫と早矢香の死亡通達メールを送った剣崎。時刻を確認すると、時計の針は午前11時57分を示していた。
「お、そろそろか」
剣崎先生はくじ引きアプリを開き、タブレット上で本日の犠牲者を選別する。
ビビビビビ……
犠牲者に選ばれた生徒の顔写真が赤く染まる。剣崎先生はスマフォを取り出し、とある人物に電話をかける。
「もうすぐ正午になる。仕事だ」
ピロンッ
「ひっ」
「落ち着け。メールの音だよ」
将太は恋人の舞を落ち着かせる。舞は森で隠れ場所を探していたところを、偶然恋人である将太に見つけられた。以後二人で行動している。
「ねぇ、もう正午だよね」
「あぁ、多分例のアレだな」
二人は恐る恐る届いたメールを開く。
『みんな昨日よりかはいいペースだな。これからも心がけてくれ。それじゃあ、今日の犠牲者を発表すんぞ~』
「チッ、ふざけやがって!」
ふざけた文面のメールに、将太は舌打ちする。舞は震える指先でスマフォ画面をスワイプする。しかし、その指は一瞬にして凍りついてしまう。
『抽選の結果、今日の犠牲者は小野寺舞に選ばれた。残念だったなぁ~、小野寺』
「え……私?」
既に心臓を貫かれたような衝撃を受ける。今までに感じたことのない恐怖が、舞の体を石像のように固めてしまう。
「ちょっ……おい待てよ! なんで舞なんだ!? もう一度抽選やり直せよ! ふざけんな!」
メールの文章に向けて苛立ちをぶつける将太。自分の恋人が犠牲者に選ばれ、この上ない怒りに囚われている。
『既に使者を向かわせた。散々怖い思いをさせてすまなかったな。だが安心してくれ。すぐに楽になるから』
「やめろ……やめてくれ……舞を……殺さないでくれ……」
怒りは焦りに変わり、焦りは弱みに変わる。将太は姿の見えない剣崎先生に懇願する。許しを請う地獄に落ちた罪人のように。もはや舞以上に死の恐怖に襲われていた。
「……」
舞は放心状態にあった。恐怖は時に人間の心をがらんどうにしてしまうようだ。
「……!」
将太は我に返ったように辺りを警戒し、舞を背中に隠しながら首を振り回した。剣崎は使者を送ると言っていた。これから誰かが舞を殺しに来るのだ。そんなことはさせまいと、将太は腕を広げて必死に舞を守った。
「安心しろ舞、お前は絶対に俺が守っ……」
バァンッ!
「……え」
将太の視界で、舞の頭から吹き出た血潮が踊る。その後聞こえたバタッという音が、舞が事切れて倒れた音だと気づくまでに、かなりの時間を有した。
「ま……い……?」
舞は地面に付して倒れていた。次に将太が気がついたことは、自分の制服が砕け散った舞の頭の肉片にまみれているという現実だった。
「嘘……だろ……舞! 舞!」
将太は血だらけの恋人の体を何度も揺さぶり、名前を呼ぶ。しかし、死体が自分の意思でものを言うことは二度となかった。先程響いた銃声、使者が銃器で舞の脳天を貫いたようだ。
「うぅ……舞……舞……」
二度と手足が動くことはない。そんな事実は百も承知であるが、それでも将太は彼女の体を揺さぶるのを止めなかった。深い森の中で、彼女の血を大量に浴びながら、何度も彼女の名前を呼び続けた。
「舞……」
《6番 小野寺舞 死亡、残り17人》
「クソッ、またかよ」
仁は草を掻き分けながら、先程届いた舞の死亡通達に歯軋りする。日もだいぶ傾いており、もうすぐ夜が訪れる。ただ悪戯に犠牲者が増えていくだけで、未だに何の進展もない。
「ほんとムカつく。そもそも何よ、江波君を自殺させた奴を探せって。自分で探しなさいよ。それに、わざわざこんなゲームを計画してまで探す意味あんの!?」
「……ん?」
結希は一人でブツブツと剣崎先生への不満を溢す。すると、仁が何か考え込んでいるのか、草むらの中で足を止める。
「どうしたの? 仁君」
「……なぁ、このゲームって何のためにやってるんだ?」
仁が今更な疑問を口にした。
「何って、江波君を自殺させた犯人を探すためでしょ?」
「あぁ、だがそう考えるとやっぱりおかしいんだ。さっきお前が言ったように、そんなめんどくさいことは自分でやればいい」
「え? えぇ……」
再び足を動かし始める二人。結希は仁の考えを聞きつつ、彼の背中を追う。いつの間にか自分達が拠点としている洞窟に帰ってきた。仁はこのゲームで浮き彫りとなった疑問点を話す。
「まず不可解なのは、一日に一人出る犠牲者ってやつだ。このゲームの目的が江波を自殺させた奴を特定することなら、剣崎は犯人が誰かを知らないのが前提のはずだ」
「まぁ、そうなる……のかな?」
「それなのに犠牲者を抽選で選ぶルールなんか作ったら、知らぬ間に犯人を殺してしまうかもしれないだろ」
「確かに! それだと犯人が誰か分からず終いだもんね!」
二人の疑問は更に大きくなっていく。剣崎の仕掛けたゲームには多くの謎が存在する。仁の観察によれば、剣崎先生は既にC組の中の誰が犯人なのかは知っているという。知っていて敢えてこのゲームを開催しているのだ。
「あれ? でも、先生確か最初のルール説明で『犯人は犠牲者を決める抽選で選ばれない』って言ってたわよね」
「あぁ、さっきの文夫との会話で確信したぜ。剣崎の奴、『お前は犯人じゃない』って言ってたし」
「そうか! やっぱり剣崎は犯人が誰か知ってるのね!」
「あぁ。そもそも犯人を探すためなら、こんな大がかりな殺人ゲームを開催する理由なんてないんだよ」
そんな単純な疑問は、少し頭を働かせれば気付くことができたはずだ。しかし、理不尽な現実を前に正常な思考が遅れをとった。何も考えず、のうのうとゲームに囚われていた自分達が、非常に惨めに思えた。
「やっぱりわからないわね。自分で犯人がわかってるのに、なんでこんなゲームをするのかしら。犯人じゃない人達まで殺そうとする必要なんてある?」
「そう、そこなんだよな……なんで剣崎は……」
考えあぐねているうちに、既に太陽は水平線の彼方へ沈んでいた。仁はスマフォのライトをつける。
「もしかしたら、剣崎には何か別の目的があるのかもしれないな……」
二人は体に溜まった疲労を回復させるため、残り少ない菓子を頬張った。外を警戒しつつ、岩だらけの地面に横になって眠った。しかし、仁は剣崎の思惑が、結希ははぐれた詩音のことが気にかかって寝付くことができなかった。
「えぇ!?」
「詩音、声が大きいわよ」
風紀が口元に人差し指を立てる。詩音はすぐさま口を両手で塞ぐ。夜でもゲームは続いている。物音を立てて周りに居場所を気付かれたら厄介だ。
「それじゃあ、榊君が……」
「えぇ、恐らく犯人は榊佑馬君よ」
風紀は昨日榊と仲間の会話を偶然聞いた。そのことを詩音達に打ち明けた。彼は過去に江波をいじめていたグループの主犯格だった。彼は自分が原因でこのゲームが行われたのではと考えているようだ。
「アイツか……確かに見るからに不良だったもんな」
「よく授業サボってたし、問題行動起こして先生に怒られてたもんね」
孝之や愛奈も、榊の日常的な素行の悪さに見覚えがあった。彼が江波をいじめていたことは初めて発覚したが、彼の印象から犯人には即座に当てはまるように思えた。
「アイツが犯人である可能性は大きいな」
「じゃあ、剣崎先生のところに行って、『犯人は榊君』だって言えば……」
「でもまだ確証が薄いわ。一度彼に話を聞いてみましょう」
風紀は榊に直接話を聞き、事実を確かめることを提案した。しかし、詩音と愛奈は背筋を震え上がらせながら首を振る。
彼は普段からクラスメイトとあまり深く関わろうとしない。高圧的な目付きで近寄りがたいオーラを放出している。クラスメイトは恐れをなして近付こうとしない。
「まぁ、確かに怖いわよね」
「大丈夫だ。いざとなったら俺が守る」
孝之が拳を握って女子達を安心させる。詩音と愛奈は彼の安心感に身を寄せる。
「もう二日目が終わるわ。そろそろ行動しないとまずいわよ」
風紀の言葉に一同が沈黙する。度々増えていく犠牲者の数に、安心する暇は一時もない。今も暗い森のどこかで、恐怖に怯えている生徒が大勢いる。次に殺されるのは自分だろうか。そんな恐怖に震えながら、現実と戦っている。
「……わかった、やろう!」
詩音は震える腕を止め、勇気を出して口にした。四人は決意を固め、懐中電灯を消して眠りについた。しかし、詩音は結希と仁の安否が気になり、寝付くことができなかった。
ザッザッザッ
夜も更け、生徒が次々と眠りにつく中、重たい武器を背負って夜道を進む男達がいた。
「くっ、つるはしって意外と重いんだな……」
「頑張れ、武器は多くても困らないからな」
雄大は雅人、海斗を引き連れ、武器を持って剣崎先生の拠点を目指していた。彼らは生徒の活動が静まり、隙が多いであろう夜に動いた。考えても犯人はわからないため、実力行使でゲームを止めさせる計画を企てた。
「いいか、みんなの命は俺達の手にかかっている。何としてもこのゲームを終わらせるぞ!」
「おう!」
「あぁ!」
三人は武器を背負い、草を掻き分けながら森を突き進んだ。
* * *
生存者 残り17人
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます