第3話「江波秀樹」
「25番、和田雄大」
「……はい」
24人全員が外に出た。天気は曇り。屋敷の外は、わずかな光を遮ってしまうほど深い木々で溢れる森だった。いつどこでどんな恐怖が襲ってくるかわからない状況で、生徒達は震えを止められなかった。
「よし」
剣崎は生徒達のスマフォにメールを送信した。
ピピッ
隠れ場所を探していた
『AM 10:00 ゲームスタート。生存者残り24名』
命を懸けたゲームが始まった。生徒達は皆息を飲む。メールには剣崎のコメントも含まれていた。
『さっきも言った通り、ほとんどの時間は自由にしてもいい。仲間と話し合うなり、疑わしい奴を殺すなり、好きにしろ。それじゃあ5日間、精々頑張れよ』
「……クソ! 狂ってやがる!」
仁は思い切り木に拳をぶつける。常に冷静だった彼も、今までに感じたことのないない動揺に駈られる。しかし、ここで立ち止まっているわけにはいかない。仁は詩音と結希を探した。
「うぅぅ……」
時間をかけてある程度散策はしたが、この島から脱出できる算段は見つからなかった。携帯は圏外で繋がらず、外部への連絡手段は完全に絶たれた。
「大丈夫、きっと助けが来るからね」
弱気な愛奈を、風紀は優しく背中をさする。森の暗闇は追い詰められた生徒達の心をじわじわと凍えさせた。
* * * * * * *
ザッ ザッ ザッ
私は最初の建物を壁伝いにゆっくり進んだ。ゲームは始まったものの、一向に森は静寂に包まれている。みんなバラバラに行動しているのだろうか。とにかく、早く結希と合流しなくては。
「詩音!」
いた、結希だ。懐中電灯を照らして、私に位置を示してくれている。あれは修学旅行の自由行動用に持ってきたものだ。私達の班は炭鉱とかも見学ルートに入っていたから。
まだ昼前だというのに、森は夜になっているかのように暗い。私は結希の元に駆け出す。
「剣崎の奴、私物は自由に持ってっていいってメールで言ってたわ。懐中電灯持ってきてよかったぁ~」
「結希、よかった……無事みたいだね」
「無事って……大げさだよ。そんな映画みたいな殺し合いなんか、現実に起きるわけないって」
結希はいつものように前向きに振る舞い、不安がっている私を落ち着かせてくれた。泣き虫で臆病者の私は、いつも明るくて元気な彼女に支えられてばかりだ。
「あ、さっきいい感じの洞窟見つけたんだ。ひとまずあそこに隠れよう」
私は結希に手を引かれながら洞窟に向かう。その洞窟は奥に7メートルくらいまで続いていて、不思議と暖かかった。私達はそこで改めてメールを確認した。詳しいルールや注意事項も送られてあった。
・5日以内に江波秀樹を自殺に追い込んだ犯人を特定する
・制限時間内は島内を自由に散策することができる
・殺人は認められている
・一日に一回、正午に犠牲者が選ばれ、ランダムで一人殺害される
・犯人は犠牲者に選ばれない
・制限時間内に犯人を特定できなければ、全員が殺害される
ひとまず先生のメールに書かれていたルールを私達なりにまとめてみた。正直、自分達の命が懸かっているという絶望的な状況なので、心の余裕がない。全てのルールを、ゲームが終わるまでに理解できるかどうかも怪しい。
「江波君を自殺に追い込んだ犯人を見つける……か……」
最も重要なゲームを終わらせる条件が、何とも曖昧だった。そもそもの話、犯人を見つけるためだけに、C組のみんなを巻き込む必要なんてどこにもない。ましてや命を懸けるだなんて……。
「私、江波君のことよく知らないんだよね。C組の中で話したことある人いるのかな?」
「私は……一応ある」
「え? あるの?」
結希が私の顔を覗き込む。実は私は少しだけ江波君と関わったことがある。私は江波君との僅かな思い出を、結希に話すことにした。
彼と話すきっかけとなったのは、偶然江波君の靴を見つけたことだ。草が深く生い茂る校庭の隅に、乱雑に捨ててあったのを見つけた。私が放課後に学校に残って、先生の手伝いで校庭のゴミ拾いをしていた時だった。
江波君の靴だということはすぐにわかった。中にぐちゃぐちゃにして詰め込まれた紙に「江波 死ね」と書かれてあったからだ。
「江波君、これ」
「君は……同じクラスの……」
私は学校のすぐそばにある公園のベンチで、途方に暮れていた江波君を見つけた。学校近辺を探し回ったけど、すぐ見つかってよかった。
早速彼の元へ行き、靴を渡してあげた。
「あ、私がやったわけじゃなくて……」
「うん、知ってる。きっとアイツらだ」
「アイツら?」
「僕をいじめてくる奴らだよ。こんなことは日常茶飯事さ」
江波君は慣れているような口調で話す。それでも頬には涙の跡が刻まれている。江波君は汚れた足で靴を履く。みすぼらしい様は、まるで孤児のようだった。心の痛みが私にもシンクロして感じているような気がした。
「ありがとう……」
「ううん。江波君……いじめられてるの?」
「まぁね。先生には伝えたんだ。先生もそいつらに注意してるみたいだけど、一向に収まる気配がないよ」
江波君はベンチから立ち上がり、公園の出口へと向かっていく。弱々しい背中が私の心には非常に痛ましく、私はその背中のまま帰したくなくなってしまった。
「ごめんね、わざわざ見つけてきてもらって。僕のことはもう気にしないでね。じゃあ」
「ねぇ、江波君!」
私は帰ろうとする江波君を呼び止める。足より先に口が動いていた。江波君は私にきょとんとした顔を向ける。私はこの件を他人事にしたくなかった。知ってしまった以上、私も責任を背負いたくなってしまった。
「私でよかったらさ……力になるよ! 私にできることがあったら、何でも言ってね!」
「加藤さん……ありがとう!」
江波君は笑った。彼の笑顔は、同じクラスになってから初めて見たような気がする。どんな理由があろうと、いじめは許されるようなことではない。
私は自分と似たようなものを感じた。彼と同じ弱い立場の人間である私なら、少しは彼の心の支えになれるかもしれない。江波君が少しでも幸せな学校生活が送れるように、彼を助けてあげたくなった。
「詩音は本当に誰に対しても優しいよね」
「ありがとう。でも、結局私は彼に何もしてあげられなかった」
江波君は最後まで誰にも救われることなく、自殺の道を選んだ。先生は相当悔しかったのだろう。こんなゲームまで仕掛けて、私達を追い詰めるのだから。
今になって思い返すと、私も彼を助けてあげられなかったことが悔しい。
「やっぱり私達が悪いのかな……私達が江波君を助けようとしなかったからこんなことに……」
「そんなことないよ」
結希は再び私の手を握る。彼女の手はどこまでも暖かい。
「詩音は違うじゃん。みんな見てみぬふりしてる中で、詩音だけは江波君を助けようとしてたじゃん。何もできなかったわけじゃないと思うよ」
「結希……」
結希の言葉が紡がれる度に、心の氷解が進んでいく。不安、後悔、罪悪感に縛られる私の心をほぐしていく。
「そんな詩音を、私は誇らしく思う。だから私は詩音を守る。どんなことがあっても、絶対に詩音だけは死なせたりなんかしないから」
結希はいつもそうだ。私が困っている時に必ず助けてくれて、彼女の放つ励ましの言葉が心に響かないことはなかった。たとえ死ぬかも知れない状況の中でも、彼女の優しさはまっすぐ私の心に届く。
「結希、ありがとう」
「俺も協力しよう」
すると、洞窟の入り口から声が聞こえた。振り向くと仁君が立っていた。
「仁君!」
彼の姿は一瞬視界に入れただけで、非常に頼もしい。ようやくいつも一緒に行動する三人組が集まって、私はこの上ない安心感に包まれる。私達三人なら、何でもできるって思える。
そう、このゲームを終わらせることだって……。
「俺も剣崎の奴のくだらねぇゲームに囚われるつもりはない。俺達で終わらせよう」
「そうだね! みんなで脱出しよう!」
「えぇ! 絶対にね!」
私達三人は手をかざして誓い合った。先生にどんな事情があっても、私達はこのゲームに乗る気はない。みんなでこのゲームから脱出するんだ。
この時は軽く思っていた。私達ならどんな野望だって止められると。しかし、私達は知らなかったんだ。今の私達には、この事態の重大さに完全に気づくほど余裕がなかったんだって。
* * *
生存者 残り24人
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